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第62話 分断の理由


「リエーレよ。お前が貫くべき騎士の義は、このままくすぶっていることでも、自らの命を無謀にも投げ出すことでもないだろう? 俺であれば、少なくともお前が騎士の誇りを取り戻す機会を与えてやれると思うのだが」

「……ずいぶん、上から目線なのだな」

「気を悪くしたのなら謝ろう。だが、本心だ。そして、今のお前に必要なのは飾らない本心だ。俺はそう思っている」


 俺の言葉に、リエーレは目を細めた。それから何を思ったか、剣の柄を撫でる。他の騎士たちとは違う特別仕様の剣だ。きっと彼女専用なのだろう。

 その仕草は、まるで『騎士としての自分』と対話しているように俺には見えた。


 もう一度、リエーレと目が合う。俺は視線を逸らさなかった。

 直後、彼女の肩から力がフッと抜ける。


「わかった。いいだろう。どちらにしろ、目的地は同じなのだ。この目であなたの言葉の真偽を確かめさせてもらう」

「それで構わない」


 ゆったりとそう答える。

 それから、俺は腰に手を当て、苦笑する。


「それにしても、お前はティエラ以上に気苦労が多いようだな。ティエラは素直で天然なところがあるが、お前にも似たところがあるのだろうな、リエーレ・アミシオン」

「なっ……!」


 リエーレがカッと赤面した。俺は朗らかに笑った。

 彼女の後ろで、騎士たちが顔を見合わせる。俺は彼らに告げた。


「さて、それでは作業を始めるか」

「さ、作業……?」

「何を呆けている。お前たち人間の間では、戦友を弔うのは普通なのだろう?」


 そう言って辺りを見回す。

 俺の炎で焼け残った魔物たちの亡骸の中に、鎧を着た者たちが数人いる。あれほど多くの魔物を相手にして、犠牲がこれだけで済んだのは、さすが精鋭の騎士たちだ。


 俺の言葉にハッとしたのはリエーレとシシルスだった。彼女たちは部下に指示を出し、遺体から遺品となる品を取り出したり、髪の一部を切り取ったりしていた。


「リエーレよ。遺体はどうするのだ」

「本当は家族のもとへ遺体を届けたいが、この状況では難しいだろう。せめて魂だけでも家族のもとへ向かえるよう、焼こう」

「ならば任せよ」


 俺は炎竜を召喚した。遺体を彼らで包み込むように熱していく。俺が竜形態になって、一息に焼き尽くすことも考えたが、止めた。

 リエーレもシシルスも、俺の提案を拒否はしなかった。


 すべてが終わった後、リエーレが短く「感謝する」と言った。俺は頷いた。

 それからリエーレは部下たちを振り返り、告げる。


「私はこれから邪紅竜ヴェルグ殿とともに行く。私のことが信じられないと思うのなら、遠慮はいらない。このままグレフの後を追い、彼らと合流せよ。その後、私を糾弾しても構わない」


