城内の廊下を歩きながら、つい考えてしまう。
「もう少し華やかにした方が人間は喜ぶのだろうか?」
俺が気にしたのは、殺風景としか言えない石造りの廊下。採光窓もないのに魔法石のひとつも設置しておらず、薄暗い。
隅っこに目を向けると、細かな埃と一緒に淀んだ空気も滞留している。そういえば、城内を大掃除したのはいつのことだろう?
(人手が少なかった――なんて理由にはならんな。これからは、特に)
こんなことに思い悩むのは、フィアが城内を観光名所にしようと言い出したからだ。否が応でも意識してしまう。
眉間に寄った皺を揉む。
けれどしばらくそうしていると、今度は笑いが込みあげてきた。
今の状況を先代魔王陛下が知ったら、どのようなお言葉をかけられるだろう。
あのお方のことだ。きっと広い御心で、「構わぬ。好きにするが良い」と微笑まれるはずだ。
俺ができることは、先代に顔向けできるように紅竜城と紅の大地を立派な姿へ変えることだろう。
そのためにも、聖剣の力は欠かせない。【貪欲鑑定】の使用には、聖剣ルルスエクサの聖なる魔力が必須なのだ。
「よし。待ってろ、聖剣」
気持ちを新たに、聖剣を安置する部屋へと向かう俺。
部屋までたどり着くと、まず入口に施した結界を確認する。侵入者がやってきた形跡はない。
何となく、飼ってた
「――うおっ!? 何だコレは!!?」
室内に一歩踏み入った途端、俺は目を剥く。
そこは聖剣の安置場所とは思えないほど、陰気な空気が充満していた。
心なしか視界も悪い。
目を凝らすと、さらに衝撃の光景が。
――聖剣、曲がってる。
台座に突き刺さった部分はそのままに、刃の中ほどからぐにゃりとひん曲がっていたのだ。
まるでしおれた花である。
これまで300年間、欠かさず手入れをしてきたが、こんな姿は初めて見た。
「おいおいおい! いったいどうなっているんだ!?」
驚愕で大いに狼狽えながら、すぐに手入れの準備を始める。いつもの手順で魔鉱石を魔力で溶かす。
にょきり。
聖剣がちょっとだけ持ち直した。
まるで餌の時間に気付いた
まだ磨き始めてないのに、この反応。
バケツに魔鉱石を溶かし込みながら、俺はジト目で聖剣を睨んだ。
心なしかこいつ……遅い遅いと急かしてないか?
気を取り直し、魔獣の革で聖剣を丁寧に磨いていく。
するとみるみるうちに聖剣は元の形を取り戻し、美しく輝いていく。室内を包んでいた陰鬱な空気も、嘘のように晴れていった。
ぱあぁぁ!と擬音が視認できそうな清々しさである。
いつもより時間をかけて作業を終えた俺は、おもむろに道具をしまい、軽くひとつ息を吐き――聖剣の鍔を「がしっ!」と握りしめた。襟首を掴むイメージである。
「お前は犬か!!」
力を込めてツッコむ。
すると聖剣から光の粒が弾けた。きらきらと俺の周りを舞う。
まるで「まあまあ」と言われているようでそこはかとなく腹が立つ。
「貴様。俺が手入れしてやった途端にこれとは。現金にもほどがあるぞ」
きらきら!
「嬉しそうにしたところで
きら?
「とぼけても無駄だ。似てるんだよ、お前は。拗ねたときのフィアと!」
きらっきらん。
「『拗ねてないモン』じゃ、ない!」
思わず声を荒げる――が、待て。待つのだ邪紅竜ヴェルグ。
お前、何を当たり前のように剣と会話している?
きらきら、きらら。
「『何を今更、持ち主とは以心伝心が当然』――って、ああああ! 何でわかってしまうんだ俺はまったく!!」
聖剣から手を離し、頭を抱える。
気遣わしげに光が舞うのが鬱陶しかった。気遣われていると感じ取れてしまう自分に陰鬱となった。
深いため息をひとつ。
「まあ、いい。喜べ聖剣。今日から新しい仲間が加わった。人間の少女だ。近いうち、お前も顔を合わせることがあるだろう」
世間話としてティエラの話題を出す。
「名をティエラという。まだ学生とのことだが、潜在能力は確かだ。他者への崇敬の念も持ち合わせている。聖剣であるお前を見ればティエラは畏怖するかもしれんが、だからといって余計な真似はするんじゃないぞ――って、やたら上機嫌だなお前。そんなに嬉しいのか?」
壁に背を預けながらつらつらと語ると、聖剣ルルスエクサはしきりに光を瞬かせた。「どんな娘? どんな娘?」とせがんでいるように見える。子どもか。
……しかし考えてみれば、俺も【貪欲鑑定】で見た以上のことはティエラのことをよく知らないんだよな。
天井を仰ぎ見る。
ティエラのことを考えているうちに、懸念が湧いてきた。食糧である。
俺は室内を見回した。
聖剣を安置しているこの部屋には、手入れ用の道具以外にもいろいろと物が置かれている。その中には、人間から手に入れた保存用食料も保管してあった。少ないが水もある。
力尽きた勇者たちから回収したり、奇特な協力者から譲り受けたりしたものだ。その種類の多さに、「人間はよく考えるものだ」と感心した覚えがある。
一応、結界で守っている。保存状態は一定に保たれているはずだ。ティエラも問題なく口にできるだろう。
元々は人間の捕虜を抱えたときの
容器と結界越しに匂いを嗅いでみるが、当然俺には可食かどうか判断できない。
しばらく腕を組んで考えた俺は、頭を掻いた。
「仕方ない。久しぶりに