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第15話 疑念、晴れる?

「レオン・アルバート様のもとへ」


 そう呟いた瞬間、ライラの心臓が大きく跳ねた。


 レオン・アルバート――この国の宮廷騎士団を束ね、城内の警備と治安維持を一手に担う男。冷徹で隙のない人物として知られ、私情を挟まず、ただ王国の秩序を守るために動く存在。


 国王や王子が帝国の強襲によって命を落としたと知ったときでさえ、彼はほんの一瞬だけ動揺したものの、すぐに生き残った王族であるミルネシアの保護に努めた。


 そして――初めての死に戻りの際、ライラは彼に剣を向けられた。


 あのとき、なによりも恐ろしかったのは鋭い切っ先ではなく、彼の冷たい視線だった。


『私は貴女のことを決して許しません』


 その、静かで、けれど絶対の拒絶を孕んだ声が、今も耳の奥に焼き付いて離れない。


 もし、彼がすでに敵側についているのなら?

 もし、彼がすでにライラの動きを見抜いているのなら?


 今度こそ、逃げ場はないかもしれない。


(でも、もう迷っていられない)


 毒の真相を突き止めなければ、いずれまた死が訪れる。それが早いか遅いかの違いなだけ。ならば、自分から情報を取りに行くしかない。


 次、死んだとき――また死に戻れるという保証は、どこにもないのだから。


「すぅ…………」


 ライラは深く息を吸い込み、意を決して立ち上がった。


「……行こう」


 部屋の外にいる護衛に声をかけ、面会の約束を取り付けてもらうつもりだった。だが――


――コン、コン。


 扉を叩く音が響く。


「ライラ様、よろしいですか?」


 聞き慣れた声に、ライラの背筋がこわばる。


 シャーリー。


 嫌な予感がした。慎重に扉に手をかけながら、問いかける。


「……どうしたの?」


「いえ、お疲れの様でしたから、ミルクティーでもお持ちしようかと思いまして」


 ミルクティー。


 査問会の直前に飲まされた、あの甘ったるい味が蘇る。全身が警戒を訴え、喉が強張った。


 ――今、ここで飲まされたら?


「……結構よ。今は喉が渇いてないから」


 ライラはできる限り自然に、穏やかな声でそう告げる。


「……そうですか?」


 一瞬の沈黙。


 シャーリーの声が、わずかに揺れた気がした。


 だが――


 次の瞬間には、いつも通りの優しい声色が返ってくる。


「かしこまりました。では、また後ほど」


 そう言い残し、シャーリーは去ろうとする。


「あ、待ってシャーリー。今、時間大丈夫?」


 ライラが扉を開けて呼び止めると、シャーリーは小首を傾げながら振り返った。


「はい、大丈夫ですけど……何かご入用ですか?」


「うん。よかったら、ある人に面会の約束を取り付けてもらえないかな? ……ほら、護衛の人にはちょっと言いにくくて」


 ライラが後半はちょっと声を潜めて軽く笑いながら、廊下の突き当たりに立つ護衛をちらりと見る。


 シャーリーは納得したように頷いた。


「あ〜、あの人たち、ちょっと怖いですよね。でも、レオン・アルバート様に育てられた騎士だと聞いて納得しちゃいました」


「……あ、そうだったんだ。どおりで……」


「ライラ様?」


「ううん、なんでもない。それで、お願いできそう?」


 この時間軸のシャーリーとは、前ほど親密ではない。


 その理由は単純で、ライラ自身が彼女と距離を取っていたからだ。


 ほとんどの用件をもう一人の同僚であるルイディナに頼むようにしていたし、例の悪夢を見た日も、呼んだのはルイディナだった。


 そのせいか、前の時間軸とは違い、シャーリーはライラを「様」付けで呼んでいた。ライラもまた彼女の事をちゃん付けで呼んでいない。


「たぶん、お取次ぎできると思います! ここでライラ様のお世話をしていることで、シャーリーは他の人達より少しだけ権力が上がってるんです!」


 シャーリーは胸を張りながら得意げに言う。


「じゃあ、お願いしてみようかな?」


「はーい! ライラ様に頼られるなんて光栄です! ばっちりアポイント取ってきますからね!! シャーリーにドンとお任せください!!」


「うん、ありがとう。シャーリー」


 ライラが彼女に、この役目を頼んだのには理由があった。


 それは――シャーリーが本当に自分の指示通りに動くのかを確認するため。


 もし、この頼みごとが彼女にとって都合が悪ければ、伝言を握り潰したり、適当な理由をつけて査問会まで誤魔化したりする可能性がある。


 あるいは、このお願い自体をなかったことにするかもしれない。


 その答えは、思ったよりも早く出た。


 翌朝――


「ライラ様ー!! 面会の予約が取れましたよー!!」


 寝室の扉が勢いよく開き、シャーリーが飛び込んできたのだ。


「アルバート様が、直接こちらに来るそうです! 本日の午後、お見えになるとのことですよ!」


 シャーリーは満面の笑みを浮かべながら、目を輝かせて続ける。


「どのような服装でお出迎えしましょうか?」


 嬉々としてクローゼットを開ける彼女を見つめながら、ライラは小さく息を吐いた。


(……シャーリーは、本当に伝えてくれた)


 ならば、彼女は"敵"ではないのか? それとも――


 シャーリーの朗らかな笑顔の奥に、何かが潜んでいる気がして、ライラは慎重に口を開いた。


「そう……ありがとう、シャーリー


「いまシャーリーちゃんって!?」


「うん。呼んだよ、シャーリーちゃんって。これからもよろしくね」


「はい、これからも何かあったら是非お呼びください! ライラさん!!」


 愛嬌たっぷりな笑顔で返事をする可愛らしい女の子。この笑顔を見て、彼女を疑う人は少ないだろう。


 けれどその胸の奥で、じわりと警戒心が広がっていくのをライラは感じずにはいられなかった。

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