アガルタイズを利用した照明が、柔らかな光で、室内を照らしている。
かなり広めの部屋なのだが、本棚と本に埋め尽くされているので、寧人は狭苦しく感じてしまう。
夕食の後、整理整頓が苦手な店主が経営する、古本屋に似た雰囲気の夢琪の書斎に、寧人はいた。
夢琪から座学を学ぶ時、資料が多い書斎を使う場合が多いのだ。
大きな机の前に、椅子を二つ並べ、勉強の出来る友人に、図書館で勉強を教わるかのように、寧人は夢琪から学んでいた。
学んでいるのは、ゴーストドラゴン……武仙幇では、鬼龍と呼ばれている、モンスターについてである。
「……まぁ、基本的には……レヴァナント同様、滅多に出現するモンスターではないんだがね」
鬼龍に関する、詳細でリアルな挿絵が描かれた本を、机の上に開いた状態で、夢琪は寧人に説明する。
「人であれ龍であれ、死んだ者が蘇るなんてことが、頻繁に起こってしまったら、この世の
目の前にいる寧人が、その甦った一人であるのを思い出し、夢琪は短く言い足す。
「まぁ、稀にならば問題はないんだ……稀にであれば」
夢琪に気を遣わせたのを察し、寧人は意図して、すぐに話を進めることにする。
鬼龍、ゴーストドラゴンに関する話の中に、少し気になる点があったので、訊いてみることにしたのだ。
「基本的には……って言い方だと、基本的じゃない出現の仕方があるって言ってるようにも、受け取れるんだけど。基本的じゃない出現の仕方があったりするの?」
「……ああ、大地を流れる氣が、偶然に発生させてしまうのではなく、故意に発生させられる場合があるんだ」
「故意に? そんなことができるんですか?」
驚きの声を上げる寧人の問いに、夢琪は頷く。
「クルサードに存在する、幾つかの術の流派が、死者をモンスター化することにより、蘇生し……制御する術を保有している」
寧人の頭に、二人の師姐の存在が浮かぶ。
二人の師姐は自然にレヴァナント化したのだが、その上で夢琪の術により、暴走を抑えられているという話を、本人達から聞いていたのだ。
レヴァナントは通常、人としての意識を失い、人を襲うモンスター……妖魔である。
そんなレヴァナントであるジーナとヘルガが、生前の記憶と意識を持ったまま、生き続けていられるのは、夢琪の仙術のお陰なのである。
レヴァナントが蘇り生きているのか、それとも死んだまま死体として動き続けているのか、クルサードでは意見が分かれている。
ただ、武仙幇はレヴァナントは蘇り生きている存在だと判断していて、武仙幇に判断を仰いだクルサードも、同様の立場を取っている。
「武仙幇の仙術にも、そういうのがあるんですよね?」
「ああ、死者を蘇らせ、制御する術がね……蘇らせる術の方は、屍解を除いて禁術なんだが」
レヴァナントなどによる害を抑え込む為、蘇った死者を制御する術の方は、禁術扱いではないのだ。
人を仙人にする術も禁術にはならないので、屍解仙を作り出す術も禁術ではない。
「うちに限らず、どこの流派も、死者を蘇らせる術の方は禁術扱いなんだが、どこかの術が流出して、馬鹿な連中に利用されているみたいなんでね……」
深刻な面持ちで、夢琪は続ける。
「時々、死んだ龍を、故意に術で蘇らせる形で発生させられたと思われる、鬼龍が出現するのさ」
「利用って……一体、何に?」
「鬼龍を武器にする為に、術を利用するんだ。まぁ、うちとは違って術の完成度が低いのか、まともに制御をできず、暴走させて終わることが多いようだが」
「この世界を滅ぼしかけた連中を、まともに制御もできないのに、復活させて武器にしようとか……確かに馬鹿な連中ですね」
「武器にするだけの連中なんざ、馬鹿さでいえば可愛いもんさ。鬼龍を武器にした上で、もっと下らない真似をしようとしてる連中に比べれば」
夢琪は言い足す。
「しかも、そいつらの術の完成度は、低くはないからね」
「もっと下らない真似をしようとしてる連中って?」
「龍共の軍門に下り、龍人になろうとしている連中がいるんだ」
寧人の表情が、苦々し気に歪む。龍人に殺された過去がある寧人の中で、形容しがたい不快感が湧き上がったのだ。
「そういう連中のことを、うちでは
「自分達の世界が、龍共に滅ぼされそうになったってのに、龍共の側に回ろうだなんて、どうかしてるな、そいつら」
「滅ぼされる側にいるより、滅ぼす側に回りたがる連中がいるんだよ」
寧人同様に、不愉快そうな口調で、夢琪は続ける。
「龍人となれば、人を遥かに超える力と、永遠の命を得られると言われている。それに惹かれる人間も多いんだろう」
「人の命を踏み
龍人に命を踏み躙られた本人である、寧人の語気は強い。
「人を超える力は、人を踏み躙る為にではなく、人を助ける為に使うべきなんだ」
そう言い切った寧人を見て、夢琪は驚く。
そして嬉しそうに微笑みつつ、感慨深げに呟く。
「弾も同じようなことを言っていたよ、血筋なのかねぇ……」
夢琪の言葉聞いて、寧人は嬉しさと恥ずかしさの両方を感じる。
偉大なスーパーヒーローであった弾と自分に、共通点があることが、寧人は嬉しかったのだ。