(こ、これは……
声が発せられないので、寧人は心の中で自問する。
點穴術とは、人間の体表に多数存在する
攻撃だけでなく、体力の回復や解毒など、様々な効果を持つ點穴術が存在する。
その中には、
だが、ヘルガに經穴を突かれた感覚が、寧人にはなかった。
それなのに、身体が動かなくなる桎梏状態になってしまったので、寧人は驚き焦ったのだ。
寧人の動きを封じたヘルガは、攻撃を止めて、自分の右手を寧人に見せつけるように差し出す。
ヘルガの右手は、人差し指と中指を立て、残りの指を握り込んだ、
點穴を行う場合、手の型は劍指にする場合が多い。
人差し指と中指を立て、他の指は握り込んだ手の型が剣士である。
「點穴術は確かに、
そう言うと、ヘルガは劍指から拳に、手の型……
そして、動けない寧人の右前腕に、軽く拳を当てると、親指で經穴を正確に突く。
「だが、こうやって拳法に見せかけ、親指で點穴を突いて氣を流し込み、點穴術を完成させるやり方もある」
ヘルガは拳を寧人の腕から話し、手型を見せながら言い足す。
「
(拳法や掌法の間に、拇指突を紛れ込ませて、桎梏點穴術を完成させていたのか!)
寧人が察した通り、ヘルガは拳法と掌法の連続攻撃の合間に、さりげなく数発の拇指突を紛れ込ませていた。
両腕で防御したと、寧人は思っていたのだが、その時に拳法のまま拇指突を使ったヘルガに、經穴を突かれていたのである。
「そんなやり方、習ってないんだけど?」
「教えてないからな、拇指突を教えるのは、まずは劍指突を使いこなせるようになってからだ」
ちなみに、ヘルガが決めた點穴術は、桎梏點穴術の中では基本的なものであり、持続時間は短く、氣の力が自分よりかなり強い相手には、数秒しか効果を発揮しない。
經絡の氣の流れを操ることにより、解除するのも容易である。
ヘルガと話をしながらも、寧人は氣の流れを整え、桎梏點穴術の解除を進めていた。
ようやく解除が終わったので、ストレッチでもするかのような動きで、寧人は身体を解す。
「勝負あったようだね!」
突如、夢琪の大きな声が、五行修練處に響き渡る。
氣を使い、大きな声を発する、
五行修練處を囲む塀の上に腰かけ、夢琪は二人の弟子の散打を、見守っていた。
寧人の動きが止まり、慧眼鏡に寧人が桎梏點穴術を食らい、動きが封じられたという情報が表示されたので、夢琪は勝負は決したと判断したのである。
もっとも、慧眼鏡がなくとも、夢琪であれば状況は把握できたのだが。
氣により視力を強化できる夢琪からすれば、百数十メートル離れた場所からでも、身近で行われているように見ることができるので。
塀から飛び降りると、夢琪は即座に輕身功を発動し、疾風の如き速さで地を駆け、寧人とヘルガの前に姿を現す。
夢琪は半袖の旗袍に功夫服のズボンという、普段通りの格好だ。
この旗袍と功夫服のズボンを合わせた服装は、武仙服と呼ばれていて、武仙にとっての標準的な服装といえる。
ただ、武仙幫は温泉関連の仕事中を除けば、服装に関しては自由である。
功夫服の方が動き易いので、寧人のように功夫服ばかり着ている者もいれば、メイド服姿が多いヘルガや、旗袍姿が多いジーナもいる。
仕事中は接客の際に失礼にならない程度に、ちゃんとした服装をする必要があるのだが、仕事中でなければ好きにして構わないのだ。
ちなみに、寧人は黒の功夫服を好み、夢琪は様々な色の武仙服を着回していて、今日は上下共に青で揃えている。
「これで今日も、ヘルガの全勝か」
夢琪は続ける。
「氣砲と內功の多重発動を、ヘルガに禁じた制限付きでも、まだ勝負にはならないね」
夢琪の言う通り、今の散打は制限付き、いわゆるハンディ戦だったのだ。
氣砲を使用せず、複数の內功を同時に使用せずに、ヘルガは戦っていたのである。
だからこそ、輕身功と硬身功を、ヘルガは同時に使用せず、切り替えつつ使用していたのだ。
「まぁ、でも……秒殺されていた頃に比べりゃ、かなり進歩はしているといえるのかな」
寧人がヘルガ相手に散打の修行を始めた頃は、ヘルガは寧人を、ほぼ秒殺していた。
今よりも多くのハンディが、設定されていたのに。
ヘルガや夢琪を相手に、散打を始めたのは、寧人が洞天福地での修行を始めて一週間が過ぎた後から(クルサードの暦は、太陽暦と殆ど同じ)。
最初の一週間は、基本的な氣の操り方や、內功の修行に専念したのだ。
それから一カ月程、寧人はヘルガやジーナ……夢琪を相手に、散打の修行を行っている。
同じ散打であっても、夢琪やジーナの散打は、指導としての性質が強いが、ヘルガ相手の方は、試合としての性質が強い。