乾燥した空気を切り裂き、曇天でやや薄暗い空の下を飛翔する。
俺は鼻先に意識を集中し、魔物どもの『気配』を辿った。
やはり、目星を付けた方向から相当数の魔物の蠢きを感じる。時折、大きめの魔力爆発が起こるのも感じ取った。
【貪欲鑑定】で視たように、騎士たちが魔物たちに抗っているのだろう。
しかし妙だ。
騎士たちの反応が、思ったよりも鈍く、弱い。
この地に来ているのは聖風騎士団の第二大隊。精鋭たちが集まっていると聞いていた。
まさか、すでに彼らの多くがやられてしまったのか。
「ふん。当代の勇者たちも軟弱になったものだな」
そう呟きつつ、飛翔の速度を一段階上げる。
そのときだった。
俺は急遽、スピードを緩めた。その場で羽ばたき、周囲を伺う。
(何だ。この奇妙な気配は)
魔物の魔力――とは違う。騎士のものとも違うだろう。その謎の気配は、魔物と騎士が争っている場所とは別の方向から漂ってきている。
だが、その正体がつかめない。霧のようにつかみ所がないのだ。
訝っているうちに、その謎の気配は消失した。
俺は眉間に皺を寄せる。
何の気配だったのかはわからない。ただ、非常に不快なものだったのは確かだ。
(我が領地に、まだ不届き者が潜んでいる……?)
良い度胸だ。この邪紅竜ヴェルグの支配領域で、こそこそと汚らわしい
見つけ次第、我が炎と爪で跡形もなく消し飛ばしてくれよう。ブエルやティエラが耕した土地に、小汚い肥料など不要なのだ。
だが、今は優先順位がある。
俺は炎のブレス混じりのため息をつくと、再び翼をはためかせた。
――やがて、目的の場所が見えてくる。
聖風騎士団と思われる騎士たちが、多数の魔物に襲われていた。
戦場にはピドーインプの他、様々な種類の野良魔物がひしめきあっていた。好戦的な奴、普段は大人しい奴、区別なしだ。
奴らに共通しているのは、明らかに正気を失い猛っていること。俺が以前退けたピドーインプを彷彿とさせる。
一方の騎士側。
予想以上に、旗色が悪い。
ひとりひとりは十分な実力を持っていることは、遠方から眺めているだけでもわかる。それでも、1対複数を絶え間なく繰り返すのは、彼らにとって厳しい。
紅の大地には、無数の魔物たちの骸が転がっている。
俺は魔族だが、特に何の感慨も抱かなかった。
他の魔族――例えば元魔王や他の四天王であれば、自らの駒の目減りに苛立ったかもしれない。
魔物たちはこの地に住まう住人。本能に溺れて返り討ちにされたのなら、それもまた運命なのだろう。
では、聖風騎士団の方はどうか。
魔物の死体に比べて、騎士たちの損耗はわずかだった――というより、そもそもここにいる騎士の数自体が非常に少ない。
転がっている死体を合わせても、到底『大隊』と呼べる人数ではなかった。
改めて、何かがあったのだ。
俺は上空から彼らを見下ろした。
『ヴェルグ様は魔族を統べるだけでなく、人の世を統べるにも相応しいお方。そのご威光、私はもっと目にしたいのです』
フィアの言葉が脳裏に蘇る。同時に、共に馬小屋を作ったときの光景を思い出した。あのときのブエルとティエラは、なかなか良い顔で笑っていた。
その顔がよりたくさん見られるのであれば、それは俺にとって悪いことではない。
十分に、動く理由になる。
腹を決めた。
体内の魔力を練る。腹の底から湧き上がる莫大な魔力と、凶暴な灼熱の炎。それらを飼い慣らさずして、邪紅竜は名乗れない。
地上で蠢く有象無象どもよ。見るがいい。
これが邪紅竜ヴェルグの炎である――!
露わにした口蓋が、炎と魔力の輝きに包まれる。口の中で今か今かと待ち構えていたそれらを、地上へ向けて放出した。
巨大な火柱が紅の大地を舐める。
その業火に晒されたのは、暴れ狂う魔物たち。
まるで掘り返した畑を平らにならしたように、炎のブレスが通過した後には、なだらかな地面だけが残っていた。
悲鳴もない。
反撃もない。
ただただ、一方的で刹那の蹂躙があるのみ。
久方ぶりの感覚だった。
たまには体内にたまった炎を放出して、身体の調子を整えるのも悪くない。
そんな風に気安く考えることができるほど、俺にとってこの『攻撃』は容易いものだった。
灼熱の業火は、近すぎれば騎士たちも灰燼と化す。俺はまず、騎士たちを囲む魔物たちから一掃した。
そして、皆が動揺して俺の姿を見上げている間に天に向かって咆吼を上げた。
声に込めた魔力に反応して、曇り空が変化する。ほとばしる無数の雷が、残った魔物たちを正確に、すべて撃ち抜いた。
時間にして何分――いや、何秒だったか。
ひしめきあっていた魔物たちを、俺は全滅させた。残ったのは、完全に虚を突かれて立ち尽くす人間の騎士たちのみ。
俺は彼らを睥睨し、威圧しながら、地上に降り立った。ひとりひとりの顔が判別できる程度には至近の距離だ。
心の中で呟く。
(ふむ。どうやらこの中に、ブエルを襲った不届きな人間どもはいないようだ。まとっている殺気の質が違う)
少々残念に思う。もしそやつを見つけていたのなら、迷わず手足を射貫き戦闘不能にして、ブエルの前へ突き出してやろうと考えていたのに。
騎士たちの顔を見回していく。疑問が湧いてきた。
紅の大地と、邪紅竜としての俺の危険性は人間たちの間で知れ渡っているはず。ブエルも、それを踏まえて進撃は大規模な部隊で行ったと言っていた。
にもかかわらず、こやつらの体たらくは何だろうか。
近くで見ると、やはり圧倒的に人数が足りない。
それ以上に不可解で、不愉快なのは――覇気。
貴様ら、仮にも聖風騎士団の精鋭でありながら、そんな精彩を欠いた顔つきで俺に挑もうとしていたのか?
声が喉まで出かかった。
舐めるのも大概にしろ――と。