家へと帰ると皆が心配していた。一緒に帰っていたはずなのに、ちょっと寄り道すると言ったら何時間も帰ってこないのだ。それは心配するだろう。
「すまん。ちょっと気になった子がいてな。家まで行ってきたんだ」
「それならしょうがないですけど、行くなら行くって言っていってくださいよぉ!」
前のめりで顔を近づけながら怒っているのはサクヤだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、なんか衝動で動いてしまったから仕方ない。
腰に手を当てて怒っていると態度でも訴えている。
こりゃまいった。
「リューちゃんがわるいよ?」
唇を尖らせてサクヤを援護するのは不機嫌そうなミリアだった。「ミリアの行きたかった」と呟いているのが聞えて来たので、遅くなって怒っているというよりは連れて行ってくれなくて拗ねているのだろう。
アオイは眉間に皺を寄せて見つめてくる。なんか地味に心に突き刺さるな。
「しかも、傷口開いてるじゃないですか! なんで怪我してるんですか?」
「いやぁぁぁ」
何と言ったらいいものかと考えながら目線をウロウロしていると、すぐ近くへサクヤが顔を突き出した。
「ちゃんと、目を見て言ってください」
これは逃げられそうにないなぁ。
仕方がないので、レイン宅であったことをザックリと話す。
「はぁ。まぁ、リュウさんですから。仕方がないですけどぉ」
腕を組んでため息をついて睨みつけてくるサクヤ。
「だからって、杖で叩きつけてきたのを何もせず、ただ受けるってのはどうなんですの?」
隣で同じようにため息をつきながらこちらを睨みつけてくるアオイ。
青鬼と赤鬼のようだ。この二人の頭から角が生えてきても不思議ではないと思う。怒ったときは恐いからなぁ。どうしたものか。
今回は、いつもは見方をしてくれるミリアまでがそっち側にいるからなぁ。反省して深々と謝ることしかできないなぁ。
「全部、俺が悪い。すまなかった」
頭を下げると二人からため息を更に深く吐かれる。
「別に、リュウさんは悪いことをしているわけではありませんわ。反省してほしいのは、その子へ行くということを伝えて欲しかったのですわ」
皆心配してくれたのだから、俺には何も言う権利はない。青いが少し優しい口調で俺を諭してくる。
「その通りだ。みんな、すまん」
「じゃあ、包み焼きおごりです! ごちそうさまです!」
サクヤがピンクの髪を揺らしながら指を突き付けてくる。まぁ、デザートの驕りは仕方ないな。そのくらいで許してくれるのなら、良しとするか。
「ミリアは、プディン食べたい」
「お、おぉ。わかった」
ミリアはプリンを食べたいらしい。この世界では正式名称のプディングに近いプディンと言われている。なぜなのかは全くわからない。
ただ、あそこのプディン並ぶんだよなぁ。まったく。自分が並ぶの面倒だからって俺をパシろうとしているな。仕方ないか。
「リューちゃんなんかたべたい」
俺が返ってくるのが遅かったからいつもは寝ている時間なのに起きていることになったもんな。営業終わってから飯を食って来てるからいいかと思ったが、成長期の女の子だ。そりゃ腹も減る。
店から持ってきた箱の中にトロッタ煮の余りが少し入っていた。
「トロッタ煮しかないから、少し味を変えるか」
厨房へと移動すると、葉物野菜と人参を取り出して鍋へと放り込んでいく。これで少し煮立たせる。
「なにつくるのぉ?」
小腹が空いたときには、少し軽いものがいいと思う。だから、知るものにしようと思ったのだ。野菜たっぷりで肉が入っているものといえば。
豚汁ならぬ、トロッタ汁だな。
「トロッタの肉と野菜を入れて汁物にしようと思ってな」
煮立たせながら、ニンニクを少し入れる。香ばしさが増して美味しいんだよなぁ。食欲をそそっちゃうけど。大きな寸胴で煮ているから結構な人数分あると思う。余ったら使用人の人たちにも配ろう。
寸胴内の肉と野菜が躍っている。こちらの空気とは違って楽しそうに上へ行ったり右へ行ったりと動きが激しい。
動きがあると火が通るからいい。逆にギュウギュウだと火が通りにくいからな。その方が、旨味が沢山出ておいしいんだけど、時間がかかる。
今は、不機嫌であるミリア達の機嫌を取る必要がある。ということは、トロッタ汁を作ることが急務だということだ。
葉物の野菜の色が春服へ衣替えをするように明るい色へと変身する。ロトッタの味の染みたスープは良い感じに染まっている。そこへ、味噌を投入していく。
お玉一個分くらいの味噌を溶かす。寸胴に対してだから少ない方だけど、いろんな味が染み込んでいるスープは複雑な旨味が出ていると思う。
「わぁー。いいにおーい」
笑顔で鼻をヒクヒクと犬のように動かしているミリア。子犬に見えなくもない。可愛いもんだ。
かき混ぜながらまた一煮立ちさせる。
味噌の香り、トロッタ肉の甘じょっぱい香り、野菜の甘い香り。全てが食欲を刺激してくる。俺の腹の怪獣を呼び覚まそうとしているのだろうか。
――グオゥゥゥゥゥ
ミリア、サクヤ、アオイにジト目で見てくる。申し訳ないような気持ちで俯いていると、イワンとリツはゲラゲラと笑い転げている。あの野郎どもめぇ。
「リューちゃんのおなかは、しょうじきだね? おなかすいたの?」
ちゃんと夕食を食べたはずなんだが。
「そうみたいだな。遅くなってすまんな。できたからみんなで食べよう」
それぞれが器を持つと寸胴の前へと集まってきた。器へと次々にトロッタ汁を盛り付けていく。汁が垂れたところを時折拭きながら渡していく。
ミリアが先ほども持ったはずなんだが、また器を持ってきた。
「おおもりで!」
「おいおい。誰が食べるんだ?」
不思議なものを見たような顔をしてコテンと頭を傾げる。
「リューちゃんもたべるんでしょ? はやくもって、いっしょにたべよう!」
ミリアが俺の器を持ってきてくれるなんて。俺と一緒に暮らすと実の親へと宣言した後、いつも通りだったがこういうところで成長を感じることが多くなってきた。
「ミリア、有難う」
「ふふーん。こっちこそだよ……」
笑顔を見せながらも最期の言葉は、言葉を発しながら照れ隠しするように視線を逸らし。自分の席へと戻ってトロッタ汁を見つめていた。その頬は、仄かにピンク色に染まっていた。
まさか、ミリアからこんな言葉が出てくるとは。どれだけ急に成長する気なんだろう。
トロッタ汁を喉へと流し込んでいく。旨味が詰まった汁はとても香り豊かで鼻孔が喜んでいる。
胸のあたりがホクホクするのは、トロッタ汁の温かみだけではないと思う。これが、家族の温かみなのかもしれないな。