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第75話 ほんと、俺は……詰めが甘いな

 陰陽寶珠を使いこなせない段階の者が、假面武仙となって戦い、氣を消耗し過ぎてしまうと、経絡がトラブルを起こし、まともに氣を操れなくなる、消氣衰状態に陥ってしまう。

 消氣衰になると、氣がまともに操れなくなるだけでなく、身体の動きも鈍ってしまう。


 人間の通常の動作も、実は氣や經絡の影響を受けている。

 故に、完全に動けなくなる訳ではないのだが、かなり動きが鈍ってしまうのだ。


 氣級が足りない者が、陰陽寶珠を使って假面武仙となり、氣を使い過ぎてしまうと、確実に消氣衰に陥ることになる。

 寧人の場合は、太極絕招である爆裂踢使うと、かなりの確率で消氣衰に陥ってしまい、變身も解除されてしまうのである。


 寧人は假面武仙となった状態での修行も、洞天福地で行っている。

 故に、太極絕招を使えば高確率で消氣衰を起こすことは、寧人だけでなく指導していた夢琪にも分かっていた。


 しかも、洞天福地の修行において、假面武仙となった寧人が、太極絕招を使わずに済む場面で使っては、消氣衰になる場面を、夢琪は何回か目にしていた。

 假面武仙となった寧人は、安易に太極絕招に頼りがちなことを、夢琪は知っていたのだ。


 故に、まだ未熟な寧人の場合、陰陽寶珠を使い假面武仙となれば、消氣衰を起こす可能性が高いと、夢琪は考えている。

 アガルタの中で消氣衰になるのは、自殺行為といえるので、夢琪は寧人にアガルタでの陰陽寶珠の使用を禁じていたのだ。


 今現在の寧人の実力であれば、第六階層までに出現するようなガーディアンであれば、假面武仙になる必要はないと、夢琪は考えている。

 故に、夢琪は寧人を第六階層までという制限付きで、アガルタに潜らせたのである。


 滅多なことで出現しないゴーストドラゴンのことは、夢琪は今回は想定していなかった。

 可能性を無視しても構わない程度に、確率が低いことが起こってしまったのである。


 結局、想定されていなかったゴーストドラゴンの出現のせいで、寧人は陰陽寶珠を使い假面武仙となり、消氣衰状態に陥ってしまった。

 そして、消氣衰になった寧人は、突如……爆発音を耳にしたかと思うと、左斜め前から何かが飛んできたのを視認する。


 普段なら、余裕で回避できるのだが、消氣衰になってしまった今の寧人に、それは不可能。

 氣も使えないので、硬身功どころか氣膜による防御もできないし、身体の動き自体も鈍っているので、回避もできないのだ。


 飛来してきた何かを、寧人は左脇腹に、完全に食らってしまう。

 強力なボディーブローを食らったかのような激痛を覚え、寧人は呼吸すらできなくなる。


 大量の赤い血が、寧人の目に映る。寧人の身体は、血の色で真っ赤に染まる。


(……何だ? これ?)


 寧人は足下に落下した、自分に衝突した物が何かを確認する。

 血塗れの白い塊は、大きな生き物の骨のように、寧人には思えた。


(骨? あ、そういえば……)


 薄れ行く意識の中、夢琪から聞いていた、ゴーストドラゴンを倒した後、気を付けなければならないことについての話を、寧人は思い出す。

 そして、ゴーストドラゴンとの戦いに気をとられ過ぎて、夢琪から聞いていた話を、すっかり忘却していたのを、寧人は今になって自覚する。


 モリグナがゴーストドラゴンを倒した後、すぐさまティルダがゴーストドラゴンの残骸を、防御結界で包み込んでいた。

 あの防御結界は、夢琪が話していたことに対処する為のものだったのだ。


 ゴーストドラゴンを何回も倒した経験があるモリグナは、倒した後の対処が行える程度に、余裕があった。

 余裕がなかった寧人とは違って。


 モリグナも寧人も、ゴーストドラゴンを倒すことができた。

 でも、冒険者としての経験値に、モリグナと寧人では差が有り過ぎた。


 冒険者としての経験値の差が、ゴーストドラゴンを倒した後に、明確になる形になったといえる。


(ほんと、俺は……詰めが甘いな)


 自分の間抜けさに呆れながら、その場に崩れ落ち、血溜まりの上で寧人は仰向けに倒れる。

 青空のような天井が、寧人の目に映る。


「寧人君!」


「大丈夫か、寧人!」


 自分の名を呼ぶ誰かの声を聞きつつ、青空にも似た天井を見上げたまま、意識は急激に遠ざかり、寧人は意識を失ってしまう。



   ♢     ♢     ♢



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