食堂『わ』が復活して一週間ぐらいした頃。以前の通りホールをサクヤかアオイが担当するようにして、厨房は俺が一人で回すようにしていた。
客足は相変わらず多くの人が来てくれていて、日々の提供する食数も増えてきていて順調な滑り出し。
余った食材を少しセバスさんの家へと運ぶのも慣れはじめて来ていた。
そんな日の帰り道、暗がりの中で目に留まった子がいた。街灯で明るくなっていた道に一人の少年が佇んでいる。その目線の先は八百屋だ。店主がお客さんへと接客している。
店主の死角から近づいていく少年。お客さんが会計をするためにお金を出していると、視線が完全にそちらに集中する。その隙に、果物を一つ掴むと懐へと入れて駆けていく。
メインの通りからすぐに脇道へと入って行き、姿が見えなくなった。
「リュウさん、どうしたんです?」
急に立ち止まった俺を見て不思議に思ったのだろう。後ろを歩いていたサクヤが声を掛けてきた。まさか、盗人を見たなどとは言えない。
あの子供にも事情はあるのだろう。でも、何かできることがないだろうかと考えてしまっていた。
果物が沢山あるところから盗ったからだろう。店主も気が付いていないようだ。
「いや、おいしそうな果物だなぁと思ってな」
「うちでも果物を料理して出したらいいんじゃないですか?」
サクヤは、俺の前へと回り込んで笑顔で聞いてきた。
「そうだなぁ。ドグアぐらいしか調理してないからな。他の果物も調理の仕方がわかればやってみたいよな」
ちょっと視線を逸らしながら言葉を濁すことしかできなかった。
少年がいなくなった路地を見ると暗がりに何かいるのがわかる。
「サクヤ。すまないが、先に帰っていてくれるか? ちょっと店を見ていくから」
「えっ? はい。わかりました。あんまり変な店に行かないでくださいよ?」
ちょっとふざけたような顔をしてこちらに手を振って去っていくサクヤ。女性の居る店に行くとでも思われたのだろうか。まぁ、いいか。
サクヤが去ったことを確認して、路地へと入って行く。
何かがいるところへと歩を進める。こちらに気が付くこともなく、夢中で果物を食べている。赤い実の柔らかそうなものを音を立てて食べていたのは、さっきみた少年だった。
「きみ、お腹空いてるの?」
ビクリと体を震わせると、その少年はこちらを睨みつけてきた。この目は、信用していない時の目だ。俺を信用していないだけなのか。そもそも大人を信用していないのか。
果物を俺から遠ざけるように自分の身体に隠した少年。細い体だか、身体は少し大きい気がする。成長期なんだろう。腹が減る年頃だ。
話す気はないといった感じを見受ける。少し肌寒い今日だが、半袖に半ズボンだ。かなり着古しているようで所々に穴が開いている。
見える部分の腕と足には、青あざが見受けられる。これが、偶然できた痣なのか。この数は偶然できたようには見えない。そこまで俺は楽観視できなかった。
視線を合わせるためにしゃがみ込むと目を合わせる。
「ねぇ、一緒に来ないか? 俺は、食堂を営んでいて食材が余ってるんだ。食べてくれないか?」
その言葉を俺が発すると、目をジッと見つめてこちらの本心を窺っているようだ。別にこっちとしては騙すつもりはないのだが、以前に何かあったのかもしれない。
「お金は?」
やっと口を開いてくれたことに、少し気持ちが前進したのかなと思うと嬉しくなった。
「無料で提供しているよ。何せ、捨てるものだから食べてくれた方が助かる。もったいないし、なるべく捨てたくないんだよ」
「食べる」
食べる気になってくれてよかった。自分が持っていた食材の中から、調理済みのトロッタ煮が入っている器を取り出して、フォークを入れる。
それを少年に差し出すと、匂いを嗅いで一欠片を口へと運んだ。
食べた瞬間、目を見開いた。少しすると目を閉じて咀嚼する。身体がビクビクと動いていた。のどに詰まらせたか?
慌てて荷物を地面に置いて背中をトントンと叩きながら声を掛ける。
「大丈夫か? のどに詰まったか?」
飲み込むような音が響き渡った。
「違います。美味しくて……胸がいっぱいで……」
喜んでいてくれたことに胸を撫でおろした。よかったぁ。トロッタ煮が口に合ったみたいだ。これからもこども食堂に来てもいいのだが、そう簡単にはいかないような雰囲気がある。
「よかったら、名前を教えてくれないかな?」
俺のその言葉に、少年は何かを考えているようで。上を見ながらブツブツと何かを呟いている。名前を知られて困ることなどないと思うけど、何か少年なりに気になることがあるのだろう。
「サイっていいます」
「サイか。いい名前だね。凛々しくてカッコいい」
その言葉に少し顔を赤らめた気がする。暗くてあまり顔が見えないけど、照れている様子が分かった。それだけでも、距離が縮まっただろう。
「お父さんがつけてくれました。昔はいい人だったんだと思います」
その言葉には、何か昔を懐かしむようで、今を否定していた。遠くを見ているようで、記憶を探っているのだろう。お父さんに何かあったのだろうか。
「腕の痣、お父さんが?」
サイは、その腕を隠すように片方の手で覆った。だが、その覆った手にも痣があるものだから、あまり意味がないように感じる。
「お父さんは、三年前まではちゃんとした兵士でした」
少年が少しずつ。自分の話を語り始めた。