それからもブエルは作業を続けた。
立ち上げた柱に梁を組み上げ、壁や屋根に板状に加工した木材をはめ込んでいく。
ちなみに、この作業は俺やフィアも手伝った。
一本の木材から複数の板材を切り出すため、俺が風属性魔法で木材を切る。それらが建材として使えるレベルに曲がりや歪みがないかどうかは、フィアが鑑定スキルで確かめた。
ティエラの土属性魔法は、ブエルの負担を軽減するのに大活躍だ。
「もうこれ、ひとつの工房では……?」
「何か言ったか、ブエル」
「いえ、何でも」
「あともうちょっとですね!」
「何だろう。僕は騎士のはずなのに、今の方が充実している気がする……」
まあ、人間には得手不得手があるらしいからな。向いているなら、それでいいだろう。
そうこうしているうちに、だいぶ馬小屋の形ができてきた。簡素ながら、雨風をしのぐには十分な作りになっている。
もともと、ヤクト樹には魔力が込められているから、ちょっとやそっとで朽ち果てることはないだろう。
ひととおり小屋の建設が終わると、ブエルは木製の水桶を作り始めた。鼻歌まで口ずさんで、すっかり乗り気である。
そんなブエルに、アムが近づいていった。
座って作業する青年騎士――今は職人か――の肩に、後ろから鼻先を乗せてくる。苦笑したブエルがアムの鼻筋を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
「アムちゃん。ダメですよ、ブエルさんの邪魔しちゃ……」
「ブルル」
「きゃう!?」
窘めようとしたところをアムに威嚇され、泣きながら引き下がるティエラ。そんな妹分を「よしよし」しながらフィアがぼやく。
「やはりこの牝馬、男に甘いのでしょうか」
「そういうわけじゃないと思うけど」
遠慮がちにブエルが言った。
「ほら、騎士団の軍馬は特別な訓練と調教を受けているから。一般人――というか、騎士以外には容易に懐かないようになっているんですよ」
「そうかしら?」
「危険な任務にも共に向かう相棒ですからね。騎士と強い絆で結ばれているのが常なんです。その中でも、アムは特別誇り高く、また優秀な子ですよ。僕はそう思います」
ブエルは聖風騎士団に入る前から、実家の工房で馬の面倒をよく見てきたという。
それだけ、馬の扱いに慣れているのだ。
アムもそれがよく理解できているのだろう。この人間と一緒にいるのは心地が良いと。その判断ができるアムは、やはり優秀な馬なのだと俺も思う。
すると、いまだ不満そうなフィアが言った。
「では、なぜヴェルグ様にも懐いているのですか。ヴェルグ様は騎士ではない。むしろ騎士とは対極の存在ではないですか」
「それは」
ブエルは言い淀んだ。
これ以上青年騎士を困らせても面白くない。俺はアムの名を呼んだ。アムは大人しく従い、俺の側にやってくる。
それを見たブエルが頷く。
「ヴェルグ陛下に懐いているのは、陛下の強さを認めたからでは」
「ほぅ。では私たちを威嚇するのは、私やティエラを格下の弱者と舐めているからだと?」
「あ、いえ。そういうことではなく」
ブエルはちらりと俺を見る。
「単純な強さだけでなく、何というか……存在の大きさを肌で感じたのだはないかと。僕もそうだったし。そう考えると、ヴェルグ陛下には種族を超えたカリスマ性があるのでしょうね」
「ブエルさん。それって何だか勇者様みたいですね」
「いや本当に。何で陛下が魔王四天王をやっているのか、ここのところ本気でわからなくなるよ」
人間2人、うんうんと頷き合う。
種族を超えたカリスマ、か。
もしかしたら、お前の影響なのか? 聖剣ルルスエクサよ。
思わず、笑声が漏れた。
魔王四天王で最も古株だった俺が、最も勇者に近い存在になるとは。
長く生きていると、面白いことが起きる。
だが、悪くない気分だった。
俺の野望――この紅の大地をもう一度偉大な土地として復興させるという目的に照らせば、カリスマ性は使える。人間たちと手を取り合いやすくなる。
もしかしたら、今の俺が目指している姿こそ、先代魔王陛下が夢見た世界なのかもしれない。
そうであれば、喜ばしく、誇らしい。
いつか、陛下のお考えを聞けるときが来るだろうか。
「ブエルよ」
「はい?」
「お前の技術と知識はとても役に立った。アムのことは、お前に任せることとする。この邪紅竜ヴェルグの愛馬、大事にしてやってくれ」
