「戦い方が下手なのも、判断が遅かったり、動きが鈍る場面が多いのも、戦っている最中に余裕がないせいだろうし、余裕がないのは、実戦経験の少なさのせいだろう」
夢琪は寧人の問題点を、的確に指摘する。
寧人は殆ど、命のやり取りをする実戦の経験がない。
トラブルに巻き込まれていた人を助けたりする為に経験した、普通の人間相手の喧嘩レベルの戦いの経験は、少なくはない。
でも、命のやり取りをするような実戦は、死んだ時の戦いくらいしか、寧人は日本での生活で、経験していないのだ。
「こればかりは、実戦の場数を踏ませなければ、駄目か……」
「……でしょうね。実戦形式の散打とはいえ、命懸けの実戦とでは、得られる経験と自信には、差があり過ぎるものですから」
夢琪の意見に同意した上で、ヘルガは夢琪に訊ねる。
「今日の寧人の氣級は、どんなもんでした?」
「
練氣は氣を練る修行、練功は技や術を鍛える修行。
早朝が練氣の修行であり、朝食の後の午前中に練功の修行を行う。
早朝と午前中、寧人は夢琪から、練氣と練功の修業を受けていたのだ。
散打を始めたのは、午後に入ってからである。
夢琪は修行中の寧人の氣級を、常に慧眼鏡でチェックしていた。
大雑把な氣級であれば、慧眼鏡なしでも、夢琪には察せられるのだが、より正確な寧人の氣級が知りたかったので、慧眼鏡を使っているのだ。
「散打になると氣級が大きく落ちるのも、戦い慣れていないせいなんでしょうね」
ヘルガの言葉に、夢琪は頷く。
練氣練功の時と、散打や実戦において、氣級に大きな差が出るのは、戦い慣れていない証拠なのだ。
練氣や練功であれば、氣を練ることや、技や術を使うことだけに集中できる。
だが、散打や実戦では、敵や状況を意識しつつ、戦い方や立ち回り方を考え、瞬時に様々な判断したりと、他にも様々なことを行いながら、氣を練り高めなければならない。
それ故、戦い慣れていない者程、散打や実戦になると、練氣や練功の時よりも、氣級……氣の力が落ちてしまう傾向がある。
寧人は明らかに、その状況に陥っているのだ。
「そろそろ、実戦の方を解禁したらどうでしょう?」
ヘルガは夢琪に、そう持ち掛ける。
「寧人は未熟とはいえ、散打においても氣級は二千に届き、実戦に耐えるだけの技と術は習得しています。実戦を積ませ始めるのに、十分な基礎は固まったと思うのですが」
洞天福地における武仙としての修行は、アガルタにおける実戦がセットになっている。
氣の力を引き上げ、技と術を習得し、基本的な実力を引き上げるのが、洞天福地での修行。
その修行で得た力と技術を使って、実戦経験を積むのが、アガルタでの修行。
洞天福地とアガルタ、そのどちらでも修行を積んでこそ、本当の意味で戦える力を身につけられるのだ。
寧人は日本において、余り修行もせず、命の危険があるような実戦経験に至っては、殆ど経験してこなかった。
それ故、夢琪は寧人を実力不足だと判断し、当分の間は洞天福地での修行に専念させることを決めていた。
いくら実戦経験が、実力を引き上げるのに有効であっても、アガルタで実戦を経験させるには、寧人の実力では早過ぎると、夢琪は考えたのである。
結果、洞天福地で一カ月と少しが過ぎた現在、寧人の氣級と、震天動地の技や術の実力は、順調過ぎる程に上昇した。
むしろ、実戦経験の不足を原因とした、戦い方の下手さの方が問題だと、夢琪やヘルガが感じる状態になってしまったのだ。
「そうだね、そろそろ頃合か……」
夢琪もヘルガ同様に、寧人に実戦経験を積ませ始める段階に来たと、考えていたのだ。
明確な基準がある訳ではないのだが、洞天福地で武仙の修行を始めた新人は、氣級が安定的に二千に達し、ある程度以上の技と術を習得することができた辺りで、アガルタで実戦経験を積み始める場合が多いので。
ヘルガやジーナも、洞天福地で新人として修行を始めた頃、今の寧人と同程度の実力を身につけてから、アガルタでの実戦を始めていた。
とあるトラブルに巻き込まれたせいで、六年程前からヘルガやジーナだけでなく、武仙幫の者達は、「サウダーデのアガルタ」からは遠ざかっていたのだが。
ちなみに、これは夢琪の指導の方向性であり、仲間の仙女の中には、夢琪とは対照的な方向性の者もいる。
さっさと実戦に放り込んで、実戦経験を積ませまくるべきだという方向性の者も。
ただ、弟子の指導を主に行うのは、武仙幫のリーダーといえる幫主であり、洞天福地に滞在している場合が多い夢琪である。
故に、これまでの弟子は皆、基本的には夢琪の指導方針通りの指導を受けている。
ただし、現在は不在の他の仙女達も一応は武仙幫で師範を務めているので、夢琪とは方向性が違う形で、弟子を鍛えたりするのだが。
「……明日から、寧人のアガルタでの実戦を、解禁することにしよう」
夢琪は決断を下す。
(とうとう、実戦か!)
寧人は緊張と恐れで、全身の毛が逆立つような気がした。
散打とは違い、本当に死ぬ可能性がある実戦が、修行に組み込まれるのだから、数少ない実戦の結果、一度は死んでいる寧人の場合、恐れるのは当然だ。
「怖いのかい?」
夢琪は鋭敏に、寧人が恐れたのを察する。
慧眼鏡を使わずとも、その程度は夢琪の場合、雰囲気で察せられる。