「くっ! 数が多い!」
魔物が街へと押し寄せる手前の谷で奮闘している部隊がいる。
先頭に立って大きな剣を振り回している目に傷のある四十代の男性。険しい顔をしながらも迫りくる魔物を蹴散らしていた。
「隊長! これ以上は抜けてしまいます!」
後ろにいる十一人が横に広がって魔物を食い止めているが、限界が来ているようだ。段々と隊員たちも押されてしまっている。このままだと、街へと魔物を通してしまう。
まだ後続の部隊が来るのには時間が必要だ。もう少し時間を稼がないと。
「お前たちは少し下がれ! 俺がここはなんとかする!」
「隊長! 無茶です! 隊長一人にそんなことさせられません!」
大きな剣を横へと振り回して、なんとか魔物たちを後ろへと通さないように動く。こうして動けば、後ろへは行かないはずだ。
「お前たちは生きろ!」
周りは魔物に囲まれ、足を噛まれ、腕を噛まれ。それでも身体を振り回して懸命に魔物たちを倒していった。
◇◆◇
「っていうことがあったんだって。お父さんに聞いたんだけど。戻って来た時には、右足と左腕が無くなっている状態だったんだ」
この子と父親は辛かったんだろうな。何と言ったらいいのかわからないほどに、俺の心は疲弊していた。心が痛いとはこのことだろう。
なぜ、万引きをしていたのか。そんなのこの話を聞いたら簡単なことだった。生きていけないからだ。父親はきっともう働き口がないのだろう。兵士としての道は断たれた。同時に、冒険者という道も断たれたと言っていいと思う。
「そうだったんだ。辛かったな。父親は働いているのかい?」
その質問には、少年は首を横に振ってこたえた。やっぱり、働いてはいないようだ。それだと、収入はどうしているのだろうか。少しはあるということか?
少年へと話を振ると。少しためらったように口を開いた。
「お父さんは、働いてないよ。兵士の時に貯めていたお金でご飯を買っているみたいなんだ。でも、思ったように動かない体にイライラしてたまに僕を殴るんだ」
シグレさんは痣があるのを見たと言っていたな。そういうことだったのか。イライラするからといって自分の子供を殴るのは俺には理解できない。
だからといって俺にどうにかできるだろうか。父親に働くところを紹介したりできればいいのだろうけど。少し子供と離れた方が冷静に頭が働くのではないだろうか。
「そのイライラした時に、自分の飯の分も稼いで来いって怒るんだ。でも、働こうとしたけど誰も相手にしてくれなくて……」
まだ十代前半だろう。働かせるのもためらうくらいの若さだ。一から色々と教えなければいけないということと、まだまだ子供だということ。それが雇うのをためらう理由だろう。
ウチで働いてもらってもいいかもしれないな。父親の方は、働けるところがないか探してみよう。まずは、何ができるのかということを把握しなければならないな。
「俺は、リュウってんだ。名前を教えてもらえるか?」
「僕は、レイン」
「レインか。カッコいい名前だな。ちょっとお父さんと話をさせてくれないかな?」
虚空を見ながら少し考えているようだ。
話すなら早い方がいいと思う。また戻って殴られるような事態になるのは避けたい。
せっかくレインと話ができたんだ。これ以上この子が傷つくのは避けなければならない。ここからは大人の仕事だ。
「家にはいると思うから大丈夫だと思う……」
「俺が盾になって話すから、レインに何かされないようにするさ」
ゆっくりと頭を縦に振った。
レインに案内してもらって暗がりの街の中を住宅街の方へと向かっていく。メインストリートを抜けると、すぐの所にレインの自宅はあった。
玄関を開けると「ただいま。お父さん、ちょっといい?」と奥へと声を掛ける。レインの前へと立ち位置を変える。
「あぁ? だれだ? あんた」
現れたのは、長い髪を束ねていて目のあたりには傷のある極道の様な雰囲気の父親だった。杖でなんとか歩いている状態だった。
「ちょっとレインくんを街で見かけまして。見過ごせなかったので声を掛けたんです」
父親は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて睨みつけてくる。視線をレインへと移して睨みつけているようだが、相手は俺だ。
「レインくん。お店から物を盗んで食べていました。なぜだと思います?」
「なっ! そんなことしてたのか! 恥を知れぇ!」
父親の怒号が飛ぶが、レインを見えないように身体を傾ける。
「なぜだと思います?」
「知るか! 盗人になりさがりおって!」
レインは後ろで俺の服を掴み、震えていた。兵士をしていただけあって、盗みは軽蔑するべきだと思っているようだ。この正義を振りかざす父親は、自分のことを正しいと思っている。
「あなたが、自分の分くらい働いて食えと言ったんですよね?」
俺の言葉に言葉を詰まらせて目を泳がせた。
「そ、そうだが。盗みをしろなどとはいっていない!」
「では、聞きますが。このくらいの歳の子を雇う所があるとお思いですか?」
実際に雇う所などない。親の手伝いで店に立つ子供はいるが、それは家族が経営しているからだ。あくまでも、手伝いだ。
「あ、あるかもしれないだろう!」
「だったら、探してあげたらいいのでは? 十代前半の子供に自分で仕事を探せとは、少々酷ではないですか?」
正論を言う俺に痺れをきらしたのか、足を揺らして貧乏ゆすりを始めた。
「あんたに何がわかるっ! 帰れっ!」
振り上げられた杖は、頭へと振り下ろされた。