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第38話 ティエラから見た完璧お姉様


 木造の部屋に、沈黙が降りる。

 ティエラとフィアが俺を見つめてきた。

 彼女たちをちらりと見遣ってから、俺はガルトーに向き直る。


「ガルトー、顔を上げろ」


 ワンテンポ置いて従ったガルトー。俺は告げた。


「お前の願い、聞き届けた。青年の身はこの邪紅竜ヴェルグが預かろう。安心するがいい」

「……本当か?」

「二言はない。なんだガルトー。疑うのか?」

「……そんなことは」


 ガルトーは大きく息を吐いた。それからじっと俺の顔を見つめてくるので、俺は首を傾げた。


「何だ?」

「……いや。閣下は少し変わられたかと。穏やかになった」

「穏やか、か。なるほど。そうかもしれんな」


 口元に笑みを浮かべて答える俺。


 それから、この謎の青年を連れ出すための準備を行う。

 フィアが治療を続ける一方で、俺とティエラで青年の持ち物を調べた。彼の身元や、この怪我の原因が何か分かるかも知れないと思ったためだ。ガルトーには、青年を乗せる荷台や物資を用意してもらっている。


「あ! ヴェルグさん、これ!」


 ティエラが声を上げる。

 彼女が探っていたのは、鎧にくくりつけられていた小さな荷物袋だ。

 その中から、折りたたまれた紙を見つけたのである。

 触っただけでわかる上質紙。俺は中を開いた。


 ティエラが横から覗き込み、困ったように眉間に皺を寄せた。


「辞令?」

「どうやら、この男の配属先に関する書類のようだな。『ブエル・ライダン、聖風騎士団第二大隊、特別潜入部隊への配属を命じる』か」

「ブエルさんっていうんですね。名前がわかってよかったです!」


 無邪気に喜ぶティエラの横で、俺は顎を撫でて『辞令』を睨む。

 騎士団の決まり事など俺は知らない。だからこれが正式な書類なのか判断のしようがない。

 だが、どうにも簡易に過ぎると思った。


 俺が難しい顔をしているので、ティエラが再び書類を覗き込んでくる。すると、その目が何かを見つけて細められた。


「あれ? この最後のサイン……『リエーレ・アミシオン』……?」

「この書きぶりを見ると、第二大隊を統べる司令官のようだな。どうしたティエラ。何が気になる?」

「あ、いえ。私も騎士団の皆さんの決まり事はまったく知らないので、見当違いかもしれないんですが……」


 そう前置きしてから、ティエラは遠慮がちに言う。


「その、リエーレ様のサインが、本当にリエーレ様のものなのかな、と。よく似てるんですけど、ちょっと違うというか」

「なに? ティエラ、お前はリエーレとやらのサインを見たことがあるのか」

「はい。実は、リエーレ様はサフィール叔母さまの教え子でいらっしゃって。特にリエーレ様の方が叔母さまを慕っていたので、私もあの方によく気にかけて頂いたんです」


 サインもそのときに、と彼女は言った。


「で、でもわかりませんよ? そういう風習が騎士団の中にあるかもしれませんから」などと、自信のないティエラは予防線を張るが――おそらく彼女の懸念は当たっているだろう。これは俺の勘だ。


 なるほどな。

 致命傷を負いながらも生き延びた若い騎士。

 辞令の微妙な違和感。

 紅の大地にずけずけと踏み込んできた聖風騎士団エリート集団


 まさかとは思うが、大暴走スタンピードと関係がある可能性も皆無じゃない。

 情報が必要だ。


「ティエラ。知り合いのお前なら、このリエーレという人間と話をすることはできるか?」

「む、無理ですよ。あの方は聖風騎士団の大隊長さま。一般人で学生の私がおいそれとお会いできる人じゃないですよぉ。――あ、でも」


 そこで思い出したように顎に指を当てるティエラ。


「リエーレ様、近々コンクルーシ魔法学園に慰問に来られると聞きました。だから、紅の大地の近くには来ているはずです。マリーさんとリーナさんも、慰問に来たリエーレ様に聖剣を直接手渡ししたいと言っていましたし……」

「つまり、放っておいても向こうから本人がやってくる可能性があるわけだ。ちなみにティエラよ。リエーレはどんな人間なのだ」

「素敵な女性ですよ。皆の憧れです。騎士のことをよく知らない街の人でも、リエーレ様のことは知っている人は大勢いらっしゃいますから」


 にっこり笑って誇らしげに答えるティエラ。


「清廉潔白、文武両道、圧倒的な美しさとカリスマ。あの若さで大隊を統べるのも納得です! まさに理想のお姉様ですね!」

「ふぅん」


 そう呟いたのは治療中のフィアである。

 俺はすかさず「治療に集中しろ」と言った。フィアは頬を膨らませていた。また拗ねてやがる。


「もちろんフィアお姉様も素敵ですよ?」とティエラが混じりけのない笑みを浮かべて言うと、「ふぅん?」と返事がきた。さっきより機嫌が良さそうだ。子どもか。


「それほど完璧な人間なら【貪欲鑑定】の出番はなさそうだな」

「はい! リエーレ様が味方になってくれたら、これほど心強いことはありません!」


【貪欲鑑定】の効果をいまいち理解していないティエラが声を弾ませる。


「それにヴェルグさんなら、リエーレ様の良き理解者になれると思うんです!」

「待て。理解者とはどういうことだ? お前の話なら、リエーレは他人の助けなど不要な超人なのだろう?」

「あ、話してなかったですね」


 ティエラは言った。


「前にサフィール叔母さまから聞いたんです。リエーレ様はああ見えて色々抱え込む人だから、頼りになる支えが必要だって」

「ほう」


 それはつまり、完璧超人にも欠点があるということか?――その台詞を、俺は飲み込んだ。



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