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第40話 ブエルの目覚め


 ブエルを抱えて家の外に出ると、すでにガルトーが荷車の準備を整えていた。

 アムに繋がれた頑丈そうな荷車には物資が詰まれている。中央部分にはブエルを寝かせるための簡易な寝床が作られていた。

 よくひとりでと思ってが、荷車の周辺に漂う精霊たちに手伝わせたのだろう。便利なものである。ガルトーがこの洞窟で暮らしていける大きな要因だ。


 ブエルを荷車にそっと寝かせると、ガルトーが言った。


「……閣下。事前に手紙で伺っていた領地再建のための資材、自分に任せて欲しい」

「元より頼りにしている。……ん? 荷台に積んであるのは、鉱石か?」

「……この住処の奥に鉱床がある。ようやく採取の目処が立った。今後、採取した鉱石は閣下に献上する。役立てて欲しい」

「うむ。感謝する」

「……ただ、魔法石はなかなか見つかっていない。聖剣を磨くのに必要だと聞いたが、まだ数が足りない。もう少し、時間が欲しい」


 ガルトーは心なしか俯いた。ブエルを引き取ってもらうのに差し出せるものが少ないと考えたのだろう。

 そこまで思い悩む必要はない――と口にしかけて、俺は顎に手を当てる。


「そういえばガルトー。ここに入る前、近くに封印された洞窟を見つけたぞ」

「……! それは本当か、閣下!?」

「ああ。かなり強固で古い結界が張られていたな。お前なら何かわかるかもしれん。ここからすぐ西の岩場だ」


【貪欲鑑定】で見つけた洞窟の入口を思い出しながら告げる。するとガルトーは、目を輝かせて急ぎ足で洞窟の外へ向かう。普段は冷静な彼のこの様子に、ぽかんとするティエラとフィア。俺は肩をすくめた。


「奴は俺と同じくらい探究心がある。普段、ひとりで生活している分、俺よりも熱意があるやもしれんな」


 アムを促し、荷台を揺らさないようにゆっくりと進む。

 洞窟の外に出ると、すでにガルトーの姿はなかった。

 直後、歓声のような声が聞こえる。【貪欲鑑定】で見つけた、あの洞窟の奥からだ。

 しばらくして、興奮した様子のガルトーが出てきた。


「……閣下! これは素晴らしい! まさかこれほど近くに、このようなところがあったとは!」

「落ち着けガルトー」

「……閣下はいかにしてこの洞窟を見つけられたのか!?」

「【貪欲鑑定】というスキルだ。聖剣の魔力を得て目覚めたもので、『隠されたもの』を貪欲に暴き出す」

「……素晴らしい。素晴らしいぞヴェルグ閣下。これは閣下の野望が叶うのも、そう遠くはない」


 隣でティエラが「ガルトーさん、こんなによく喋る方だったんですね」と目を丸くしている。俺もこんなガルトーを見るのは初めてだ。


「そんなにすごい洞窟なのか、ガルトー?」

「……おそらく古代の聖域の一部かもしれない。我が家の洞窟にも、それらしい鉱物の欠片が採取できた。自宅周辺をあのように整備できたのも、そうした特殊な鉱物が採取できたからだ」


 古代の聖域とやらの入口を振り返り、ガルトーは言った。


「……聖域であれば、ここに大量の魔鉱石があってもおかしくない。何かわかればすぐに精霊を飛ばして報せよう」

「期待して待っていよう」

「……このくらいで恩返しができるのなら、安いもの。ヴェルグ閣下。その青年のこと、よろしく頼む」

「ああ。任せておけ」


 俺が頷くと、ガルトーは小さく敬礼してから洞窟の中に入っていった。


 それから俺たちは紅竜城へ向けて出発した。

 行きと違い馬上には俺ひとりがまたがり、荷台にはフィアとティエラが乗る。ふたりはブエルの介抱を続けていた。

 忠義者で頭の回るアムは、荷台の人間たちが苦痛に感じないよう、静かに、かつ素早く歩みを進める。ティエラの土属性魔法が効いていた。


 この状況だ。警戒は怠らない。


 だが予想に反して大きなトラブルもなく、アムは進んでいく。例の大暴走スタンピードや聖風騎士団のことを考えると、順調すぎる道程と言えた。

 返って不気味ですらある。

 こちらは怪我人を抱えている側。正直、この幸運には感謝している。


 荷台の車輪が窪地を踏んだ。ガタンと大きな音を立て、荷台が揺れる。ティエラが短く悲鳴を上げた。

 そのときだ。


「う……」

「あっ!? ヴェルグさん、ブエルさんが気がつきましたよ!」


 ティエラの声とともに、騎士の青年がゆっくりと目を開ける。曇天で陰る陽光でも眩しいのか、ブエルは目の前に手をかざした。それから戸惑ったように左右を見る。


「ここは」

「荷馬車の上ですよ。お加減はいかがですか、ブエルさん」

「……!? どうして僕の名前を。君はいったい」


 ティエラの呼びかけに、ブエルはさらに困惑した。状況が理解できないのか、額を抑えて考え込む。すると傷の痛みがぶり返してきたのか、彼は小さく呻いた。


「僕は、生きているのか?」

「ええ。我々も不思議なくらい。頑丈ですね、あなた。もっとも、それがあなた本来の生命力なのかは疑問ですが」


 フィアが含みを持たせて言う。するとブエルはさらに頭を抱えた。


「……わからない。何が何だか」


 俺は馬上からブエルを振り返った。【貪欲鑑定】で見た光景のとおりであれば、ブエルは味方の手酷い裏切りに遭ったはずだ。思い出せないのなら、その方が幸せかもしれない。


 だが、基本的にお人好しなティエラは、青年の混乱を不憫に思ったらしい。状況を親切に説明しようと試みていた。


「ここは紅の大地です。ブエルさん、あなたはひどい怪我を負って、倒れていたんですよ」

「……倒れて……?」

「はい。これからお城に――紅竜城に戻るところです。そこで治療の続きをしましょうね」

「紅の大地……紅竜城……!?」


 まだどこか幼さの残るブエルの表情が、さっと険しくなった。がばりと上半身を起こし、鋭く叫ぶ。


「紅竜城は魔王四天王のひとり、邪紅竜の居城! すると、お前たちは魔族かッ――ッ!?」


 痛みでうずくまるブエル。

 騎士として心構えは立派だが、無茶はするもんじゃない。


 するとティエラが、慌ててブエルの背中を撫でて介抱した。

「急に動いちゃダメです。まだ傷が完全に癒えてはいないんですから」

「う……」


 心配げなティエラの顔が、ブエルの鼻先まで近づく。

 途端、青年騎士は大いに狼狽えた。頬や耳の先が赤くなっていく。


 これはあれか。

 照れているということか。

 ふむ。可愛い奴め。実に興味深い。


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