――夜。離宮内自室にて。
離宮の静けさが戻った後も、ライラの胸中は波立ったままだった。
「ん、んぅー……スヤ、スヤ」
「……かわいい」
ベッドの中、ミルネシアの寝息が穏やかに響いている。
今日は離宮に泊まっていってくれるらしい。前の時と少し行動が違った。
ライラは彼女を起こさぬよう、細心の注意をはらってゆっくりと起き上がる。
(まだ夜明け前。ここからが、始まり)
再び同じ時を繰り返すのなら、情報は先に掴める。誰が、どこで、何を仕掛けていたか。死ぬ前に得た情報が全て"資産"となる。
まず確認すべきは、シャーリーの動き――
(彼女は私の行動を逐一宰相に報告している)
それが前回の死で確定した。ならば、彼女に見つからぬよう行動を起こすか、情報が漏れる前に手を打たなければならない。
そして、毒の搬入経路。
(前回、レオン様に直接接触したのは失策だった。彼に疑念を持たせただけで、信頼を築けなかった。実際にそこを宰相に突かれた形だったし。次は、証拠を握ってから動く)
冷静に、論理的に。
その一方で、心の奥には恐怖が巣くっていた。
何度でも繰り返せる保証などない。指輪の輝きは次も起こるか、わからない。
……ただ、なんとなくだが、宰相の目的も分かってきた気がする。
(私を殺すことで、ミルの心を壊そうとしている。そういうやり口の人だ、あの男は)
その先、何を目論んでいるのかはまだ掴めない。けれど一つだけ確信がある。
(自分で言うのもなんだけど……私は、ミルにとって、かなり大きい存在なんだと思う)
ライラが敵国の皇女の隣に立つだけで、ユリアナに抵抗する気がほとんど起きない。逆にライラに助けを求められれば全力でユリアナに立ち向かう。自分の命を賭すほど。それほどまでに、ライラはミルネシアの心の支えになっているのだ。
(モーランはそれを壊そうとしてる)
憎しみでもなく、ただ自分の目的を果たすための冷たい策略の一部として。だからこそ、質が悪い。
本当は全部捨てて逃げてしまいたい。できればミルと一緒に。それが一番利口な答えだ。
(けど……ミルがそんな道を選ぶ筈がないし、私には、やらなきゃいけない理由がある)
ミルネシアの寝顔に視線を落とす。
安らかな、無防備なその横顔。
あの夜、剣に斬られた時。最期に見たのも、この綺麗な顔だった。
ライラが消えれば、再びミルネシアの心に影が落ち、宰相の思い通りになってしまうだろう。
それだけは分かった。
――生きて、彼女を守りたい。
それは使命ではなく、願いだった。
「次は絶対に……成功させる」
小さく呟いて、ライラは静かに立ち上がる。
事前に手に入れた外套を羽織り、闇の中へと足を踏み出す。
目指すは、王宮にある物資管理を行う文書庫。その搬入記録に目を通せば、毒が持ち込まれている痕跡がどこかにあるかもしれない。
そして――
(必要なら……盗みだしてでも、証拠を掴む)
敵の名は、宰相モーラン・グラウド。
味方の仮面を被り、国を蝕む者。
闇に沈む離宮を背に、ライラの小さな決意が、静かに熱を帯びていくのだった。