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第44話 紅竜城に眠る意外な宝


 結局、フィアとブエル自身の申し出で、部屋は別のところになった。といっても、ティエラと同じフロアなのは変わらないのだが。


「ティエラに不埒な真似をしたら、わかっていますね?」

「は、はい。もちろん。騎士の名にかけて。レディ・フィア」


 フィアが強い剣幕で――実際に魔力を溢れさせながら脅したものだから、ブエルもタジタジである。可哀想に。フィアは自分がサキュバスであることをすっかり忘れているんじゃないか? どこの世界に貞淑を重んじるサキュバスがいる?


「フィアよ。お前、淑女の教育係になったらどうだ」

「もちろん、人間たちが増えてきたら謹んでお受け致します。ヴェルグ様」

「皮肉だったんだけどな」


 まあやる気になるのは悪いことではない。

 俺自身、放蕩には興味がないしな。


 ――ブエルを部屋に案内したあと、彼が持っていた鎧や剣を運び込む。自らの血で汚れ、襲撃で傷ついたそれを、ブエルは真剣な顔つきで飾っていた。

「自分の身に起きたことを忘れないため」とブエルは言っていた。


 それから、荷馬車の積み荷をブエルとともに運び込む。

 鉱物の入った、そこそこ重量のある小樽を、顔を赤くしながら運ぶブエル。


「ふぅ。あ痛たたた……」

「無理をするなブエル。死にかけから目覚めたばかりだ。傷が開くぞ」

「いえ、陛下。僕は大丈夫です。自分でもびっくりするぐらい動けるので」

「そうか。だが、不調のときはそう申告するように。動けなくなってからでは面倒だからな。フィアも治療にいい顔をしないだろう」

「……レディ・フィアの場合、そもそも僕に治癒魔法をかけてくれるかどうか怪しいのですが」

「ふむ。それもそうか。なら、ほどほどに気張れ」

「は、はい。……本当に陛下と話していると調子が狂うなあ」


 そんなことを呟きながら、ブエルが俺の後ろに続く。

 荷を抱え、城にいくつかある資材庫のひとつにたどり着いた。俺は扉にかけていた結界を解除する。ずいぶん昔に封じたきりだったので、結界も扉もギシギシと悲鳴を上げていた。


「そこに置いておけ。さしあたりすぐには使うまい」

「わかりまし……た……?」


 資材庫に入ってすぐ、ブエルの口調が尻すぼみになる。怪訝に思って振り返ると、彼はぽかんと立ち尽くしていた。

 視線は部屋の隅へ雑多に積まれた資材に向けられている。


「どうしたブエル。何か変なものでも見つけたか?」

「変なもの、というかっ……! あ、あれはヤクト樹ではないですか、陛下!?」


 そう言ってブエルが震える手で指差したのは、山と積まれた丸太。ぱっと見は普通の木材だが、よく観察すると樹皮のところどころに翡翠に輝く薄いラインが走っている。

 俺は首を傾げた。


「名前など知らん。昔から我が城で保管しているものだが、そんなに珍しいのか?」

「珍しいなんてものじゃないですよ! ヤクト樹は年に数本出回るかどうかの超希少な木材。それ自体に魔力が宿っていて、頑丈。特殊な加工技術で作られたヤクト製の杖は、それ一本で城が買えるとか! さらに市場価格でも、細い枝一本に通常の木材の20倍から50倍の値が付くとか!!」

「お、おう。それは凄いな」


 ブエルの剣幕に一歩後ずさる俺。

 こうしていると、やはり騎士というより職人の方が似合う。


 重い荷物を運んでいたときとは別の意味で顔を紅潮させ、ヤクト樹とやらの表面を触っていたブエル。

 ふと視線を巡らせ、さらに目を輝かせた。


「こ、この工具箱に入っている道具は……!」

「ああ。いつだったかな、全滅した勇者パーティが残したものだ。ドワーフ族が持っていたものだから、それなりにモノはいいだろうと思って保管している」

「ぜ、全滅。い、いやしかし。このフォルム、刃の美しさ、時間が経ってもまったく錆びないさま。間違いなく伝説級の逸品! はぁ……ここは宝の山ですか」


 うっとりとため息をつくブエル。何となく、花壇を前にしたときのティエラと似ている。

 お前、やっぱり騎士に向いてないだろ。


 そこでふと思い立つ。

 涎を垂らしそうな顔をしながら資材をガン見しているブエルの背中に、声をかける。


「ちょうどいい。ブエル、この木材を使って小屋を建ててくれ。アム用のな」

「……」

「ブエル?」

「ヴェルグ陛下。いま、なんと?」

「いやだから。ここにある木材を使って小屋を建ててくれと」


 ブエル、顔を手で覆って天井を仰ぐ。どうした。


「こ、この宝の山を使って、僕が!? いいんですか!? 僕で!? 僕が!? これを使って!? いいんですかっ!?」

「構わん。というか、そんな顔をされると俺が悪いことを頼んでいるように思える。やめろ」


 俺が目を細めながら言うと、ブエルはハッと我に返った。


「す、すみません。一生に一度、目に出来るかという光景だったので、つい興奮して」

「お前がそれほど騒ぐというなら、相応によいものなのだろう。構わん、好きなだけ使え」

「こ、この宝の山を使って――」

「いいから使え。二度は言わない」

「すみません」


 恐縮するブエルに俺は肩をすくめた。

 そわそわと落ち着かない様子の青年騎士の肩を、軽く叩いた。


「期待しているぞ。我が領地が人々にとって住みやすい場所になるための、重要な一歩だからな」

「人々にとって住みやすい場所? 陛下がこの紅の大地を、そのようなところにしたいと考えているのですか?」

「俺の野望だ。この地を、かつて聖地だった頃のように偉大な国へと再建するのだ」

「……陛下は、何というかその……魔王四天王らしくないですね。本当に」

「自覚はしている。何しろ、今の魔王とは金輪際関わりたくないからな。俺が崇敬するのは先代魔王陛下だけだ」

「魔族にも、色々あるんですね」


 そう呟いたブエルはフッと肩の力を抜いた。


「わかりました。不肖ブエル、この国のために微力ながら努力致します」

「頼む。きっとティエラも喜ぶだろう」

「そ、そこでティエラちゃんの名前を出すのはずるいですよ陛下!」


 途端に赤くなって抗議するブエルに、俺はカラカラと気持ちよく笑って応えた。


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