「うわぁ! すごい! 紅竜城って、こんなに壮麗だったんですね……!」
我が城――紅竜城に足を踏み入れたティエラは、エントランスを見上げて感嘆の声を上げる。
俺は「そうだろう」と頷きながら、内心で鼻高々になる。
――共に行動するというティエラの誓いを聞き届けた俺は、改めて彼女を紅竜城に案内した。
いつもであれば、血気盛んな人間たちが駆け抜けるだけのエントランス。それをじっくりと観賞されるのは、何やら妙な気分だ。
そういえば、人間を純粋に招き入れたのはいつぶりだろうと思う。
感慨にふける俺にフィアが言う。
「ティエラのこの反応なら、いずれこの城を観光名所にするのが良さそうですね」
「観光名所、だと?」
「いけませんか? 良い名物になると思うのですが」
「名物……我が城が名物扱い……」
感慨深さが途端にしぼむ。
いや、こいつの言いたいこともわかるぞ。将来、人間たちを紅の大地に集めるのならば、それなりのシンボルが必要だ。
300年にわたる歴代勇者との激闘の地。確かに人を呼ぶにはもってこいだろう。
だが、なあ……。
この複雑な感情はどうしてくれよう?
天井を仰ぐ俺に、ティエラがさらなる追い打ちをかける。
「あれ? でもよく見ると、結構あちこちボロボロなんですね」
「当然です。修理修繕するお金も人手もないので」
「え、でもヴェルグさんって魔王四天王なんですよね? ちょっとイメージと違うというか」
「貧乏魔族とはそういうものです」
「はー、なるほど。魔族の皆さんにもいろいろあるんですね。でも、私は好きですよ。何だか実家みたいで安心します」
「ティエラの実家もボロなのですか?」
「ウチも貧乏貴族なので。ほら、骨組みだけ残った照明器具なんてそっくりです。魔法石を使うのももったいないので、廃油に芯を挿して
「ふむ。それはいいですね。経費削減のために採用しましょう。後で作り方を教えなさい、ティエラ」
「はい! お任せください、フィアお姉様!」
「……お前ら。頼むから盛り上がらないでくれ。ボロだ貧乏だとかいう話題は俺に効く」
階段の手すりに額をこすりつけながら呻く俺。フィアもティエラもきょとんとしていた。
(近いうち、改修してやる……!)
そのためには腕の良い職人を数多く用意しなければならないだろう。また新しい目標ができて、俺は少し
目標になるということは、それだけ否定しようのないボロ城ということで……ちくしょうめ。
(今に見ておれよ……!)
それから城内を進み、謁見の間へと到着する。
そこは普段、俺が本来の竜の姿で勇者たちを待ち受ける空間だ。他とは段違いに広い。
ティエラは謁見の間に入るなり、口がぽかんと開けっぱなしになった。圧倒されている。
俺は柱や床に残された戦闘の痕跡を
「ここで勇者たちと戦ってきた」
「そうなんですね。ふわぁ……」
「怖ろしいか?」
「何もかもスケールが大きすぎて、ちょっと想像が追いつかなくて。あ、でも」
ふと、ティエラが俺の顔を見る。
「ヴェルグさんが正々堂々、敬意を持って勇者様たちと戦ってこられたことは、何となくわかります」
「ほお」
「お姉様は修繕費用も人手もないって仰ってましたが、ここは何と言うか……きちんとしているように見えて。それって、勇者様たちを正面から迎え入れた証拠なんじゃないかって。床や柱の石たちも、そう言ってるような気がするんです」
「なるほど。石たちが、か。土属性のスペシャリストらしい答えだな」
「す、スペシャリストだなんて。私はまだまだですよぅ」
やや頬を紅潮させて手を振るティエラ。「照れるな、本心だ」と俺が言うと、ティエラは照れくさそうに頬をかいた。
(ずいぶん打ち解けることができた)
心の中でつぶやき、フッと息をつく俺。
一時はどうなることかと思ったが、こうしてティエラとコミュニケーションが取れるのは、純粋に嬉しかった。
巨大な玉座を見る。かつて、幾度となく繰り返された戦いの光景が蘇ってくる。
(彼らとも、こうして語り合える選択肢があったのだろうか)
昔を懐かしむ。
当時は叶わなかったが、これからは違う。
本当に紅竜城が観光名所となれば、謁見の間を訪れる人間の態度は自ずと異なってくるだろう。
我が野望達成のためには、そういう未来を目指す必要があるのだ。
「いまだ遠い。だが、この300年で一番心躍っているやもしれんな」
「ヴェルグさん、何か言いましたか?」
「何でもない。これからもよろしく頼むぞ、ティエラ」
「はい。もちろんです」
そう答えて握り拳を作るティエラ。
ふと、彼女の肩にフィアが手を置いた。じっとティエラの顔を覗き込んでいる。ティエラが若干のけぞって、「お姉様? 何か……?」と尋ねる。
それには答えず、フィアは俺に向き直った。
「ヴェルグ様。ティエラのことでひとつご提案が」
「どうした」
「この娘のボロボロな衣装を何とかしたいのです」
そう言って、裾がほつれているティエラのスカートをぴらりとつまみ上げる。途端にティエラが慌てた。
