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第64話 ようこそ紅竜城へ、騎士たちよ


 ――さて。グレフとかいう奴が何を考えているのか知らんが、とりあえず俺は俺のできることをしようか。


「リエーレ。お前たちを我が紅竜城に招待したい。スタンピードを共に防ぐ同志として、いろいろ話しておきたいからな。構わないか?」

「……紅竜城を落とそうと進撃していた私たちが、まさか邪紅竜自ら城へ招待されるとはな」

「手間が省けてよいだろう」

「あなたが我々人間より遙かに大きな存在だということを、改めて実感したよ」


 リエーレがやや呆れた口調でぼやく。俺はきょとんとした。


 シシルスが前に出てくる。


「ヴェルグ殿。しばし時間をいただきたい。紅竜城までの移動計画を策定して――」

「その必要はない。俺が運ぼう」

「はい?」


 珍しく間の抜けた声を出すシシルス。

 俺は再び魔力を解放し、本来の姿へ変身した。呆気にとられる騎士たちの前で、胸を地面に付けて伏せた。


「さあ、乗るがいい」

「乗るがいい……って」

「心配するな。40人ちょっとの騎士と後ろの物資くらいなら楽に運べる。だが、俺の背に乗り込むまでは自分でやってくれ。この身体では力加減が難しいのでな」

「は、はぁ」

「シシルス。ここはヴェルグ殿の厚意に甘えよう。第二大隊、積み込み急げ」


 リエーレが張りのある声で指示を出すと、騎士たちは弾かれたように行動を開始した。

 俺は小さく笑ってリエーレに言う。


「調子が戻ってきたようだな」

「おかげさまで」


 リエーレもわずかに微笑みを返してきた。


 それから、騎士と物資の両方をすべて背に乗せた俺は、慎重に翼を動かした。魔力操作も絡めて、滑らかに上空へと飛び立つ。


「す、すげぇ……。俺たち、本当に空を飛んでる……」

「あの宿敵邪紅竜の背中に乗ってるなんて、今でも信じられない……」


 背中の騎士たちが、大いに狼狽えているのがわかる。俺が首を巡らせて背中を見ると、騎士たちは必死に俺の背中や荷物へすがりついていた。

 魔力の防壁で突風を防いでいるから、地上にいるのと同じような感覚でいられるはずだ。だが、やはり邪紅竜の背に乗っているという事実を、すぐには受け入れられないのだろう。


 そんな中、リエーレだけは違った。

 皆の先頭に立って、腕組みをしている。その表情は清々しかった。遙か彼方まで見通せる景色を楽しんでいるようにさえ、思える。


 俺は言った。


「城に到着したら、お前たちの人手と資材を貸してほしい。我が領地の防御を強化する必要がある。もちろん、これは魔物やスタンピードへの対策のためだ。協力してもらえるか?」

