レインの父親が振り下ろした杖は、少し前に治ったばかりの頭の古傷に吸い込まれていった。頭に激痛が走り、床に赤い液体が飛び散る。
「なっ! なぜ、防がない!」
俺が無防備に杖を受けたことを咎める声を上げた。それはお門違いだろう。こちらが防ぐことを前提とした攻撃にしては、しっかりと力が込められていた。杖もしっかりと頭を捉えていたし。
父親は何やらうろたえている。自分がしてはいけないことをしたという自覚があるからだろうか。
「防ぐ気がなかったからですよ。俺は、そもそも戦う術などない。料理を作ることで生計を立てているからな」
「男なら、このくらい防ぐか避けろ!」
そもそもの考え方が違っているようだ。こういう人とわかりあうには時間を要しそうだ。しかし、レインの為だ。しっかりと伝えることは伝えないとな。
「無理ですよ。男ならだれでもできるわけではない。レインくんも同じですよ? 男だから働いて稼げ。というのは、しっかりと働く年齢になったらわかりますよ? この国では十五で成人ですよね。レインくんはいくつなんです?」
少し視線を泳がせながら答える。
「た、たしか十二だったか……」
「それで、自分で職を見つけろと? いささか横暴ではないですか?」
口を尖らせて肩を怒らせる。
「それがウチの方針だ! 他人が口を出すな!」
「たしかに他人です。ですが、子供がお腹を空かせて店から食べ物を盗まなければいけないような事態は、俺は容認できません。別に兵へ突き出すとか、するつもりはありませんよ」
少し父親の空気が緩んだようだ。兵に突き出す気がないならいいかと思ったのかもしれない。ただ、このままで終わらせる気はない。
「なぜ、子供に自分で食べる分を稼がせようとするんです? そこまで苦しい状況なんですか? 俺に何かができるかもしれません。話してみませんか?」
なんだか、頭がフラフラしてきた。血が抜けてしまったからだろうか。身体が重くなっていく。膝をつき、目の前が暗くなっていく。
◇◆◇
光が眩しいな。俺はいったいどうしたっけなぁ。
「あっ。気が付いた? 大丈夫?」
目を開くをレインの顔がアップで少し驚いた。俺は……血を流して倒れてしまったんだったか。面目ないな。
体を起こして周囲を確認すると、知らない家のようだ。寝室と思われるところに寝かされていた。ここまで俺を運んできたのか?
「起きたか。さっきはすまなかった。正気じゃなかったんだ」
レインの父親が頭を下げている。別に頭を下げて欲しいわけではないが、この場は受け入れよう。
「いいんです。俺も、ちょっと意地悪ないい方をしてしまったので。ただ、感情を吐き出して貰えないと本音が聞けないと思いまして……」
なだめるような言い方をせずに、攻めるような言い方をしてしまったからな。俺も反省しなければならない。カウンセラーとかではないし、どういっていいのかわからない。けど、本音をしっかりと伝えないと、父親からも本音を聞き出せないと思ったのだ。
「見ての通り、片手片足がなくて……」
「それで、俺をここまで運んだんですか?」
「レインにも手伝ってもらったので」
レインに視線を向けると、ニカッと笑ってピースをしている。なんだか、少し打ち解けてくれたみたいだ。しっかりと後ろを守っていたから信用してくれたのだろうか。
「この手足の所為で、働き口がないんです」
「その手足は、一昨年のスタンピードの所為なんですよね?」
父親は口を開けて目を見開く。何で知っているのかといった反応だった。「レインくんに聞きました」というと納得した様子。
下を俯くと震え出した。膝の上に握り締めた拳へ雫が落ちる。
「オレは、部下と街を守る為に必死に戦ったんです。しかし、スタンピードの所為で妻も亡くしました。兵士ではありませんでした」
兵士じゃなかったら、犠牲は仕方ないということか?
もしかして、スタンピードでなくたった人へと補助は兵士にだけ出るものなのか?
それは、話が違う。鼓動が早まり、頭に血が上ってくる。今の領主は良い人というだけで、無能なのか?
「領主へは?」
「言ってません。知らせが来てましたが、亡くなった兵士の家族への補助は出ると」
やっぱりそういうことだったんだ。たしかに、サクヤとアオイの両親はスタンピードで亡くなった兵士であった。俺たちが訴えたから補助が出たんだ。
無くなってないから怪我をした人は知りませんなんて、筋が通らない。
「だから、生活が困難になっていったんですね?」
「レインには話してませんでしたが、実は、昔の溜めていた金が尽きたんです……。俺は食べているフリをしていました。レインだけでも食べて欲しいと思い、暴力を振ってまで外に出るようにいいました」
チラチラとレインへと視線を向けながら話す父親。レインはそれを知らなかったのだろう。目を見開いて固まっている。
父親として、ちゃんと子供のことは考えているみたいだ。でも、しっかり話すべきだったと思う。レインだって、話せばわかってくれると思う。もう何もできない子供でもないだろう。
「そういうことでしたか。でも、暴力は……」
「えぇ。くっ! 本当に自分が情けない! 子供に手を上げるなんて、親失格です!」
床を殴りつけ、頭を床へと叩きつけた。本当に正気ではないのだろう。どうにか子供には食べさせなければいけないという親としてのプレッシャー。働かなければいけないというプレッシャー。全てに押しつぶされているのだろう。
「お父さんも、辛かったですね。でも、レインくんをちゃんと思っている」
「当たり前です! ただ一人の、妻とオレとの子供なんだから!」
それは、心から助けを求める叫びだった。自分から関わったんだ。この親子の問題は、俺が責任をもってどうにかする。
「お父さんの思い、しっかりと受け止めました。では、国へ進言しましょう」
「そんなこと、どうやって……?」
俺はニヤリと笑う。もう国へ進言するためのパイプを持っているのだ。またメルさんにお願いしよう。今度は、包み焼きでも持って行こう。
「俺に任せてください」
「お願いしてもいいんですか? なんでそんなことをしてくれるんです? 頭を殴ったような男を助けるなんて……」
また父親は俯いてしまった。男泣き。レインはなんだか困ったように父親を眺めている。今まで泣いているところなんて見たことがなかったのだろう。
「俺にも子供がいます。父親としての思いは、痛いほどわかる。協力させてください」
「くぅぅ……。有難う御座います」
レインも頭を下げて「ありがとうございます」と声を掛けてきた。ここ数時間でよく笑うようになった。子供は笑顔なのが一番だと俺は思っている。
子供の笑顔を守るためだったら、親は鬼にでもなるんだ。
そういうものだと、俺は思う。