俺はひとり、紅の大地を駆ける。
だだっ広い荒野は方向感覚を狂わせる。そんな中、俺はまっすぐ目的の場所まで向かった。
簡単だ。大地にぽっかりと開いた不自然なクレーターと魔力の
フィアの
ところが、その余裕は間もなく吹き飛んだ。
「ん……?」
アロガーン姉妹が乗ってきた荷台が見えたとき、荷台の周囲に魔物たちが群がっていたのだ。
子どものような体躯、枝のように細い手足、尖った耳に灰色の体色。
ピドーインプだ。
紅の大地に棲息し、俺の管理下にない野良魔物の中でも、ほぼ最下層に位置する弱小種族。
強者に従うことでその種を存続させてきた者たちだ。
彼らは人間に対してすら滅多なことでは刃向かったりしない。それだけ弱く、かつ臆病な魔物だ。
そんなピドーインプが、どこから集まってきたのか十数匹も群がり、荷台を
「奴ら、それほどまでに腹を空かせているのか」
俺はピドーインプたちを見て、一瞬自責の念に駆られた。
ピドーインプたちの生活状況は、この土地の有様を如実に表す。『最下層のピドーインプでさえ飢える』という状況は、紅の大地がいかに貧しく厳しい環境にあるかを示しているのだ。
紅の大地の王として、その責めは負わなければならない。
――負わなければならないと、思っていた。
荷台に近づくまでは。
「お前たち、散れ。この荷物は俺が頂く」
俺は傲慢に告げて、魔力をオーラとして放出する。
今の俺に施しを与える余裕はない。己の至らなさにほぞをかみながら、傲慢に振る舞うしかないのだ。俺は善良な勇者ではないのだから。
ピドーインプが反応して顔を上げる。
通常なら、すぐに彼らは退散するはずだった。ピドーインプは己より強い存在に決して逆らわない。
『グギギィ!』
「む……?」
――にもかかわらず、ピドーインプたちは俺に牙を剥いて威嚇してきた。
よく見ると、皆面構えからして普段と違う。怯えて常に周囲を警戒している目ではない。殺気立った目だった。
様子がおかしい。
「聞こえなかったのか。立ち去れ、ピドーインプども」
俺はもう一度警告した。今度は魔力の圧を強め、威嚇として眼前の地面を炎で弾けさせる。
ピドーインプは逃げなかった。
それどころか、徒手空拳で俺に襲いかかってきたのだ。彼我の戦力差を無視した無謀な突撃だ。完全に我を失っている。
強い違和感を覚える俺。何が彼らをそうさせたのか気になる。
とはいえ、降りかかる血は払わねばならない。
右手を開く。細い炎が身体を震わせ、一瞬にして赤熱する剣と化した。
飛びかかってくるピドーインプを視界に収める。
「せめてもの慈悲だ。受け取るが良い」
揺らぐ空気。
ズレる音と風の流れ。
吹き上がる砂塵。
混ざる藍色の血煙。
蒸発する肉と液体と臭気。
これまで数えるほどの勇者しかその身に味わったことのない、邪紅竜ヴェルグの赤熱剣技。それがピドーインプたちを襲った。
一撃のもとに
ほんの数秒。
ピドーインプは灰すら残さず、全滅していた。苦痛を感じた者は皆無だったであろう。
俺は炎の剣を消失させた。顎に手を当て、呟く。
「こやつらの殺気は間違いなく本物だった。あの臆病で慎重なピドーインプどもに一体、何があったのだ」
「――おい貴様! そこで何をしている!?」
鋭い
視線を向けると、20メートルほど先に騎馬の一隊が見えた。人数は6。皆、鎧で武装している。冒険者崩れではない。
先頭を行く男の胸元に目をやり、俺は内心で驚いた。
鎧に刻まれた紋章に見覚えがあったのだ。
あれは確か――
所属の騎士がこれまでも幾度か我が元に挑んできていて、それで覚えたのだ。
他の騎士団連中と比べても強く印象に残っている。実力者揃いの集団である、と。
中には勇者と言っても過言ではない強者もいた。
俺を誰何したこいつらも、強さは冒険者平均を大きく上回っていると見た。
どう答えようか迷う。
今はフィアがいない。相手の鑑定スキルで余計な情報を与えたくなかった。
交渉でこの場を収めるのも望み薄だ。
ティエラと良好な関係を築けたとはいえ、人間とのコミュニケーションが円滑にできるようになったわけでは、まだまだない。何も考えず口を開けば、早晩、馬脚を現すだろうと自分でも予感があった。
フードを改めて目深にし、顔が見えないようにする。
その無言の態度が、聖風騎士団の気に障ったらしい。3人ほどが馬を下り、各々の
「フードを取って、両手を挙げろ。抵抗すれば容赦しない」
「……」
「もう一度聞く。そこで何をしている? この荷車はお前のものか?」
「……違う」
「フードを取ってから喋れ。先ほど、学園の生徒を保護した。貴様、何か心当たりがあるだろう?」
(アロガーン姉妹か。あのあとすぐに騎士団に保護されるとは。運の良い小娘どもめ)
畳みかけられる質問に、俺は眉根を寄せた。
(今は一刻も早く積み荷を回収しないといけないというのに、厄介な。それにしても、聖風騎士団がなぜこんなところに。いかに手練れの集団とはいえ、奴ら、たったこれだけの騎兵で俺を討伐できるとは思っていないはずだ。何を考えている)
微かな苛立ちと焦りが伝わったのだろう。騎士たちが一斉に剣を抜いた。
「あくまでしらを切るか。怪しい奴め。ならば直接叩き伏せて尋問してくれよう!」
そう叫ぶと、彼らは大地を蹴って襲いかかってきた。