「――はい!」
力強く頷くブエル。俺は笑みを返した。
「ところで、せっかくだから聞いておきたい」
「はい?」
「アムの中で、我らの序列はどうなっていると思う?」
「え?」
表情を凍らせるブエル。
彼はアムとティエラを交互に見た。どうやら敢えてフィアとは視線を合わせないつもりらしい。
「あー……えっと」
そして実に言いにくそうに打ち明けた。
「僕が見た感じ、この中で最上位の主はヴェルグ陛下で。その……最下位はティエラちゃん、かな」
「うええええんっ、やっぱり! アムちゃん、ブエルさん、ふたりともひどい!」
「ティエラちゃん!? や、これは違う! ヴェルグ陛下が言えって言ったから仕方なく!」
「他責思考は騎士として恥ずべき行いではなくて? ブエル」
「う!? へ、陛下。何とかフォローして下さいよ!」
「単に興味本位で聞いただけだ。気にするな」
「うえええぇぇぇん!!」
どうやら火に油だったようだ。
さすがにちょっと反省した。すまんティエラ。
――それから、ティエラを慰めがてら、フィアは食事の準備のために城へ戻る。
馬小屋には俺とブエルが残された。
「陛下。このまま開拓が順調に進めば、ここは馬たちにとって楽園になるかもしれませんね」
ほぼ完成した馬小屋を見上げながら、ブエルが言う。
「紅の大地にしては、城周辺の気候は穏やかだし。ティエラちゃんが開墾した畑には、良い牧草が生えそう」
「うむ。これも俺ひとりでは成し遂げられなかったことだ。ティエラには感謝している。もちろん、お前もだ。ブエル」
「陛下……」
驚いたように俺を見上げるブエル。彼はぽつりと呟く。
「参ったな。僕は騎士なのに……こうして役に立てるのも悪くないと思ってる」
戸惑ったような、しかしどこか安心したよう笑み。そんな顔をするブエルへ、アムがすり寄った。彼の功績を称えるような仕草に見えた。
すると、不意にブエルが表情を引き締める。「ヴェルグ陛下」と俺を呼ぶ声にも、緊張が混じっていた。
「陛下に、進言しておきたいことがあります」
「進言、か。穏やかでないな。それで?」
「実は、自分が所属していた部隊で、先輩騎士が話していたんです。『近いうちに紅の大地への大規模侵攻が始まる』と」
俺は眉をわずかにひそめた。
ブエルが所属していた部隊――精鋭の騎士が集まる聖風騎士団が、本腰を入れて攻めてくるということか。
やはり、あのとき撃退した騎士たちは、侵攻に備えての斥候であったか。
「第二大隊のリエーレ大隊長は、あくまで慰問任務を優先されると思います。それでも……もし部隊内で侵攻の機運が高まれば、聖風騎士団の精鋭たちが大挙して押し寄せてくるでしょう。最悪、明日にでも」
「俺もその気配は感じている。開拓も大事だが、今はいかにこの土地を防衛するかも重要な課題だ。周辺を炎竜で見晴らせているが、勇者レベルの精鋭となると効果は限定的だろうな」
ガルトーも「精霊がざわついている」と言っていた。事態が動きだそうとしていることは間違いない。
だからこそ、敢えて俺は尋ねた。
「ブエル。お前はなぜ、我が領地のことを気にかける? お前も聖風騎士団の一員であろう」
「それは」
ブエルは一度、口を閉ざした。答えにくい質問だろうと思っていたが、存外早く、青年騎士は言った。
「この地も、ヴェルグ陛下も、僕たちが考えるほど悪ではないと思ったからです。いいところもたくさんある。それをこの目で見て思ったんです。このままここが戦場となり、蹂躙されるのを見るのは心苦しい」
アムを撫で、テリタスの花畑を見つめるブエル。
そして再び、俺の見上げる。
彼は敬礼した。
「それに、僕も騎士の端くれです。受けた恩は必ず返します。それは、あなたに剣を向けることではないのです」
「はっはっは。このヴェルグ、お前に剣で遅れを取るつもりはないぞ」
「へ、陛下。真剣なんですから茶化さないでください!」
「ああ。わかっている。つい、嬉しくなってな」
そう言うと、ブエルは目を丸くした。
ティエラのときと同じように、心からの感謝を込めて俺は言った。
「お前の言葉、しかと受け取った。その心意気に大いなる感謝を。この地の今と未来を守るため、お前も力を貸して欲しい。ブエル」
「はい」
「この地、守り抜くぞ」
「はい!」
頷くブエルと、俺は握手を交わす。
建築作業で汚れ、マメが出来た手を、俺はとても好ましく思うのだった。