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第61話 説得に衝撃を受ける者たち


「説得……?」

「ああ。俺はお前たちの力を必要としている」


 俺は表情を引き締めた。


「お前たちも遭遇しただろう。異常なほど興奮状態になった魔物の群れを。この紅の大地では現在、魔物たちの不可解な大量発生が起こっている。これはいずれ、魔物の大暴走――スタンピードへと繋がっていくだろう」

「それは、あなたの差し金ではないのか」

「違う」


 力を込めて断言する。


 シシルスが目を細めて問い質してきた。


「この地はあなたの支配領域でしょう。そこで魔物が活動することを、なぜあなたが懸念するのですか」

「確かに俺は魔王四天王のひとり、邪紅竜ヴェルグだ。だが今は当代の魔王とはほとんど関係が断たれている。物資の支給や補給もすべて途絶え、主要な魔族たちも俺を見限って、とっくにこの地を去ってしまった。今、紅の大地で暴れているのは――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 質問したシシルスの方が狼狽えた。


「魔王と絶縁状態? 補給が途切れている? 挙げ句、配下はほぼいなくなっている、ですって!?」

「うむ。その通りだ」

「その通りだ……って、あなた。それでも魔王四天王なのですか!?」

「なぜお前が怒る?」

「あまりにも突拍子がなさ過ぎるからです!」


 額を押さえたシシルスが、リエーレに進言する。


「リエーレ様。これは高度な罠かもしれません。あの邪紅竜が、身内の恥をこんなペラペラ話すような者とは思えません」

「そう、だろうか」

「リエーレ様!?」

「私は、邪紅竜の話は真実のように聞こえる。もしシシルスの言うように罠だったとしたら、放っておけば全滅必至だった私たちを助ける理由がない」

「それは……そうですが」


 リエーレは俺を見つめた。俺は口元を緩めて言った。


「俺のことはヴェルグでよい」

「……では、ヴェルグ殿。続きを」


 うむ、と頷いて俺は口を開いた。


「お前たち聖風騎士団を襲った魔物は、もともとこの地に住み着いている野良魔物たちだ。以前は俺の部下が彼らを抑えていたが、今はその管理もなくなっている。それでも、本来なら俺の姿を見れば大人しくなるはずだった。ところが、俺がブレスで消し去るまで暴れ続けていた。これは、俺の知らないところで何か異変が起きている証拠だ。だからこそ、俺はその原因を突き止めてスタンピードを阻止したい」

「なぜ? いくら数が揃っていても、所詮は野良魔物。あなたの敵でないことは、他ならぬ我々が目撃している」

「俺一人なら、どんな状況でも対処できる。だが、スタンピードが起きれば、俺の領地再建計画にとって大きな障害となる。もし紅竜城まで魔物の群れが押し寄せれば、せっかく整えた土地が台無しになり、今後数十年は人間が住めない荒れ地に戻ってしまうだろう」


 腕を組み、深く嘆く俺。

 だが、リエーレやシシルス、他の騎士たちは、戸惑いも露わに互いに顔を見合わせていた。


 リエーレが尋ねる。


「邪紅竜――いえ、ヴェルグ殿。あなたは先ほど、領地の再建計画と言った。まるで、この紅の大地を人間が住める土地に変えようとしていると聞こえたのだが」

「その通りだ。いずれは、この地に集まった者たちと一緒に街を築きたい。田畑を耕し、鉱山を掘り、商売も始める。魔族と人間が共に暮らす国を作るつもりだ」


 胸を張る。ええっ!?と騎士たちの声が重なった。

 人間たちを驚かせるのは気分が良い。

 俺は、フィアと練った領地再建計画を語って聞かせた。


「計画が完成するまでには、まだまだ時間がかかる。ここで計画が止まるわけにはいかない。だが、『安全な居住地の確保』のためには、どうしても人手が足りない。だからこそ、お前たちのように戦える人間の力が必要なんだ」

「……もう一度、聞く。ヴェルグ殿、あなたはあくまで、私たち人間と共存するために紅の大地の再興を目指しているのだな?」

「だからそう言っているではないか。そんなに信じられないか?」


 口を閉ざすリエーレ。その表情は明らかに納得がいっていない。俺は肩をすくめた。


「まあ、俺が魔族の中でも飛び抜けて変わり者であることは自覚している。お前たちの目から見ても、そうなのだろう」

「いや、そこまで言うつもりはないが……」

「良い。だが俺は後悔していない。尊敬する先代魔王陛下なら、きっと同じことを考えただろう。俺はもう一度、陛下が愛したこの地を取り戻したい。そのためには人間の力が不可欠だと考えている。お前たち聖風騎士団には、そのための大切な支えになってほしい」


 しん、と場が静まりかえった。

 やがて、そこかしこでひそひそと話し始める。


「あの邪紅竜が、本当に……?」

「人間と魔族の共存なんて可能なのか?」

「いや、しかし。邪紅竜は自らに不利な情報をためらいなく明かしている。とても我々を騙すようには見えない……」


 そんな声が聞こえてきた。


 俺はリエーレたちひとりひとりの顔を見渡しながら、言った。


「身内の恥をさらけ出すこと、我が願いを隠さず語ること。これが、俺なりの『誠意』だ。この誠意で、お前たちを納得させたい」

「……」

「うーん、まだ納得してもらえないか。なら、聖剣ルルスエクサを貸すというのはどうだ? もちろん、あの剣が納得すればの話だが」

「聖剣が、納得……?」

「ああ。誠に不本意だが、今の主は俺だそうだからな」

「邪紅竜が……聖剣の主……。は、はは……」


 三度驚愕した様子のリエーレたち。もはや乾いた笑いしか出なくなっている。

 俺は改めて問いかけた。


「スタンピードの阻止は、お前たち騎士の利益にも合致するだろう。猛り狂った大量の魔物が人の街へ向かえば、甚大な被害は避けられまい。どうか力を貸してくれないか。頼む」


 そして頭を下げる。

 再び、場に沈黙が降りた。

 俺は心の中で天を仰いだ。困ったな。これで納得してもらえないなら、もう説得の手立てが思いつかない。

 どうするか。改めてフィアを連れてきて、彼女から説得させようか。あいつなら、俺よりもこういう話に向いているはずだ。


 じゃり、と靴が砂を踏む音がした。俺は顔を上げる。

 リエーレが一歩前に進み出ていた。


「ヴェルグ殿。なぜ、あなたは我らを信じようとする。今だって、あなたが隙を見せたら、私たちが一斉に斬りかかっていたかもしれないのに」

「それで気が済むなら、そうするがいい。もっとも、今のお前たちで俺に致命傷を与えられるとは思えないが」


 特に含みもなくそう答えると、後ろでシシルスが「ぐ……」と言葉を詰まらせていた。

 しまった。また俺は失敗したか?


 すると、リエーレはひとつ息を吐き、肩の力を抜いた。


「今のセリフ、邪紅竜らしくて逆に安心した」

「そうか。ならよかった」


 俺とリエーレは、しばらくお互い見つめ合った。


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