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第17話 美しい輝きは死への誘い

「失礼します」


 ライラは静かに客間へと足を踏み入れた。


 レオン・アルバートは長椅子に座り、まるで待ち受けていたかのようにライラを見据えている。


 その視線は冷ややかで、僅かな揺らぎもない。


 この国の宮廷騎士団を束ね、王城の警備と治安維持を担う男。彼にとって、王族とその側近は護るべき存在――その中で、自分はどう位置付けられているのか。


(……敵か、それとも)


 深く息を吸い、ライラは慎重に言葉を紡ぐ。


「お時間を頂き、ありがとうございます、アルバート様」


「用件を聞こう」


 硬い声だった。


 その声音が、ライラの心をざわつかせる。


 慎重に、そして大胆に踏み込まなければならない。


「――私が知りたいのは、王城に毒が持ち込まれている可能性についてです」


 レオンの眉がわずかに動いた。


 ライラは続ける。


「とある筋の情報です。今現在、この離宮に毒が運び込まれている可能性があります。もし本当に毒が搬入されているのなら、毒を探し、その経路を調べる必要があります。そのために、あなたの協力と情報開示をお願いしたいのです」


 静寂が落ちる。


 レオンはまるで彼女の言葉の裏側を探るかのように、冷静な瞳で見つめている。


「毒の搬入ルートを知って、どうする?」


 ライラは即座に答えた。


「もちろん、犯人を突き止めるためです」


「そうか。だが、お前が毒の存在を知っていること自体、不自然ではないか?」


 レオンの声には冷ややかな疑念が滲んでいた。


「私ですら聞いていない話を、どうしてお前が知っている?」


「情報源は言えません。でも、もし私が知っていたとして、それが何だと言うのです?」


「むしろ問題なのはそこだ」


 レオンはわずかに目を細め、低く鋭い声で続ける。


「"とある筋"などという不確かな情報をもとに、毒の存在を騒ぎ立てること自体が怪しい。まるで、お前が毒の存在を知っているのが前提で話を進めているようだ」


「私が毒の存在を知っていたから何だと言うんですか?」


 ライラは食い下がる。


「むしろ今、大事なのは真実です。誰が、どのように毒を持ち込んだのか。それを知ることが重要でしょう?」


「真実……か」


 レオンは冷たく微笑んだ。


「その言葉をお前が口にするとはな」


「どういう意味です?」


「本当に、毒を追っているだけならばなぜ私に接触してきた?」


「あなたは王城の警備を統括している。誰よりもこの城の出入りに精通しているからです」


「では逆に問おう」


 レオンはライラの目をまっすぐに見据えた。


「お前がその毒の搬入経路を突き止めたとして、その先にいるのは誰だ?」


「……それを調べるために、協力をお願いしているのですが?」


「違う。お前はすでに"知っている"のではないか?」


 ライラの喉が強張る。


 レオンの鋭い視線が、彼女の些細な反応すら見逃さぬように刺さる。


「私が知っている限り、この城に毒の報告は上がっていない。にもかかわらず、お前は"毒が持ち込まれている可能性がある"と言い出した」


「そ、それは……」


「一体それはどういう了見なんだ?」


「王女を守るためです!」


「ならば、なぜまず私に相談せず、自分で情報を得て動いている?」


「あなたが私の話を信じる保証がなかったからです」


 レオンの目が細まる。


「なるほど。つまり、お前は"私が毒の話を握りつぶす可能性"すら考えていたわけだ」


「……」


 ライラは口を閉ざした。


 レオンの青い瞳が、ゆっくりと細められる。


 彼はわずかに身を乗り出し、低く鋭い声で言う。


「少し質問を変えよう。お前がその毒を手に入れたら、何に使う?」


 ライラの背筋に、冷たい感覚が走った。


(この質問……何かがおかしい)


 慎重に言葉を選びながら答える。


「私に毒を使う意図はありません。ミルネシア王女を救うために動いています」


 レオンの表情が微かに歪む。


 それは、冷たい失笑のようだった。


「救う? お前が?」


 その瞬間――


シュン――


 刃の音がした。


「っ――!?」


 レオンの剣が鞘から抜かれたかと思うと、ライラの背後にいた護衛二人が一瞬で崩れ落ちた。


「なっ……!?」

「殺してはいない。少し眠ってもらっただけだ。貴様とは違い、私は自分の仲間を決して傷つけたり、裏切ったりはしない」


 彼女の護衛は、レオンの部下であり、この場では王城の秩序を守る者たちだった。


 その彼らが、剣の一閃で沈黙した。


 ライラは咄嗟に後ずさる。


「どういうつもりですか……!?」


「それはこちらの台詞だ、ライラ・ルンド・クヴィスト」


 レオンの声は不思議なほど、穏やかだった。まるでこのような事になるのを予期していたように。


 その瞳には疑いと断罪の色が宿っていた。


「この場でお前の言葉を信じると思うか?」


「私は本当に、王女を救いたくて――」


「"王女を殺すために"、毒の情報を手に入れようとしているんだろう?」


 ライラの心臓が跳ねた。


(……なんですって?)


「誰がそんなことを……」


「宰相モーランだ」


 レオンの言葉に、ライラの呼吸が止まる。


「お前がユリアナと合流し、王国を内側からもう一度壊すつもりだと」


 レオンの剣の切っ先が、ライラに向けられる。


「……お前が王女を毒殺しようとしていると、事前に聞かされていた」


 宰相が、"先回り"していた。この面会を聞きつけたのだ。

 つまり、それを可能にできるのはシャーリーだけだ。


(……最悪だ)


 ライラの身体が硬直する。


 完全に、彼の、彼らの掌の上だった。


 今ここで、何を言ってもレオンには届かない。


「あなたは……騙されている……!」


「騙されているのはどちらだ?」


 レオンの腕が動く。


 次の瞬間――


ズバッ――!


 鋭い衝撃が、ライラの体を切り裂いた。


「ぁ……」


 全身の力が抜ける。


 温かいものが、体を流れ落ちていくのを感じる。


 そのとき――


「ライラ!?」

「ライラ!!」


 扉が勢いよく開かれた。


 シャーリーが駆け込んできた。


 その後ろには、血相を変えたミルネシア王女がいた。


 だが――ライラの意識は、その姿を完全に捉えることなく闇に沈んでいく。


(……また……死ぬの? 嫌だ、ミルネシアと会えなくなるのはいや……だ)


 ――視界が暗転した。


 その瞬間、彼女の指輪が輝き、ライラへ三度目の死を告げた。

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