『おはよう。我が勇敢なる騎士の諸君』
――【貪欲鑑定】で最初に視えてきたのは、凜々しく訓示を行うリエーレの姿。
彼女の前には、聖風騎士団と思われる騎士たちが、一糸乱れぬ姿で整列している。
それはまさに、『精鋭』と呼ぶにふさわしい規律と自信を感じさせた。
彼らの前で堂々と話しているリエーレ。【貪欲鑑定】の限界なのか、声は聞こえず、文字だけが俺の前に浮かぶ。
だが、それだけでも精鋭を率いる者らしい威厳に満ちているのがわかる。訓示に耳を傾ける騎士たちの憧れの視線を見れば、それは一目瞭然だ。
今、目の前にいる女と同一人物とは思えない。
どうしてここまで極端に変わってしまったのか。
その理由は、次に浮かんできた映像でわかった。
『ああもう。まだ心臓がバクバクいってる。私ったら、どうして最後の最後まで平気でいられないんだろう。皆の前で大言吐いたなら、そのまま割り切ってしまえばいいのに。私の馬鹿』
一人きりになった天幕の中。古びた鏡の前で弱音を吐くリエーレ・アミシオン。
その姿は、これまで俺が見てきたどの勇者も見せなかったほど、情けないものだった。ティエラでさえ、あそこまでウジウジしないだろう。
さらに映像は移り変わる。
リエーレたちが紅の大地に侵攻してきたときのこと。
鏡を失ったリエーレの動揺。
『どのような理由であれ、この失態を許したのは私の責任だ』
青い顔をしてそのように自分を追い詰めている姿。
俺は理解した。
リエーレ・アミシオンの変貌――それは、内心に巨大なストレスを抱え続けながらも理想の騎士を演じ、弱い自分を徹底的に隠してきたことの結果だった。
面白い――と俺は思った。
人間というのは、ここまで自分を欺き、神経をすり減らしてでも、守ろうとするものがあるのだと。
誇り、不安、怖れ。崇高さと泥臭さが混在した精神のありように、俺は大いに惹き付けられた。
そういえば、ティエラもそうだったな。
俺は、こういう『脆い』人間に惹かれてしまうのかもしれない。そう考えると、思わず笑いがこみ上げてきた。
ティエラのように、自らの心の支えを見いだしたのなら、リエーレはどんな姿を見せてくれるのだろうな。
そのとき、【貪欲鑑定】がまた別の画を見せてくる。
『これは斧槍と一緒に見つけたものなんですがね。なかなかの逸品で、とても頑丈なのです』
何だこいつは。
視えてきたのは、リエーレに対峙する軽薄そうな男だ。リエーレが膝を突き、男が悠々と彼女を見下ろしている。
俺は状況を察した。
男は自分の両手に嵌めていた小手を取り外し、拳で軽く叩く。そして、それをリエーレに向けて投げ渡した。
『隊長はしばらく、その小手で身を固めた方がよろしいでしょう』
なるほど。
武具の下げ渡しは、俺たち魔族の間でもたまに行われる。
それは明確な上下関係があってこそ。
この男は、リエーレの自尊心と地位をすべて奪い取ろうとしたのか。
ふん。ずいぶんと魔族らしいやり方をする男だ。
そういえば、この男の雰囲気。どこかで覚えがある。
そうだ。ブエルに【貪欲鑑定】を使ったときだ。彼を後ろから斬り付けた、同僚の男。
まさか、この男がそうなのか?
もっとよく視ようと思ったが、いつもの通り、【貪欲鑑定】は俺の希望を叶えてくれない。暴いてくれない。
その代わり、気になるものを映し出した。
リエーレへ投げ渡された小手。
美しい光沢を持つその小手が、強いオーラをまとっていたのだ。
映像の中で、リエーレも軽薄な男も、小手のオーラに気付いた様子はなかった。【貪欲鑑定】が明らかにした、小手の秘められた力だ。
文字が浮かび上がる。
『伝説の武具、光輝の盾小手セプティムを確認。現在は休眠状態』
伝説の武具? セプティムか。聞いたことがない。
この地を長く統べる俺も知らないとなると、相当昔の逸品だ。古の装備、まさに伝説といってよい。
それをリエーレに渡すとは、あの軽薄な男はセプティムの本当の力を知らないのだろう。
見下し、地位を奪った相手に伝説の武具を与えるとは、なんとも滑稽なことだ。
しかし、『光輝の盾小手』か。今は休眠中とのことだが、もしあれが本来の力を取り戻したなら、我が領地の防衛に大きな力となるかもしれない。
もっと知りたい。教えろ、【貪欲鑑定】。
俺がそう念じたとき、かすれた文字が浮かび上がる。
『魔力が足りません。【貪欲鑑定】を維持できません。終了します』
おい、待て! もう魔力切れか!
そう心の中で叫ぶものの、思い当たることはある。
最近、聖剣ルルスエクサへの日課を怠っていたことを、俺は後悔した。ティエラやブエルの件があったとはいえ、これは失態だ。
【貪欲鑑定】は粘ってくれない。いつも通り、景色に色と時間が戻ってきた。【貪欲鑑定】解除の合図だ。
まったく、つまらん――俺は鼻を鳴らした。
すると、騎士たちに動きがあった。「手を出すな」というリエーレの命に背き、彼女を守るように進み出たのだ。各々が戦闘態勢を取っている。
今の俺は巨大な邪紅竜の姿だ。鼻を軽く鳴らすだけでも十分な威嚇になることを、すっかり忘れていた。
リエーレの側近の女騎士が、緊張感を漲らせた表情で叫ぶ。
「邪紅竜よ! 相手なら我らが務めます!!」
「シシルス!? やめろ、何を考えている!?」
リエーレが慌てた。シシルスと呼ばれた女騎士は、上官に構わず声を張る。
「たったひとりを食らうより、これだけの数を食らうほうがまだ腹持ちは良いはず。いいでしょう。我らの血の一滴まで貪り食うがよい。その代わり、リエーレ様は生かしなさい!」
シシルスの決死の覚悟に呼応し、周りの騎士たちも真っ直ぐに俺を見上げてくる。
よい気迫だ。
リエーレの、人間らしい、情けない姿を目の当たりにしてもなお、彼女のためにこれほどの気迫を見せられる。
金の切れ目が縁の切れ目とばかりに去っていった俺の部下たちとは、雲泥の差だ。
興味深い。彼らを見ていると気分が良い。
だからこそ、少しからかってみたくなる。
「シシルスといったな。お前も、先ほどの我が炎を見ていなかったわけではあるまい。いかに気勢を上げようと、この邪紅竜にとってお前たちは先の魔物とさして変わらぬのだぞ? それでも挑むというのか?」
「……それでも、です」
言い切った。
俺は喉を鳴らした。竜形態だと、笑うとこうなる。
身構える彼らに向かって、俺は告げた。
「その忠義、見事である」