「ふぁあー。もう朝? ライラ、あなたも早く起きなさい」
窓から差し込む朝日が、寝台の天蓋をやわらかく照らしている。離宮から少し離れた外の演習場からは、城を守る兵士たちの声が規則正しく響いてきた。金属がぶつかり合う乾いた音。砂を蹴って駆ける足音。それは、この王宮で過ごす朝の風物詩とも言える音だった。
「んーーーぅ〜」
ミルネシアはあくび混じりにゆっくりと身を起こし、大きく伸びをする。織りの良い寝間着の袖が肩から滑り落ち、白い肌が朝日を浴びて輝いた。
「……もう、ぐっすり寝過ぎじゃない? まさか昨日、夜更かししてたんじゃないでしょうね」
半ば呆れたように眉をひそめながら、隣で眠る幼馴染の顔を覗き込む。長い睫毛、寝乱れた髪、そして穏やかな寝息——どれをとっても絵になるような寝顔だった。
「……綺麗な顔。ずるいわね、こういう時だけは」
ミルネシアは小さく笑いながら、ぷすぷすと指で頬を突き始めた。右、左、ちょんちょんとつついても、ライラはぴくりとも動かない。思わずもう一度強めにつついてみると、ようやく彼女がみじろぎをした。
「うぅん……ミル、もう少しだけ寝かせて……お布団さんが離してくれるまで」
「ええ〜、駄目よ。お寝坊さんはお仕置きしなきゃ。お布団さんも嫌がってるわよ。それっ!!」
「んやぁぁー! ミル、やめてよー!」
ふたりのじゃれあいの声が寝室に響く。
いたずらっぽく眉を上げ、今度は掛け布団を勢いよく引き剥がす。だがそのとき、ミルネシアはふと、ライラの目の下にうっすらと浮かぶ隈に気づいた。
「あれ? ……ほんとに、寝不足? もしかして、久しぶりに一緒に寝たから間違って抱き枕にしちゃってた?」
少し申し訳なさそうに呟いたものの、ライラからの反応はなく、代わりに小さな寝言のような声が漏れる。
「むにゃ……」
それを聞いて、ミルネシアは小さく首を振った。
「まさか、ね。昨日は特に何もなかったし……寝苦しかったのかしら」
何かに抱きついていた感触は確かに覚えている。けれど、それがライラだったのか、ただの枕だったのかは判然としない。思い出そうとしても、記憶は朝の霧のように曖昧で、掴もうとすればするほど指の間から零れていく。
つまり——
「うん! 何も覚えてないわ! でも、久しぶりにライラと一緒だったからか、私もぐっすり眠れたのよね!」
そう結論づけて、ミルネシアは思考を放棄した。朝の彼女は少しばかり抜けているのだ。
「ライラはまだ寝たいの?」
「もうちょっと……」
「しょうがないわね。ここに朝食を持ってこさせるからもう少しだけ寝てなさい」
「ありがとう……」
昨夜の事を何も知らないミルネシアは、何か悪い夢でも見たのだろうと結論づけた。まさか、ライラが夜の王宮に潜り込み、命がけで文書庫を漁っていたなどとは、思いもよらない。
「ぐぅ……」
ミルネシアの視線の先では、ライラが顔を枕に押し付けながら、再び浅い眠りへと沈んでいく。その幸せそうな寝顔を眺めながら、ミルネシアはそっと微笑んだ。
「……何も心配しなくていいわ。査問会では絶対あなたの事を守ってみせるから」
そう言い残して、ミルネシアはふわりと寝台を離れ、上機嫌な足取りで、扉のほうへ向かっていく。
ドアノブに手をかけたところで、もう一度だけ振り返る。
「ん…………」
ライラは、枕に顔をうずめたまま微かに身じろぎした。昨日の疲れが取れていないのだろう。けれど、それでもどこか満足げな寝顔だった。
静かな寝息。無防備なその姿に、ミルネシアの胸がふっと温かくなる。
「ふふ、なんだかんだで……甘えん坊なんだから」
その一言を小さく残して、彼女は静かに部屋を後にした。