「まるで対等な友人に対するような物言いだな……」

「それはそうだろう。助力を願ったのは俺の方だ」

「あなたのような魔族も存在したのだな。しかもそれが、魔王四天王のひとり、邪紅竜とは」

「今の魔王や魔王四天王が見たら、即座に制裁を決意するぞ。はっはっは」

「それは笑い事で済ませていいのか……?」


 説得が上手くいって上機嫌な俺に、リエーレが毒気を抜かれた顔をする。シシルスや、他の騎士たちも同様だ。

 だが、彼らに軽蔑されているわけではない。それだけでも、今は十分だ。


 邪紅竜で待つ者たちの顔を想像し、俺は言った。


「ティエラやブエルにも言われたよ。とても邪紅竜のイメージじゃない、とな」

「ブエルだって!?」


 リエーレとシシルスが声を上げる。


「ティエラだけではなく、ブエルもあなたのところにいるのか!?」

「そうだ。見つけたときはひどい怪我をしていたが、今はすっかり元気になっている。今では、我が領地にとって欠かせない存在だ。礼を言うぞ、リエーレ」

「私は何と応えればいいのだ……?」


 途方に暮れて呟くリエーレ。俺は大声で笑った。


 そうこうしているうちに、紅竜城が見えてきた。

 俺は城を発つときに使ったテラスではなく、城下の畑付近に降り立つ。

 リエーレたちに、俺のここまでの成果を見せてやろうと思ったためだ。


 騎士たちが荷物一式を下ろし終わるまで待ってから、人間形態へと変身する。


「あそこに見えるのが、紅竜城……」

「そうだ。立派なものだろう?」


 俺は胸を張る。

 シシルスがぽつりと呟く。


「事前の作戦会議で聞いていた内容とは、ずいぶん印象が違います。もっと魔族の魔力に満ちた、陰鬱な城だと思っていました」

「ああ。それはおそらく、アレのせいだな」


 そう言って、俺は空を指差す。「あれ?」と眉をひそめながらも、上を見上げるリエーレとシシルス。

 そして、二人揃って驚愕に目を見開いた。


「紅の大地に、青空だって!?」

「しかも、この温かで清浄な光はいったい……!?」

「これが、本来の紅の大地の姿だ。ただし、今はまだ周辺のごく一部にしか広がっていない。この範囲をさらに広げていくことが、次の目標だ」


 俺は視線を巡らせる。

 畑の方では、先に降りていた騎士たちがざわめていた。


 これまでの岩と砂ばかりの大地と異なり、肥沃に耕された土。

 そこに生えた一面の花畑。

 降り注ぐ陽光を受けて輝く水面。

 そして、それらをやや離れたところから守る複数の炎竜たち。


 まるで夢でも見ているかのようにぽかんとする騎士に、俺は言った。


「どうだ。なかなかのものだろう」

「え、ええ……」

「よかったら、あそこの小川の水を飲んでみるといい。お前たちの様子を見ると、これまで水分補給も十分にできなかったのだろう? 安心してくれ。人間が飲んでも問題ないことは、すでに確かめてある」


 声をかけられた騎士たちは、互いに顔を見合わせる。ちらりと俺の方も見てくるので、俺はにっこり笑ってみせた。彼らが俺の笑顔にどう感じたかは知らない。


 やがて、騎士たちは恐る恐る川縁に近づいた。

 そして、ゆっくりと手で水をすくいとり、口に運ぶ。


「……うま」

「え、嘘。本当に美味しい」

「こ、これ顔つけても平気だよな。俺、喉渇いて死にそうだったんだ!」


 驚いた顔をしたのも束の間、騎士たちはすごい勢いで水を飲み始めた。

 水で腹を満たした彼らは、各々リラックスした姿を見せる。

 これまでの連戦や予想外の出来事で、みんな緊張し続けていたのだろう。その緊張が解けたことで、騎士たちから冗談や笑い声が聞こえてきた。


「おい見ろよ。これ、温泉じゃないか? すげえ」

「あっちには馬小屋まであるぞ」

「うわあ。ここの土、ふかふかだわ。あたし、実家が農家だからこういうの見ると興奮しちゃうのよねえ」

「こらお前たち! 気を緩めすぎだ!」


 見かねたシシルスが怒声を上げた。騎士たちは慌てて姿勢を正す。ただ、中には鎧の一部を脱いだ者もいて、様にならなかった。


 俺はシシルスに言う。


「そう目くじらを立てるな。水を勧めたのはこの俺だ。少しは大目に見てやってくれ」

「我々は大量の魔物を討伐するためにここにいるのでは!?」

「今日、明日というわけではあるまい。俺にとっては、お前たちに英気を養ってもらう方が先だ」

「……討伐対象からそんな声をかけをされたら、どう答えてよいかわからなくなります。頭が痛い……」


 ぼやきの言葉通り、額を押さえるシシルス。


 一方、リエーレはひとり花畑に歩み寄っていた。逞しく根を張り花を咲かせるテリタスのひとつに、彼女はそっと手を添える。


「テリタスの花か。懐かしい。ヴェルグ殿、どうしてこの花をここに?」

「花を咲かせたのは俺じゃない。ティエラの力だ」

「そうか。あの子が……。そういえば、先生と同じ土属性が得意だったな。ティエラは」


 そうか、と何度も呟くリエーレ。その表情は、ここまで見た中でもっとも穏やかだった。


「あの子は、本当はとても強い力を持っていた。出自のことで蔑まれて、すっかり萎縮してしまっていたから、ずっと心配だったんだ。コンクルーシ魔法学園に慰問に行くことが決まったとき、必ずティエラを励まそうと決めていた。でも、まさかあの子の才能を見抜き、ここまで伸ばしてくれたのが邪紅竜だったなんて、想像もしていなかったよ」


 リエーレは立ち上がり、俺に向き直った。

 そして、深く頭を下げた。


「ありがとう。ヴェルグ殿。私の心は、これでまたひとつ救われた」


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