「おおお、お姉様!? や、止めて下さい! ヴェルグさんに見えちゃう……!」
「見える? 下着のことか?」
「~~~~ッ!!? おっ、大真面目に聞かないでください!」
「安心しろ。人間と違い、この邪紅竜ヴェルグに色香は無意味だ」
「それはそれで傷つきます!!」
「そうなのか? そうか傷つくのか……」
「ヴェルグ様。これを機にぜひ色香に興味をお持ち下さい。またその際はティエラではなく私の下着を」
「どさくさに紛れて何を言ってるんですか、お姉さっ――ま……?」
顔を真っ赤にして声を荒げたティエラが、ふとぐらついた。傍らにいたフィアが彼女を支える。ティエラは赤い顔のまま口元をもごもごとさせていた。
照れすぎて頭に血が上ったのだろうか。
そんなティエラをちらりと見てから、フィアは再び言った。
「とにかく、このまま無様な格好で城内を闊歩させるわけにはいきません。城の主たるヴェルグ様の
「え、あの。お姉様、どちらへ? あ、あ、あー」
有無を言わさず、フィアは引っ張っていく。本来は上級魔族。いかに潜在能力が高いといっても、一介の女生徒に過ぎなかったティエラには抗う術はない。
俺は肩をすくめながら、彼女らの後に続いた。
たどり着いたのはフィアの自室である。ティエラに続き、俺も中に入る。
「これは……またすごいな」
一歩足を踏み入れた途端、俺はつぶやいてしまった。
広い室内には、所狭しと衣服が並んでいたのだ。壁一面どころか、まるで布だけの小隊が隊列を組んでいるごとくである。
着数もさることながら、その種類もサイズも凄まじく豊富だ。中には人間の子ども服のような、明らかにフィアのサイズに合わないデザインのものまである。
本来は2部屋だったところを、壁をぶち抜いて無理矢理1部屋にしていることにも気付いた。
部下が軒並み立ち去り、どこもガラガラだった城内。好きに使えと確かに言ったが、まさかここまでするとは思わなかった。
同じ感想をティエラも抱いたらしい。
「す、すごい。ミラ・ファトゥースの目抜き通りでも、これほどの品揃えのある服屋さんは珍しいと思いますよ、お姉様」
「ふふん。そうでしょう、そうでしょう」
「得意気なお姉様かわいい。ところで、どうしてこんなにもたくさん衣服をお持ちなんですか? 見たところ、お姉様ではサイズ違いの服もたくさんあるみたいですが……」
「私はサキュバスです。本来は人間を
フィアの饒舌な説明を受け、ティエラは「へぇぇ!」と感心しきりだった。
俺はふと尋ねる。
「しかし、フィアよ。俺は今の体型以外のお前を見た記憶がほとんどないぞ」
「体型変化はあまり好きでないのです。否が応でも、自らをサキュバスだと認識してしまいますので」
「なるほど。それはお前らしい理由だ。だが、ならばなぜこれほど大量の服を溜め込んでいる? この様子だと、人間の居住区に行く度に揃えているんじゃないのか」
「楽しいからに決まってるじゃないですか」
「趣味丸出しかよ」
「買いそろえるだけではありません。人間のデザインを参考に、自分で縫製もいたします」
「わあ。じゃあお姉様、もしミラ・ファトゥースへ寄る機会があれば、一緒にお買い物しませんか? 私も実家にいたころ、自分の服を作っていたことがあって。縫い方、教えてもらえると嬉しいです」
「ええ。是非に。そういえば街ではそろそろ新作が出ている頃。勉強がてら店を回るのもよいですね」
にこやかに応じるフィア。ティエラも楽しそうだ。
彼女らの様子を横目で見ながら、俺は手近な一着に手を伸ばす。俺は女の服など門外漢だが、それなりに値が張りそうなことはわかる。肌触りが違うのだ。
既製品を購入するにしろ、布地から自分で縫うにしろ、費用はかさむはずだ。ただでさえ魔王からの支給が滞っている今、無駄な出費はさけるべきであろう。
(だがまあ、いいか)
まるで本当の姉妹のように打ち解けた会話をしている2人を見ながら、俺は肩をすくめた。
忠実な部下たちの楽しいひととき。それを無理矢理奪うのは野暮というものだ。
「さあティエラ。ここからあなたに合う服を探しますよ。さしあたり、身体のサイズを計らなければ。まずはここ」
「わひゃいっ!?」
「じっとしてなさい」
「あの、でも! フィアお姉様、巻き尺もなしでそんな鷲づかみ――んんっ!?」
「サキュバスの手技を甘く見ないことです。この揉み心地から正確に計ってあげましょう。もみもみ」
「はぅっ!? ヴェ、ヴェルグさん! 見ないで下さいー!」
「なぜだ。先ほども言ったように、俺は人間の色香など」
「いいからぁーっ!」
「ヴェルグ様。ご覧になるならついでに、私のとっておきの下着姿をお見せ致します」
「……はぁ。わかった、終わったら呼んでくれ」
再び肩をすくめ、俺はフィアの部屋を出た。
ティエラの甘ったるい嬌声を背に、俺はいつもの部屋へ向かう。
今のうちに、聖剣の手入れをしておこう。