俺が朗らかな気持ちで目を細めてると、ふとブエルと目が合った。
「お前たちは、本当に紅竜城の魔族なのか?」
「俺はそうだが、なぜ疑う?」
「いや、だって……こんな、僕を助けるような真似をするなんて、信じられない」
「もっともな意見だ、青年。人間はやはりそう考えるのが普通であろう。ティエラと初めて会ったときを思い出す」
「ティエラ……?」
「隣でお前を解放してくれた少女のことだ。ああ、安心しろ。彼女は人間だ」
「え? 人間? ……は!?」
ブエルが目を丸くしてティエラを見る。土属性使いの少女は笑顔で頷いた。その屈託のなさに、青年騎士は余計に混乱したようだ。
俺は肩をすくめて事情を説明した。
「我が友人から頼まれてな。傷ついた人間を拾ったが、自分では守り切れないので預かって欲しい、と」
「傷ついた人間……あれ? 僕はどうして……?」
「何だ、覚えていないのか。お前は襲撃されたのだぞ。同じ聖風騎士団の騎士に。人間は普通、裏切りを根に持つのではなかったか?」
「ヴェルグさん!」
ティエラが眉をひそめて口を挟む。ブエルは言葉を失い、口を半開きにしている。彼らがなぜそんな表情になるのかよく理解できず、俺は首を傾げた。
「どうしたティエラ。何を怒っている?」
「ブエルさんは酷い怪我から目覚めたばかりなんです。そんな、気持ちが暗くなるようなことを言ったら、治るものも治りません。病は気から、なんですよ!?」
「この者の場合は病ではなく怪我だと思うが……まあいい。ブエルよ、気に障るのならこれ以上の言及はやめておこう。だが、よいのか? それで」
「え……?」
ブエルが俺を見上げる。
俺は諭すように言った。
「お前はこれから身の振り方を己で決めねばなるまい。状況が理解できないまま、ただ周りに流されるのが誇りある騎士の在り方なのか? 俺の知る優秀な騎士たちは、少なくとも己の境遇を見て見ぬふりはしなかったぞ。それがどんな不幸なものであってもな」
「……。わかった」
ブエルは痛みで顔をしかめながら、居住まいを正した。俺を真っ直ぐ見る。
俺は口の片端を引き上げた。
気弱そうな見た目に反し、それなりに気骨のある男らしい。ガルトーの遠戚なのもあながち間違いではないのかもしれない。
俺は表情を引き締め、ブエルに語った。【貪欲鑑定】で目撃し、ここに至るまでの真実。
――瀕死の重傷は、聖風騎士団の騎士に後ろから切りつけられたものであること。
――ブエルの中に、得体の知れない強力な魔族による魔力干渉が存在すること。
――ガルトーに保護されなければ、そのまま紅の大地でたったひとり確実に野垂れ死んでいたこと。
「思い、出した……どうして、僕を……グレフ副隊長……」
ブエルはうちひしがれていた。手と肩を震わせ、俯いている。ティエラが心配そうに背中をさすった。
今のブエルのような表情は、俺も見たことがある。
過去、俺に挑んだ勇者たちの中には、仲間を囮にして――有り体に言えば捨て駒にして――逃げおおせた者も、数は少ないが存在する。
ガルトーは見捨てられた者のひとりだ。
裏切りを悟った瞬間のガルトーは、ブエルのこの顔によく似ていた。
今のブエルの表情ならば、俺も理解できる。
だが、このまま重要な決断を先送りするのは良くないと感じた。
ゆえに、問う。
「ブエル。選べ。お前がこの先、どうするかを」
「えら、ぶ?」
「いかにも我らは紅竜城に居を構える者だ。お前たち聖風騎士団にとっては不倶戴天の敵であろう。せっかく助かった命をなげうってでも騎士の本懐を果たしたいというなら、俺は止めん。正面から相手になろう」
言うと同時に魔力を溢れさせる。俺に呼応して、フィアも体内の魔力を高める。
ブエルとティエラは狼狽え、息を呑んでいた。
俺は続ける。
「このまま騎士団に戻るというのなら、それでも構わない。さすがにお前たちの拠点までとはいかんが、近くまでなら送ってやろう。だが、先も言ったように、今のお前は常の人間にはない『何か』を体内に宿している。騎士団に戻っても、以前のような扱いはされないだろう」
「魔族に、なってしまうのか……僕は……」
「わからん。お前に影響を与える存在が人間なのか、神なのか、魔族なのか、はたまたまったく別の何かなのか。俺にははかれなかった。ただ、その存在がなければおそらく、お前はこれほど早く目覚めることも起き上がることもなかっただろう。自身の身体に爆弾を抱えているのを承知で、裏切り者のいる隊に戻って騎士を続けたいのなら、それも止めない」
そこで俺は魔力の放出を抑えた。プレッシャーが弱まったことで大きく息を吐くブエルを、小さく微笑んで見つめる。
「あるいはもうひとつ。このまま我らと共に来るというのも、否定しない。むしろ歓迎しよう。お前は、我が友人が自らの信念を曲げてでも助けようとした男だからな。できれば、この3つめの選択肢を選んでくれた方が俺も気が楽なのだが」
さあ、どうする?――とブエルに迫る俺。
青年騎士は額から汗を滲ませながら必死に考えているようだった。
強い葛藤があるのだろう。こういうのを真面目な男と言うのかもしれない。
すると、不意にティエラがブエルの手を取った。
真摯な口調と視線で、彼を説得する。
「私たちとともに行きましょう、ブエルさん。ヴェルグさんは私たちの敵じゃありません。信じて下さい。私は落ちこぼれの人間ですが、ヴェルグさんたちに助けられて、こうして元気に充実して暮らしています!」
「……」
「ブエルさんを襲った人がいる場所に戻るなんて、危険すぎます。私たちと一緒に行きましょう。ね?」
「……わかった。君を信じるよ」
ぽつりと答えるブエル。ティエラは花が咲いたような笑みを浮かべた。その屈託のない表情の輝きに当てられて、またブエルが赤くなる。
俺は苦笑した。
結局、ティエラの説得が一番効果があったわけか。
まあ、それもよかろう。
……さて。
「ヴェルグ様を差し置くとは何と不敬な――痛!?」
「お前はいい加減落ち着け」
魔力をメラメラと燃やし続ける
アムが「それみたことか」と愉快そうに