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第45話 馬小屋を作ろう


 それからブエルは馬小屋の建設に取りかかった。


 作業内容に純粋な興味があったので、俺も「必要があれば力を貸す」と言った。

 話を聞いたティエラも喜々として手伝いを申し出る。フィアだけが「お手並み拝見」と上から目線だった。まあ、この世話好きなサキュバスのことだから、最後まで他人事でいられるかは疑問である。


 まず、ブエルは建設場所の選定を始めた。


「水場が近くて、できるだけ平らな土地……うーん。花畑以外の場所は、やっぱり岩が多くて安定しないな。掘り返して均せればいいんだけど」

「掘り返して均せばいいんですか? やってみます」

「え? いや、そんな簡単に」


 ブエルが制止する間もなく、ティエラは魔力を放出。すっかり自信を取り戻した彼女の土属性魔法は、まだ未開拓だった一画をあっさりと掘り返した。


 地中に埋まっていた岩がごろごろと掘り出される様を見て、ブエルがポカンとする。

 まあ、このテリタスの花畑を作った最大の功労者だからな。この程度の作業は造作もないだろう。


「どうですか? ブエルさん」

「あ……うん。いいんじゃないかな。ありがとうティエラちゃん」


 引き攣った笑みを浮かべたブエルが、ふと俺を振り返る。


「陛下。これもう全部任せた方がよいのでは」

「負けるなブエル」

「ですよね……よーし、やるぞ!」


 無理矢理気合いを入れ直したブエル。

 馬小屋を建てるための土台ができあがると、今度は柱を建てる作業に移る。


 紅竜城の倉庫に積まれていた木材を、適当な本数運び出していく。これはさすがにブエルひとりでは手に余るので、俺やフィアも手伝った。

 ひょいひょいと木材を運ぶ俺たちを見て、人間のブエルとティエラは目を丸くしていた。彼らの視線を感じながら、俺はフィアに言う。


「張り切りすぎではないか?」

「そうでしょうか? 嫌々ですよ。嫌々」


 口ではそう言いつつ、足取り軽く倉庫から出ていく右腕サキュバス。彼女は細腕だが、非力ではない。風魔法も駆使して、丸太を何本もまとめて運んでいた。ブエルからおずおずと「そこまではいらないです……」と言われ、憮然としていた。少々調子に乗っていたと思われる。


 必要な本数を運び出した後は、柱や梁にしやすいように加工する作業だ。ここはブエルの腕の見せ所である。


 ブエルは一本目の丸太を前にして、ごくりと唾を飲み込んでいた。


「こんな状態のいいヤクト樹を加工できるなんて。本当にいいのかな。僕なんかが、こんな希少な材木に手を加えても……しかも馬小屋用なんて」

「まだ言っているのか。ほれ、手が震えているぞ。貸してやったノミは扱いにくいか?」

「逆ですよ! まるでオーダーメイドみたいに手に馴染みます。だからこそ震えるんですってば。道具に自分が見合ってないというか。ノミから『お前はこの程度か』って叱られてるみたいというか」

「ほう。それは面白い。他にどんなセリフを吐くのか、後で教えてくれないか」

「もののたとえです」

「なんだつまらん。喋るノミなど絶好の研究対象だと思ったのに」


 俺が心から言うと、ブエルは信じられないものを見たという顔をした。その視線がティエラに向き、「この方はいつもこうなのか?」と目で尋ねる。ティエラは笑って頷いていた。


 一方、フィアは余計なプレッシャーをかける。


「ブエル。その木材も道具も、ヴェルグ様から賜った貴重な品。失敗は許されません。心して作業なさい」


 ブエルが青くなった。俺はため息をついてフォローする。


「心配するな。いざとなればまた採りに行けばいい。城の地下空間には、同じ種類の樹が膨大に生えているはずだ」

「え?」

「え?」


 なぜかブエルだけでなくフィアまでこちらを振り返った。


「ヴェルグ様? そのような話、私も初耳なのですが」

「そうか? 言ってなかったかな。紅竜城の地下には巨大な空間が広がっている。そこには手つかずの原生林が広がっているのだ」

「この城の地下に、そのような秘密が!?」


 フィアは目を見開き、ブエルは興奮で頬を紅潮させる。ついでにティエラも目を輝かせていた。

 ふと、ブエルが尋ねる。


「そのような資源があるのなら、どうして紅の大地を一から開拓しようとお考えになったのですか、陛下」

「まあ、危険だからだな。先代魔王陛下も好んでは入りたがらなかった。俺も気を抜けば帰還できなくなるかもしれん」

「ま、魔王でも立ち入らない場所……!」

「そういうわけだから、今は入口を封印してある。ま、いつか探索してみたいと考えているが、相応の準備をしないと迂闊には入れん」


 久しぶりに地下空間のことを思い出し、探究心が刺激された俺。

 一方、右腕サキュバスや人間たちは愕然とした表情のままだった。

 ティエラが戦々恐々と呟く。


「ヴェルグさんでも入るのを躊躇うなんて、いったいどれほど危険なのでしょう」

「危険だから躊躇ったのではない。先代魔王陛下すら完全踏破されていない未知のダンジョンに入ってしまえば、攻略に夢中になって出てこられなくなると思って自重しているだけだ」

「あー」


 一転して納得顔になるティエラとフィア。

 そんな女性陣を驚愕の顔で見るブエル。


 なぜだ。今、とても失礼な態度を取られた気がする。


 そんな俺の疑問などおかまいなしに、作業は進んでいく。


 加工した木材の中から柱を選び、地中に打ち込んでいく。このときもティエラの土属性魔法が役に立った。柱を打ち込み終わるまで固定して支えるのだ。

 カコン、カコンと柱を打ち込む音が谺する。悪くない響きだ。


 一本目の柱を打ち込み終えて、ブエルが額の汗を拭う。


「ふう。まずは一本」

「すごいすごい! バッチリですよ、ブエルさん!」

「え? そ、そうかな」

「はい! あ、でも何か気になることがありましたか? 時々、こちらをちらちらと見ているようですが」

「え!? いや、そんなことはないよ。ティエラちゃんの土属性魔法のおかげで大助かりさ」

「よかったです」

「よ、よーし。次も張り切っていくぞ!」

「この調子だと、今日中には出来上がりそうですね!」

「え、今日中? い、いや大丈夫。余裕でこなしてみせるよ。ははは」

「頑張って下さい! 応援してます!」

「よーし! やるぞぉー!」


 協力して作業を進める若者2人を、俺は興味深く観察していた。


「なあフィアよ。俺には何やら、ブエルがティエラに良いように操られているように見えるのだが。気のせいだろうか」

「少なくとも、ティエラは無意識でしょうね」


 ふん、と鼻を鳴らしながらフィアが答えた。


「ティエラを気にするあまり、背伸びして格好をつけているのです。あの男は。まったく見苦しいったらない。余裕がない男は捨てられるというのに」

「で、そんなブエルをティエラは無意識に煽って、さらなるドツボに嵌めているのか」

「まさしくサキュバスとして理想的な振る舞いです。さすが我が妹」

「あいつ人間だよな?」

「私をお姉様と呼びました。だから妹です。妹ったら妹です」

「よくわからんが、人間の姉は妹を取られたらこんな風にだだをこねるものなのか」

「ヴェルグ様?」


 俺の二の腕を指先でつまみながら頬を膨らませるフィア。痛い。やめろ。



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