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第33話 あの時、ああしておけばよかった……みたいな後悔は、しないようにね

「梁師は、その……寧人とジー姐のことを、知ってたんですか?」


 一応、確認の為に問いかけたヘルガに、夢琪は答える。


「紅囍館で飲んでた時に、モリグナの子達を相手に、話していたからね。あの子も酒が入って、口が軽くなったんだろう」


「……一応、ジー姐と寧人は、姉弟も同然の関係なのに、その……マズいのでは?」


 恥ずかし気に頬を染め、ヘルガは夢琪に問いかける。


「遠い昔は、そんな掟もあった気がするが、掟ごと滅んでしまった訳だし、姉弟同然とはいえ、血がつながっている訳じゃないんだ、構わないよ」


 夢琪の返答を聞いて、ヘルガは複雑な表情を浮かべる。


「ヘルガも興味があるのなら、遠慮しないで経験しておくがいいさ。レヴァナントの女の相手ができる男は、滅多に現れないんだから」


 レヴァナントの女性が性的な関係を持てる男性は、この世に滅多に現れない、レヴァナントか仙人だけ。

 屍解仙である寧人は、その滅多に現れない男性なのである。


「まぁ、レヴァナントの女だけでなく、武仙幇の仙女も同じだけどね。相手をできる男が、滅多に現れないのは」


「梁師も、興味あるんですか?」


 意外そうに、ヘルガは訊ねる。


「興味がないといえば、嘘になるね。経験がないことには、そりゃ興味があるさ……どんなものなのか知りたいから」


 遠い過去を振り返り、夢琪は懐かし気な表情を浮かべる。


「何せ、あたし達……機天仙きてんせんが、その手のことに興味が湧いた年頃には、相手にできる男の仙人が、最終戦争で全滅してしまっていて、経験しようがなかったんだし」


 機天仙である夢琪達……武仙幫の仙女には、屍解仙である寧人にはない制限が、存在する。

 屍解仙には、性的な関係を持つ相手に制限がないのだが、機天仙の場合は、相手が制限されるのだ。


 機天仙が性的な関係を持てる異性は、仙人に限られる。

 つまり、仙女なら男性の仙人しか、男性の仙人は仙女としか、異性との性的関係を持てないのである。


 この制限は、異性間の性的関係にのみ存在するので、同性相手であれば、人間やレヴァナントと関係を持っても問題はない。

 実はレヴァナントも同様であり、同性相手の場合は制限がない。


 それ故、夢琪などの仙女達は若い頃、仙女同士で関係を持ったりしていたこともある。

 ジーナも親しい人間の女性の友人に頼み、性的な欲望を解消する相手に、なってもらったりする場合もあるのだ。


 ヘルガは生真面目なタイプなので、そういった類の話を、余り他の者としない為、その辺りの事情には疎い。

 今回は寧人とジーナの関係が気になったので、自分から話を持ち出したのだが、これは珍しいことなのである。


「いや、でも……興味本位で、できることではないですし……」


 納得がいかない様子で、ヘルガは続ける。


「超人詛咒のせいで、自身の意志とは無関係に、誘いに応じるしかない寧人を、興味本位で誘うというのは、よくないことだと思います」


「ヘルガも、さっき風呂に誘っていたじゃないか」


「あれは、普通に風呂に誘っただけで、変な意味があってのことじゃないですから! 冗談半分でもあったし!」


「分かってるよ、もしも……性的な意味合いで誘っていたのなら、寧人には断れないからね。断れたってことは、お前の言葉通りなんだろう」


 夢琪の言葉に、ヘルガは少し恥ずかし気に頷く。


「まぁ、でも……性的な意味合いで誘うのは、むしろ寧人の為になるくらいなんだけどねぇ」


 意外なことを夢琪が言いだしたので、ヘルガは驚きの表情を浮かべ、問いかける。


「え、どういうことです?」


「超人詛咒は、過ぎた力を得る代償みたいなものでね、むしろ……適度に発動させてやるくらいの方が、暴走し難くなっていいんだよ」


「そ、そうなんですか……」


 知らない話だったので、ヘルガは驚く。

 ヘルガは仙人ではないし、身体に取り込んでいる陰陽寶珠も、超人詛咒が殆どないタイプである。


 そのせいもあり、ヘルガは超人詛咒に悩まされることがない。

 故に、超人詛咒にあまり興味がなかった為、詳しいことは知らないのだ。


 ヘルガも假面武仙にはなれるのだが、超人詛咒が殆ど問題にならない程度に軽度なのは、取り込んでいる陰陽寶珠が、最新型の柒式しちしきだから。

 最終戦争の後、夢琪が研究開発を重ねた結果、作り出したのが柒式である。


 柒式の陰陽寶珠は、基本性能こそ零式や壹式に劣るのだが、殆ど気にする必要がない程に、超人詛咒が軽減されている。

 しかも、身体に取り込んだら、取り出せなくなる過去のタイプとは違い、自在に体内から出し入れすることもできるのだ。


 時折、夢琪は今でも、ヘルガやジーナから柒式の陰陽寶珠を取り出し、改良を続けている。

 故に、零式や壹式に劣っている基本性能も、徐々に向上し続けている。


「……そういう訳だから、ヘルガも興味があるなら、遠慮は不要だ。相手になる女の数は、多い方がいいだろうから、寧人の為にもなると思って、好きにすればいいさ」


 色々と思うところがあり、微妙な表情で思案するヘルガに、夢琪は語りかける。


「寧人は何時かは、元の世界に帰ってしまうんだ。思い出は沢山作っておいた方が……いいと思わないか?」


「それは……そうかもしれませんけど」


 ヘルガは逡巡し、言い淀む。


「あの時、ああしておけばよかった……みたいな後悔は、しないようにね」


 そう助言すると、夢琪はヘルガに抱拳禮を行い、抱拳禮の返礼を受ける。

 夢琪は輕身功を発動し、西南西に向かって走り出す。


 輕身功を使った夢琪は、余りにも速いので、普通の人からすると、風を巻き起こして消え去ったかのように見えてしまう。

 ヘルガは見慣れているので、西南西の遥か遠くに、小さく見える夢琪の姿を、視認できていた。


 複雑な表情を浮かべ、物思いに耽りながら、ヘルガも輕身功を発動すると、西北西に向かって駆け出す。

 八卦溫泉に向かい、汗を洗い流す為に。



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