目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29話 邪紅竜のおもてなし


 ――我が城、紅竜城が見えてきた。

 働き者の馬を引き連れ、俺は城下の畑に立ち寄る。水を飲ませてやるためだ。


 それなりの距離を移動したはずだが、まだ余裕なのだろう。俺が荷物を下ろしている間、大人しくその場に立っていた。

 さすが、精強だった聖風騎士団が騎乗していた馬である。


「ご苦労。しばらくここで寛いでいるとよい」


 荷物を下ろし終えた俺が労うと、馬は自分から水辺に向かった。心なしか上品に水を飲み、群生しているテリタスの匂いを嗅ぐ。

 馬がこっちを見た。


(もしかして食べて良いのか聞いてるのか?)


「お前にとって毒でないなら少しぐらい構わない。ただ、食べ過ぎるなよ。大事な花だからな」


 そう言うと、馬はのんびりとテリタスをみ始めた。

 つくづく肝の据わった奴である。


(今度、馬小屋でも作ってやらないとな)


 苦笑しつつ、荷物を背負う。

 一度では運びきれないので、何度か往復した。他の魔王四天王なら「こんなの部下のすることだ」と言いそうだが、俺は不思議と悪い気はしなかった。

 最後に小川から水を汲み、馬に簡易の防護魔法をかけてから、城に戻った。


 荷物の整理を終え、俺はティエラの部屋を訪れる。


「戻ったぞ。ティエラの様子はどうだ?」

「あ、おかえりなさい。ヴェルグさん。おかげさまでだいぶ良くなりました。ご心配をおかけしてすみません」


 ティエラは相変わらずベッドで横になっていたが、顔色はかなり改善されていた。

 側で椅子に座っていたフィアが言う。


「おかえりなさいませ、ヴェルグ様。遅かったですね」

「少々厄介ごとがあってな」


 肩をすくめる。ティエラが「え……? めちゃくちゃ早く戻られたと思うのですが……」と呟いた。

「後で話す」と応じると、俺は踵を返す。


「その様子だと、まだ腹は減ってるみたいだな。待ってろ。今し方確保してきた材料で、何か温かいものを作ってやる」

「ヴェ、ヴェルグさん。料理が得意なんですか!?」

「何だその驚きようは」


 目を丸くするティエラを横目で見る。

「す、すみません。ちょっと意外で」と気恥ずかしそうにティエラは毛布を被った。

 俺は肩をすくめてから、ティエラの部屋を出る。


 向かう先は厨房だ。

 この城に部下が激減してから、ほとんど使われなくなっていた場所である。

 棚にしまわれていた三角巾とエプロンを装備。布で口元も覆う。


「さて、と。まずは掃除だな」


 腕まくりをして鼻歌交じりに掃除を開始。

 天井から床まで、隅から隅まで掃き清める。たまった埃は風魔法でまとめて外へ投げ捨てた。調理器材もしっかり綺麗にする。

 やろうやろうと思って後回しになっていた作業だ。きっちり片付くと気分が良い。


 ……そういえば、前にここを掃除したいと俺が言ったとき、「あなた本当に魔族ですか?」と部下に呆れられたことがある。

 何故呆れられたのかいまだに理解できん。いいだろ、綺麗になったら。


 ひととおり掃除が終わり、厨房が使える状態になった。

 掃除で汚れたエプロン等を別のものに替えて、調理台の前に立つ。そこにはあらかじめ運んでおいた食材などが並んでいた。

 多くは城で保管していたものだが、アロガーン姉妹が荷台に詰め込んでいたものも含まれている。


「この材料なら……うむ。これにしよう」


 過去の経験を思い出しながら調理開始。


 まず鍋にワインを少量注ぐ。魔法で火をかけ、軽く沸騰。

 次に細かく刻んだ干し魚とレンズ豆を投入した。包丁代わりに出力コントロールした風魔法を使えば早いのだ。


 オート麦とドライフルーツも加え、軽く混ぜながら煮込んでいく。豆が柔らかくなるまでじっくりだ。


 時折鍋をかき混ぜながら、もう一品作る。


 余ったレンズ豆を別の鍋にかけてさっと下茹で。

 砕いたナッツとハーブとともに蒸籠せいろへ入れて蒸していく。ナッツもハーブも、荷車から回収したものだ。城で保存していた食料にはない小綺麗な容器に入っていたので、たぶん値が張るのだろう。


