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第24話 腹を満たそう


 それから俺たちは、空腹で力が入らないティエラを運び出した。聖剣を安置している部屋の近くに、比較的綺麗な個室が残っているのだ。

 俺が風魔法で軽く埃を外へ押しだし、フィアがベッドメイクする。


「ヴェルグさんたち……生活魔法を使いこなしすぎではないですか……?」

「そうか? 普通だろう」

「節約できるところは節約しなければなりません」

「魔族って……」


 何やら軽くショックを受けている様子のティエラをベッドに寝かせる。そして、あらかじめ聖剣の部屋から持ってきていた保存食を取り出した。


「フィア。厨房を使えるようにするまで面倒だ。ここで調理するぞ。手伝え」

「かしこまりました。そう仰るかと思いまして、すでに必要な材料は準備してあります」


 頷き合う俺たちをティエラが「え?」という表情で見ている。そのまま横になっているがよいと目で伝える。


 まずフィアが小ぶりな鍋を両手に持つ。保存食やら何やらをまとめて運ぶのに使っていたものだ。

 それを俺が炎と風の魔法を操作して、空中に固定。擬似的なかまどを作る。

 そこへ保存食と水を投入。結界でしっかり防護していたことが功を奏し、すぐにほのかな香りが漂い始めた。

 中身を焦がさないよう、俺は鍋の監視に集中する。その間、フィアは何やら白い塊を削って振り入れていた。


「それはなんだ、フィア?」

「どうかお気になさらず。私の気持ちです」

「……気持ち?」


 俺は目を細めたが、それ以上何も言わずにおいた。人間社会で過ごした経験のある彼女が、それなりに『料理』ができることは知っている。

 確か、人間の籠絡ろうらくと介護のためだとか。

 やたらと面倒見の良い彼女らしい。


 そうこう考えているうちに、鍋の中が程よく煮立ってきた。保存食をほぐした即席のスープである。

 昔、城の近くで野営をしていた勇者たちがこうしたスープを作っているのをよく見かけていた。消化が良く、すぐに体力を付けられるらしい。今のティエラにはうってつけだろう。


 フィアがスプーンで中身をすくって、ティエラの口元に差し出す。ティエラは遠慮がちに口を付けた。直後、「ほぅ」と息を吐く。


「美味しいです。ぽかぽか温かくて、染みこむみたい」

「そうか。それは良かった」


 俺は応えた。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 人間にこうして食べ物を振る舞うなんて、これまでなかったからな。ティエラの素直な反応には、こちらも和む。


 しかし、5回6回とスープを口にするうち、ティエラは微妙な顔になっていった。


「美味しい――んですけど、あ、甘い……」

「私の趣味です」

「お前の気持ちってこのことか」


 あの白い塊は甘みを足すためだったらしい。

 やっぱりこのサキュバス、子どもっぽい。

 俺が事前に味見しておけばよかった。一応、人間並みに味覚は備えているつもりだ。今まで意味がなかっただけで。


 ――やはり、よほど空腹だったのだろう。甘い甘いと言っていた鍋の中身をあらかた平らげたティエラは、うつらうつらと舟をこぎ始めた。

 いくら魔力刻印があっても、蓄積した疲労はすぐには取れない。俺はそのまま寝かせることにする。

 ティエラの介抱をフィアに任せ、俺は部屋を出た。

 一度自室に戻り、砂色のローブと麻袋を取り出す。必要な物を運び込むためだ。


 そしてもうひとつ、大事な準備がある。


「久々にしたためるか。『奴』は偏屈な人間だからな。手順を間違えて、ひんしゅくを買うわけにはいかん」


 執務机から古びた便せんとペンを取り出す。特製のインクは、しばらく放置していたせいか壺の中で乾いていた。舌打ちし、炎の魔力を操作して溶かす。

 俺からのものだとわかるように、わずかに魔力を染みこませながらペンを走らせる。余計な美辞麗句を奴は好まない。現状と要望を簡潔に記した。


 手紙で報せを出すことは『奴』との約束事だ。


 かつて勇者の一員として俺と対峙し、現在は世捨て人として紅の大地の一角でひっそりと暮らしている男。


 元勇者、ガルトー・ファトム。


 彼から食糧や生活用品を融通してもらうのだ。

 現に、聖剣の安置室に保管してある食糧や水のいくつかはガルトーから譲ってもらったものである。


 俺は手紙を書き終わると、道具一式と便せんを持って城外へ出る。

 小型の炎竜を召喚すると、魔力防護を施した便せんを預けた。


「行け。最大速度で頼む」


 短く指示を出すと、手紙を抱えた炎竜は弾かれたように加速した。北東の方向である。


 かつての取り決めで、ガルトーの元へ訪問する際は事前に魔法で手紙を送ることになっていた。俺以上に人間付き合いに難がある彼らしい慎重さだ。

 この期に及んでその取り決めを律儀に守る俺も俺だが。


 返事が来るまで、俺は別のことをするつもりだった。

 あの鼻持ちならなかったアロガーン姉妹の私物を回収する。

 彼女らが乗っていた荷車には、人間の食糧や水が詰め込まれているはず。そうティエラから聞いていた。

 何十年も保管されていた保存食よりも、いくらかマシなはずだ。荷台そのものも、何かに使えるはずである。


 俺はフードを目深に被った。


 今回は単独行動である。

【鑑定妨害】が使えない。

 少しでも素性を隠すため、俺はフード付きローブを身にまとい、顔を深く隠した。


「待ってろよ、ティエラ。すぐ戻る」


 城を振り返り小さく呟いた俺は、城門前の崖を勢いよく飛び降りるのだった。


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