 彼女は部下たちの顔を見渡した。

 聖風騎士団は互いに戸惑った表情で顔を見合わせるものの、ひとり、またひとりと騎士の敬礼をする。

 結局、誰ひとりとして離脱者は出なかった。


 彼らを代表して、シシルスが思いを告げる。


「リエーレ様。あなたの決めたことなら、我々は従います。この事態は我々全員の失態。巻き返しのためには大胆な方針転換も必要でしょう」

「シシルス……」

「それに、私個人としては、あなたの人間らしいところが見られて、正直ほっとしているのです」


 ここにきて初めて、俺はシシルスの微笑みを見た。他の騎士たちも優しげに目を細めたり、何度も頷いたりしていた。


 言葉が出せず立ち尽くしているリエーレに、俺は言った。


「よい部下を持ったな。お前がそれだけ、彼らの信頼を積み重ねてきたということだ。胸を張れ」

「……っ」


 リエーレは唇をきゅっと引き締めた後、シシルスたちに向かって深く頭を下げた。


 こういうのもいいものだなと俺は思ったが、ふと、前から気になっていたことを尋ねる。


「そういえば、第二大隊というのはこれで全部か? 大隊というにはずいぶん少ないが。先ほどの戦い振りを見る限り、野良魔物に壊滅するほど貧弱とは思えないのだが」

「それは」


 口ごもるリエーレ。

 彼女に代わり、シシルスが説明した。


「聖風騎士団第二大隊は現在、二手に分かれています。我々の数十倍の人数が、『別働隊』として進軍中です」


 別働隊、に力を込めるシシルス。俺は首を傾げた。


「二手に分かれて? 隊長自ら遊撃を買って出たとでも言うつもりか?」

「いえ。我々『本隊』は、グレフ副隊長によって別働隊と引き剥がされました。……いくつかの、想定外が重なったためです」


 シシルスがリエーレを見る。


「魔物の強襲により補給部隊が被害を受け、その後も度重なる魔物の襲撃を受けました。その過程で、リエーレ様が負傷。部隊全体に大きな動揺が走ったのです。さらに、魔物による幻惑の霧と指揮系統のかく乱により、リエーレ様とグレフ副隊長が衝突する事態に発展しました」

「ほう。それで?」

「……リエーレ様に勝利したグレフ副隊長は、リエーレ様の指揮能力に疑問を持ち、自分が直接部隊の指揮を執ると宣言しました。そして、わずかな騎士だけを残して、自ら進軍を始めたのです。まるで自分が新しい隊長だと言わんばかりに。あとは、あなたが見たとおりです、邪紅竜ヴェルグ」

「なるほど、な」


 要は、リエーレの不調に乗じて部隊まるごと乗っ取られたわけか。

 さすがに、沈鬱な顔をするシシルスたちに対して乗っ取りを揶揄する気は起きない。

 その代わり、俺は気になったことを口にした。


「しかし、精強を誇る聖風騎士団がこうも容易く分裂するとはな。そのグレフとかいう騎士が画策したのではないか?」

「なんですって」

「お前たちの戦闘力と統率力は見させてもらった。いくらリエーレが不調といっても、ここの野良魔物ごときに後れを取るような連中ではないだろう。魔物の強襲を許したのは確かに失態かもしれんが、それはあくまできっかけに過ぎないのではないか」


 俺の言葉に、リエーレは目を丸く、シシルスは真剣な表情になった。

 さらに俺は推測を語る。


「話を聞く限り、部隊分裂の直接のきっかけは、リエーレがグレフとの決闘に敗れたことだ。しかし、我々高位魔族ならともかく、紅の大地の魔物に人間を操る能力はない。そして、今の紅の大地に魔族と呼べる存在はごくわずかで、そのどれもがリエーレの催眠には関わっていないと断言できる。なぜなら、ずっと俺のそばにいたからだ」

「……では、あの不可解な霧も内部の仕業だと?」

「霧を実際に見てないから断言はできん。だが、考えてもみろ。リエーレが心身共に不調なところに、精神攻撃だぞ。それが決闘の勝敗はおろか、リエーレの部隊内の評価すら大きく左右することになったのだ。普通に考えて、都合が良すぎるだろう」


 騎士たちが顔を見合わせる。

 おそらく、リエーレが落ちぶれたことへのショックが大きすぎて、こんな簡単なことに気づけなくなっていたのだ。あるいは、「邪紅竜ならそのくらいしてくるに違いない」という思い込みがあったか。


「おおかた、指揮系統の混乱もグレフが仕掛けたのだろう。昔、同じような裏切りの手口をこの目で見たことがあるぞ。その人間は魔族と通じていたがな」


 皆がハッとする。


「そんな。グレフ副隊長が……」

「ちなみに、俺はそんな奴は知らん。興味はあるがな」


 おそらくブエルを斬ったのもそいつだ。

 こんな策略まで巡らせて、いったい何をしようとしているのか興味がある。

 あわよくば、俺の【貪欲鑑定】でその正体を暴いてやりたいところだ。


 その上で、処する。

 スタンピードの発生を助長するような、ふざけた真似をする人間を許すわけにはいかない。


 俺は獰猛な笑みを浮かべて呟いた。

 黒い魔力が、ばちりと俺の周囲で弾ける。


「さて。我が領地で好き勝手やろうとする不届き者は、いったい何を考えているのやら」



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