 間もなく、良い香りが厨房内に満ちてきた。

 人間ならば腹の音が鳴るところだろうか。俺たち魔族にとっても、工夫をこらした料理の匂いは心地よいものだ。自然と鼻歌が漏れる。

 そういえば、俺に料理を教えてくれた人間も、調理中は機嫌良さそうに歌っていた。俺の鼻歌はこれを真似たものだ。


 使い終わった調理器具を洗って片しているうちに、いい時間になってくる。


 鍋を確認。スープにとろみがでてきた。仕上げにジャムを数滴垂らして、味を調える。


 ふんわりと湯気が立つ中、俺は満足して頷いた。


「よし、完成」

「うわぁ……! 良い匂い!」


 そのとき、廊下から声がした。間を開けず制服姿のティエラと、いつもの格好のフィアが現れる。

 先ほど、炎竜に彼女らを呼びに行かせたのだ。ちょうどよいタイミングだ。


 厨房内のテーブルにティエラを座らせる。深皿にスープをよそう。蒸籠の中身は木製プレートの上に載せた。


「ほら。オート麦とレンズ豆のスープと、ナッツとレンズ豆のハーブ蒸しだ」

「おおおお……!」


 ティエラが変な声を出す。その瞳がキラキラと輝いていた。

 ふと俺を見るティエラ。「ほ、本当に頂いていいんですか?」と恐る恐る聞いてくる。

 その仕草が、少し前の馬の表情と重なって、俺は小さく吹き出した。


「いい。たんと食え」

「で、では。いただきます!」


 スプーンでスープをすくう。ふー、ふー、と息を吹きかけて、またチラッと俺を見て、それから口に運んだ。


「~~~~ッ!!」


 口の中で何やら声を渋滞させるティエラ。


「どうだ?」

「美味しいです! すごくすごい美味しいです!!」

「そうか。すごくすごいか」

「はい! すごくすごいです」

「俺には味覚はあるが、人間の好みがよく理解できておらん。できればどこがどうよかったのか、詳しく教えてもらえると参考になったのだが」

「う……。す、すいません。語彙力が雑魚雑魚で……」


 目をそらしたティエラは、話題を逸らすように言った。


「それにしても、ヴェルグさんもお料理ができたんですね。魔王四天王邪紅竜だから、もっとこう、王様みたいに配下の皆さんに任せっきりだと思っていました」

「悪かったな。配下もいないすっからかんの城で」

「あああ……そんなつもりはなかったんですぅ」


 これ以上喋っても墓穴を掘るだけだと思ったのか、ティエラは大人しく食事に集中し始めた。


 俺はちらりと隣を見た。さっきから俺の右腕フィアが黙りこくっている。このパターンは――。


「……むぅ」


 案の定、拗ねていた。


「ヴェルグ様の手料理……。ティエラばかり羨ましい」

「そう言うだろうと思って、お前の分も作ってある。ほら、さっさと席に着け」

「え?」


 きょとんとするフィアの前に、俺はスープ皿と木製プレートを並べた。ティエラよりも少し多めによそった豆料理が、柔らかな湯気を立てている。


 しばらく湯気を顔に浴びていたフィアは、やおら口元を緩めた。ティエラの隣に座ると、静かにスープを飲む。次いで蒸し料理を一口。さらにもう一口。


 怜悧な表情を俺に向けて、フィアは言った。


「最っっっっっっっっっっ高です」

「表情と台詞が合ってないんだよ」

「さすがヴェルグ様。さすがヴェルグ様です。……むぐむぐ」

「やれやれ。ありがとな」


 苦笑しながら礼を言う俺。するとティエラもくすくすと忍び笑いを漏らしていた。


 ふたりの皿が3分の2ほど空になったときである。ふとティエラが尋ねた。


「ヴェルグさんは、料理をどこで覚えたのですか? フィアお姉様は街に出ていたからわかるのですが……」

「人質に習ったんだ」

「え!?」

「150年くらい前にな。攻めてきた人間たちの軍団を返り討ちにしたときに、向こうが停戦のために人質を差し出してきたんだよ」

「ええっ!?」

「名前は敢えて聞かなかった。ただ、人間たちはそいつのことを聖女様と呼んでいたな」

「うえええっ!!?」


 驚くティエラ。大仰だなと思いつつ、当時を語る。

 最初こそ悲壮な覚悟を見せていたその聖女も、俺が危害を加えるつもりがないとわかると、なんやかやと世話を焼き始めた。

 料理はそのときに教えてもらったのだ。


「聖女を食わさなきゃいけなかったからな。勇者として相応しい働きをした者に、不名誉な死に方などさせられん」

「150年前……。当時からヴェルグさんは優しかったんですね」

「聖女にもそう言われたよ。『あなたは見た目によらずお優しい』とな。ま、当時の俺は気にも留めなかったが」

「やっぱりお優しい」


 ティエラが目を細めて、俺を見上げる。俺は肩をすくめた。

 隣ではフィアが猛烈な勢いで豆をかきこんでいた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?