輕身功の発動中は、壁や水面を走ったりできるだけでなく、天井に立ったり、天井を歩いたり走ったりもできるのだ。
寧人は天井でしゃがみ込むという、普通なら有り得ない動きを見せると、靴の甲に印されている太極図に、右手で触れる。
続いて、寧人が右手で陰陽寶珠に触れると、陰陽寶珠が、白い氣の光を放ち始める。
白い氣の光は、コスチュームの表面に記されている
陰陽寶珠の光は消えて、太極図を中心として、右足が眩いばかりの白い光を放ち始める。
強力な氣が寧人の右足に、チャージされたのである。
この一連の動作を、寧人は初めてドラゴンと戦った時とは違い、ほんの僅かの間に終えてしまう。
修行を繰り返し、短時間で予備動作を終えられるようになっていたのだ。
夢琪に言わせれば、まだまだ遅過ぎるらしい。
その程度の予備動作は、無駄を省いていけば、一瞬で終わるというのが、夢琪の言い分であり、夢琪は実際にやって見せてしまうのである。
この予備動作は、寧人にとっての最強の攻撃手段……
モリグナとゴーストドラゴンの戦闘を目にして、自分の攻撃手段の中で、ゴーストドラゴンを短時間で倒し得るのは、切り札の爆裂踢だけだと、寧人は判断したのである。
予備動作を終えた寧人は天井を蹴ると、ゴーストドラゴンの首の辺りを目指して、真下に向かってジャンプする。
まだ寧人を見付けられないゴーストドラゴンの首の上に、寧人は一瞬で辿り着く。
そのまま右足先で、踏みつけるようにゴーストドラゴンの首を蹴りながら、寧人は鋭い声を発する。
「
直後、ジェット噴射の如き轟音を発しつつ、右足先の裏にある太極図から、白く光り輝く膨大な氣が、ドラゴンの首に向けて噴射される。
日本でドラゴン相手の使ったのと同じ
声を発せずとも、心で思うだけで爆裂踢は放てる。
だが、声を発した方が、成功率が高い……気がするので、寧人は日本で放った時と同様に、声を発したのである。
だが、威力は日本で放った時とは、桁が違う。
陰陽寶珠を使い、假面武仙となった時の能力は、変身前の実力に比例する。
仙人となり、洞天福地での修行を続けた、今の寧人の実力は、日本にいた時と比べ、低く見積もっても数十倍には高まっている。
当然、爆裂踢の威力も、桁違いの高威力になっているのだ。
しかも、ドラゴンの倒し方を知らなかった、日本での戦いの時とは違い、今の寧人はドラゴンの倒し方を知っている。
ゴーストドラゴンとはいえ、基本的には倒し方は同じなので、その倒し方は有効といえる。
寧人の爆裂踢がゼロ距離で放った氣の噴射は、ゴーストドラゴンの首に大穴を開ける。
更に、暴れ回る氣の奔流が、穴の周囲の部分を崩壊させ、結果としてゴーストドラゴンの首は、切断された状態になる。
さらに、胴体から切り放された、ゴーストドラゴンの頭部は、落下途中に爆裂踢の氣の奔流に飲み込まれる。
首と同様に、頭部までもが氣の奔流に崩されていき、頭蓋骨の残骸だけを残して崩壊する。
首と頭部を破壊した氣は、地面に辿り着いて大穴を開け、ゴーストドラゴンの足元を崩す。
更に、ゴーストドラゴンの両前脚も、氣の奔流に巻き込まれて崩壊する。
結果として、ゴーストドラゴンは体勢を崩し、前のめりに倒れ込む。
ゴーストドラゴンは転倒し、地面を地震のように揺らすと、そのまま二度と動かなくなる。
首を切断されたり、頭部を破壊されてしまうと、再生も不可能になるので、ドラゴンは倒されたことになる。
つまり、寧人はゴーストドラゴンを、倒したのである。
ゴーストドラゴンを一撃必殺の爆裂踢で倒した寧人は、氣を噴射した反動で、宙高く舞い上がる。
そして、ゴーストドラゴンから五十メートル程離れた辺りに、寧人は着地する。
「何とか倒せたみたいだな……」
首を切断するだけでなく、頭部や前脚まで破壊された、ゴーストドラゴンの残骸を眺めながら、寧人は勝利を確信する。
モリグナ達を助けられただろうことを、寧人は喜び安堵する。
だが、ゴーストドラゴンの残骸を眺めていた、寧人の全身から、力が抜け始める。
寧人は膝をつきそうになるが、何とか堪え……立ち続ける。
「
そう呟いた直後、寧人の身体は閃光に包まれる。
そして、すぐに光は消え去り、黒い功夫服姿の寧人が姿を現す。
變身が解除され、寧人は假面武仙……インヤンマスクとしての姿から、元の姿に戻ってしまったのだ。
凄まじい疲労感に襲われながら、寧人は口惜し気に愚痴る。
「まだ、まともに陰陽寶珠を使いこなせてないんだな、俺は……」
修行で何回も経験したことなので、自分に何が起こったのか、寧人には分かる。寧人は消氣衰に、陥ってしまったのだ。