店を再開して大盛況だった一日の終わり。
再開した『わ』の疲れを癒すのは、なにも甘い物だけではない。セバスさんの家には、大浴場という最高に疲れを癒してくれる設備が存在する。
自分の家があった時は、ミリアと二人で入っていたが、この家でお世話になってから一緒に入る機会がない。そのかわり、いつも風呂に入れなかったリツとイワンと一緒に入れるんだが。
「ねぇ、リューちゃんって、ミリアちゃんのおとうさんになるの?」
風呂に入ってすぐだった。リツがいきなり俺の心を揺さぶる爆弾を投下してきた。いったいいきなり、どうしたのだろうか。
「ボクとおにいちゃんはね。サクヤねえちゃんと、アオイねえちゃんはおねえちゃんなんだ。おかあさんじゃないの」
あぁ。そういうことか。年齢的にお母さんという感じでもないんだろうな。ただ、育ててくれるお姉ちゃんという認識なんだろう。
その認識が別に間違っているわけではないと思う。それに、それで皆がいいのならいいのではないだろうか。無理に『お母さん』と呼ぶ必要もないのだろうと思うけど。
サクヤとアオイがどう思っているかわからないけどな。
リツの頭を濡らしてあげる。
「でもさ、リューちゃんはおとうさんってかんじするじゃん?」
「そうか?」
リツの発言は凄く嬉しいもので。ミリアが父親のように思ってくれていたら嬉しいんだがなぁ。ただ、『リューちゃん』と呼ばれているからどうなんだか。
実の父親もいるわけだしな。まぁ、その辺はおいおいミリアが考えるだろう。俺が父親になるからお父さんと呼べなんて言えるはずもない。ミリアが呼びたければ呼んでくれるだろう。
「そうだよ。ボクとおにいちゃんも、リューちゃんのこどもみたい?」
これは随分センシティブな内容の話になって来たぞぉ。答えは決まっているが、何と答えたらいいものか。ちゃんと自分の言葉で伝えた方がいいんだろうなとなんとなく感じた。
「そうだなぁ。リツも、イワンもこども食堂へ来てくれた時は助けてあげたいって思ったんだよ」
出会った時のことを思い出しながら、放っておけなかったという気持ちを伝える。リツは、なんだかくすぐったそうに身を捩ってこちらを振り向いて「そうなの?」と問うた。
前を見るように促して粉せっけんで頭を強めに洗う。なんだか、息子がいたらこんな風だったんだろうなぁと感慨深い気持ちになってしまった。
ときおり「いててて」というので、謝りながら少し力を弱めて洗ってあげる。頭の上からシャワーを浴びさせて綺麗に洗い流していく。
「でも、今は自分の子供のように思っているよ」
「そうなの? じゃあ、サクヤねえちゃんとアオイねえちゃんと、けっこんする?」
「なっ⁉」
なんてことを言うんだよ。そんなことできるわけないだろう。魅力的な二人だとは思う。けど、俺からしたらあの二人も子供みたいなもんだ。年がいくつ離れていると思ってるんだが。
「おとうさんになるんでしょ? ちがうの?」
純粋無垢なリツからしたらそうなんだろうか。一夫一妻で過ごしてきたおれからしたらこの世界の自由に結婚できるという制度はいまいちなじみがない。
自由というのは本当に自由で、誰かと結婚していても、他の誰かとも結婚できるというものだ。だから、浮気という概念はそもそもないらしい。
それも最近知ったのだが。ミリアの母親のしていたことは、別に珍しいことではなかったということだろう。だからこそ、子供が邪魔だったということかもしれないが。
「いやいや。サクヤとアオイが嫌だろう。こんな腹の出たオヤジ。父親になっている気持ちになるだけで十分だ。ありがたいことだよ」
「ボクはおとうさんになってほしいよ?」
おいおい。なんてこと言うんだよ。無理ではないけど、なんというか無茶が過ぎるぞ。リツの気持ちには答えてあげたいけどなぁ。
その言葉には「うーん」と言いながら、今度はイワンを手招きして前に座らせて頭を流す。
「僕もね。リュウさんがお父さんならいいなと思うよ」
いきなりの不意打ちに俺の胸は撃ち抜かれていた。普段人見知りなイワンはあまり話すことがないのに。口を開いたということは本気でそう思ってくれているということだろう。
イワンまでそんな風に思ってくれていたなんて。なんだか、嬉しい気持ちになり、胸が温かくなる。だけど、サクヤとアオイと結婚というのはまた話が違う。
この世界でも養子という制度はないようだ。ただ引き取るということになるのか?
結婚というのもなんの効力があるのかはわからない。別に証明書というものもない。結婚届のような物もないのだ。とすると、結婚したと宣言すれば夫婦と言えるということだろうか。
頭を巡らせながらも、込み上げてくる熱い気持ちは目から溢れてしまっていた。最近涙もろくていかんな。
「リューちゃん、なんでないてるの?」
涙を拭いながらリツへ視線を移す。
「リツと、イワンがな。俺が父親でもいいって思っていることが嬉しかったんだ」
「そっか! ミリアちゃんはぜったいおもってるよ!」
その言葉が大浴場へと響く。女性陣が女湯へ入っていたら全部聞こえていただろうなと思いながらイワンの頭を泡立てながら洗う。
「ミリアちゃんがなんだか顔を赤くしてまーす!」
女湯から声が聞こえた。報告してきたのは、サクヤだろう。
ミリアは照れているみたいだ。可愛い奴めと思っていると。
「サクヤねえちゃんも、アオイねえちゃんもかお、あかいじゃん!」
ミリアの反撃がさく裂した。
「うっ! ウチはのぼせただけよ!」
「私も、のぼせたからですわ」
二人はなんだか慌てたように嘘をついているみたい。さすがに俺と夫婦というのはないだろう。
二人にはシグレさんだな。
と、勝手なことを思っていたのであった。
サクヤの手により、その話題からすぐに違う話題へ話が逸れていった。
俺としてはちょっと顔を赤くしたというのは気になるところだったが、自意識過剰だなと思い直し。頭の中の煩悩を退治するのであった。