騎士たちの動きは素早い。さすがに訓練されている。
(早く城まで戻らねばならないというのに)
舌打ちした俺は身をかがめた。
剣を振りかぶった騎士たちが迫る。
俺は指先で地面に触れた。
一瞬だけ力を込める。
直後、周囲に土埃が舞い上がった。煙幕のように騎士たちの視界を奪う。
彼らの足が止まる。
逆に俺は地面を蹴った。
「すまんな」
土埃で視界が遮られる中、俺は眼前の騎士に肉薄する。そのまま、腹に拳を突き立てた。
拳面から伝わる衝撃でわかる。さすが勇壮精強と名高い聖風騎士団の鎧だ。よい素材の金属を頑強に仕上げている。
――が、こちらの攻撃には関係ない。
鎧は頑丈。だが中の肉体はそうはいかない。
鋭い牙や剣の一撃は弾けても、重い衝撃を伴う
目を剥いた騎士は、その場に昏倒した。
時間が惜しい。
砂埃が風に流される前に、俺は次々と騎士たちに奇襲をしかけた。
打拳の衝撃で砂埃が花弁のほころびのように舞い、連鎖する。
この場にフィアはいない。【鑑定妨害】のスキルが使えない。
そんな中で派手な魔法を使えば、正体が看破されかねない。
こちらの情報を与えず、できるだけ速やかに排除する。
そのために、俺は近接攻撃のみで騎士たちを戦闘不能にすることを選んだ。
ひとり、またひとりと倒れていく聖風騎士団の騎士たち。
彼らは弱くない。むしろ人間の中では上位に入るほど強い。
ただ、俺の方がそのさらに上にいたというだけだ。
ものの数分と経たず、騎馬していた騎士も含め6人全員を昏倒させることができた。
命を取らなかったことは――我ながら甘いというべきだろうか。
「しかし、ピドーインプの暴走と同じタイミングでの登場か……こいつら、何か関係してるんじゃないだろうな」
倒れ伏す騎士たちを見遣り、俺は目を細めた。
我が領地でもし何か企んでいるのなら、看過できぬ。かといって、今の状況でこいつらを尋問するわけにはいかなかった。
「連れ帰って牢に閉じ込め、改めて吐かせるか――いや」
魔力を編みかけて、止める。
脳裏にティエラとフィアの戯れる姿が浮かんできた。人間の衣装を自慢げに披露するフィア。紅竜城を観光地みたく言い放って目をキラキラさせていたティエラ。
今更、血と苦痛で城内を穢すこともあるまい。
「どのみち人手も足りないしな……さて、当初の目的を果たすとするか」
騎士たちから視線を外し、荷台へ向かう。
アロガーン姉妹が乗ってきた荷台は、無残な状況になっていた。
ティエラが『
「仕方ない。使えそうなものだけ集めよう」
あまり時間はかけていられない。騎士たちが目を覚ますかも知れないし、またピドーインプたちが大挙して押し寄せてくるかもわからない。
荷台の中身は多くが嗜好品だった。あの下劣な女どもめ、いったい紅の大地を何だと思っていたのか。
どれもこれも無駄に品質が良い。おそらく、金に糸目を付けず一級品ばかりを集めさせたのだろう。昔にも居た。そういう見た目だけの挑戦者どもが。
まあ、そのおかげで俺でも人間世界の物品の価値という奴が、おぼろげながら理解できるようになったのだが。
食糧や水だけでなく、まだ使えそうな道具類や調度品、衣類の類をかき集める。結果、結構な量になってしまった。
「さて。これをどうやって運ぶか。時間も惜しいし、ここは
思案する俺。
そこへ、後ろから気配が近づいてきた。
振り返ると、主のいない馬が一頭、俺のところまでやってきた。聖風騎士団の紋章が刻まれた立派な馬具が装着されている。騎士たちが騎乗していたうちの一頭だろう。
辺りを見る。他の馬たちはどこかへ逃走して姿がなかった。
残ったのはこの馬だけだ。
「ふっ。お前、俺が怖ろしくないのか? 主を無様に昏倒させた男だぞ」
口元を歪めて俺は言う。
すると、馬はビビるでもなく俺を見つめ、それから踵を返した。固い地面で伏せっている騎士たちを、ひとりずつ鼻先で嗅いで回っている。
俺は素直に感嘆した。
この馬、たった一頭になっても主たちを気遣っている。他の馬は俺の力を敏感に感じ取って、我先にと逃げ帰ったというのに。
再び俺の元にやってくる馬。その円らな目には、騎士たちの助命を懇願するような色が見えた。俺は微笑み、馬の首筋を撫でる。
「たった一頭になっても魔王四天王たる俺を怖れないその豪胆さ、絶望的な状況でも主を気遣うその忠義。気に入った」
俺は魔力を練る。聖剣の主となったことで、俺の中には聖なる魔力も巡るようになっている。それを使い、騎士たちを覆い包むように防護結界を張った。
これならば、弱い野良魔物は近づくこともないだろう。仮にあの暴走ピドーインプがやってきても、守り切れるはずだ。
「騎士への施しはお前への褒美だ。
そう言って俺は集めた荷物の山へと戻る。
ところが、馬は俺の後をとことことついてきた。
「何だ。もう何もやれないぞ」
「ブルル……」
「もしかしてお前、俺に着いてくるつもりか?」
言葉がわかったわけではないだろうが、馬は小さく嘶いて尻尾を大きく振った。
俺は苦笑した。
「忠義ではなく、単なるお人好しだったか。……ん? この場合、お馬好し、か? まあいい。お前、どうやら俺と似たもの同士のようだ。お互い、異種族との交流に心を砕いていると見える。よし、いいだろう」
手綱を手に取る。
「我が城下に案内しよう。その代わり、働いてもらうぞ」
その言葉に、「任せて」と言わんばかりに瞬きする馬。
俺は集めた荷物を複数のザックに詰め込み、馬の背にくくりつけた。
「出発だ」
馬に寄り添い手綱を引くと、軽快な足取りで歩き出す。
こうして、俺は予想外の『拾いもの』を得て帰還するのだった。