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第25話 2つの襲撃


 俺はひとり、紅の大地を駆ける。

 だだっ広い荒野は方向感覚を狂わせる。そんな中、俺はまっすぐ目的の場所まで向かった。

 簡単だ。大地にぽっかりと開いた不自然なクレーターと魔力のざんを目印にすればいい。

 フィアのかんしゃくがここにきて役に立ったなと、俺は内心で苦笑する。


 ところが、その余裕は間もなく吹き飛んだ。


「ん……?」


 アロガーン姉妹が乗ってきた荷台が見えたとき、荷台の周囲に魔物たちが群がっていたのだ。


 子どものような体躯、枝のように細い手足、尖った耳に灰色の体色。

 ピドーインプだ。


 紅の大地に棲息し、俺の管理下にない野良魔物の中でも、ほぼ最下層に位置する弱小種族。

 強者に従うことでその種を存続させてきた者たちだ。

 彼らは人間に対してすら滅多なことでは刃向かったりしない。それだけ弱く、かつ臆病な魔物だ。


 そんなピドーインプが、どこから集まってきたのか十数匹も群がり、荷台をあさっている。


「奴ら、それほどまでに腹を空かせているのか」


 俺はピドーインプたちを見て、一瞬自責の念に駆られた。


 ピドーインプたちの生活状況は、この土地の有様を如実に表す。『最下層のピドーインプでさえ飢える』という状況は、紅の大地がいかに貧しく厳しい環境にあるかを示しているのだ。

 紅の大地の王として、その責めは負わなければならない。


 ――負わなければならないと、思っていた。

 荷台に近づくまでは。


「お前たち、散れ。この荷物は俺が頂く」


 俺は傲慢に告げて、魔力をオーラとして放出する。

 今の俺に施しを与える余裕はない。己の至らなさにほぞをかみながら、傲慢に振る舞うしかないのだ。俺は善良な勇者ではないのだから。


 ピドーインプが反応して顔を上げる。

 通常なら、すぐに彼らは退散するはずだった。ピドーインプは己より強い存在に決して逆らわない。


『グギギィ!』

「む……?」


 ――にもかかわらず、ピドーインプたちは俺に牙を剥いて威嚇してきた。

 よく見ると、皆面構えからして普段と違う。怯えて常に周囲を警戒している目ではない。殺気立った目だった。

 様子がおかしい。


「聞こえなかったのか。立ち去れ、ピドーインプども」


 俺はもう一度警告した。今度は魔力の圧を強め、威嚇として眼前の地面を炎で弾けさせる。


 ピドーインプは逃げなかった。

 それどころか、徒手空拳で俺に襲いかかってきたのだ。彼我の戦力差を無視した無謀な突撃だ。完全に我を失っている。


 強い違和感を覚える俺。何が彼らをそうさせたのか気になる。

 とはいえ、降りかかる血は払わねばならない。


 右手を開く。細い炎が身体を震わせ、一瞬にして赤熱する剣と化した。

 飛びかかってくるピドーインプを視界に収める。


「せめてもの慈悲だ。受け取るが良い」


 揺らぐ空気。

 ズレる音と風の流れ。

 吹き上がる砂塵。

 混ざる藍色の血煙。

 蒸発する肉と液体と臭気。


 これまで数えるほどの勇者しかその身に味わったことのない、邪紅竜ヴェルグの赤熱剣技。それがピドーインプたちを襲った。


 一撃のもとにほふる。全員だ。

 ほんの数秒。

 ピドーインプは灰すら残さず、全滅していた。苦痛を感じた者は皆無だったであろう。


 俺は炎の剣を消失させた。顎に手を当て、呟く。


「こやつらの殺気は間違いなく本物だった。あの臆病で慎重なピドーインプどもに一体、何があったのだ」

「――おい貴様! そこで何をしている!?」


 鋭い誰何すいかの声。

 視線を向けると、20メートルほど先に騎馬の一隊が見えた。人数は6。皆、鎧で武装している。冒険者崩れではない。


 先頭を行く男の胸元に目をやり、俺は内心で驚いた。

 鎧に刻まれた紋章に見覚えがあったのだ。

 あれは確か――聖風せいふう騎士団のもの。

 所属の騎士がこれまでも幾度か我が元に挑んできていて、それで覚えたのだ。

 他の騎士団連中と比べても強く印象に残っている。実力者揃いの集団である、と。

 中には勇者と言っても過言ではない強者もいた。


 俺を誰何したこいつらも、強さは冒険者平均を大きく上回っていると見た。


 どう答えようか迷う。

 今はフィアがいない。相手の鑑定スキルで余計な情報を与えたくなかった。

 交渉でこの場を収めるのも望み薄だ。

 ティエラと良好な関係を築けたとはいえ、人間とのコミュニケーションが円滑にできるようになったわけでは、まだまだない。何も考えず口を開けば、早晩、馬脚を現すだろうと自分でも予感があった。


 フードを改めて目深にし、顔が見えないようにする。

 その無言の態度が、聖風騎士団の気に障ったらしい。3人ほどが馬を下り、各々の武器エモノに手を添えて近づいてくる。


「フードを取って、両手を挙げろ。抵抗すれば容赦しない」

「……」

「もう一度聞く。そこで何をしている? この荷車はお前のものか?」

「……違う」

「フードを取ってから喋れ。先ほど、学園の生徒を保護した。貴様、何か心当たりがあるだろう?」


(アロガーン姉妹か。あのあとすぐに騎士団に保護されるとは。運の良い小娘どもめ)


 畳みかけられる質問に、俺は眉根を寄せた。


(今は一刻も早く積み荷を回収しないといけないというのに、厄介な。それにしても、聖風騎士団がなぜこんなところに。いかに手練れの集団とはいえ、奴ら、たったこれだけの騎兵で俺を討伐できるとは思っていないはずだ。何を考えている)


 微かな苛立ちと焦りが伝わったのだろう。騎士たちが一斉に剣を抜いた。


「あくまでしらを切るか。怪しい奴め。ならば直接叩き伏せて尋問してくれよう!」


 そう叫ぶと、彼らは大地を蹴って襲いかかってきた。

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