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第87話 じゃあ、寧人はいつか……元の世界に帰るつもりなんだ

「何で寧人が、ドラゴンと戦う為の力なんて、持ってるの?」


 シェイラが疑問の声を上げた後、何かを思い出した風な表情を浮かべたティルダが、口を開く。


「寧人とドラゴンっていえば、寧人って前に……変なこと言ってたよね」


 洞天福地に現れた日、紅囍館で寧人が言っていたことを、記憶の中から呼び起こしつつ、ティルダは続ける。


「確か、洞天福地に来る前、ドラゴンと戦った後、ドラゴンと一緒にいた妙な奴に殺された……みたいなことを」


「そう言えば、言ってたね……そんなこと」


 ティルダの話を聞いて、その時の話をシェイラも思い出したのだ。


「でも、ドラゴンなんて、もうずっと現れていないだろ。寧人がドラゴンと、戦っていた筈がないじゃないか」


 その話を寧人がした時、ヘルガが言ったのと同様の発言を、バネッサは口にする。

 三人は当時の寧人の話は、出任せの嘘だと思っていたのだ。


「あの時、寧人は他にも変なこと言ってたんだ。クルサードやサウダーデを知らない……みたいなことを」


 ティルダの言ったことを、バネッサとシェイラも覚えていた。


「寧人って知り合った頃、常識みたいなことを、結構知らなかったりしたの……覚えてる?」


 バネッサとシェイラは、顔を見合わせて頷き合う。

 二人共、覚えがあったのだ。


 洞天福地に来たばかりの頃、寧人はクルサードに関する常識が欠けていた。

 そのせいで、モリグナの三人と、話の意味が通じないことが、結構あったのである。


「フゴメスクやボラデアセも知らなかったな、最初の頃は」


 紅囍館の飲食スペースのカウンターで話した時、寧人がフゴメスクやボラデアセを知らなかったのを、バネッサは思い出した。

 クルサードの人間であれば、飲み物のフゴメスクや、食べ物であるボラデアセは、誰もが知っている程の存在なのだ。


「別の国にある遠くの町から来たんで、この辺りのことはよく知らないって言ってたけど、確かに知らないことが多過ぎだったよね、最初の頃の寧人くん」


「昔……聖術の学校の後輩に、最初の頃の寧人みたいに、常識がない子がいたのよ」


 十年以上昔のことを思い出しつつ、ティルダは続ける。


「学校の先生が言うには、その子はクルサードに来たばかりの異世界人だから、知らないことが多かったんだって」


 クルサードには時折、何らかの理由で、異世界から人が流されてきてしまう。

 流されてきた人は、異世界人と呼ばれている。


 異世界人にクルサードの言語を習得させる、聖術が存在するお陰で、異世界人が言語に困ることはない。

 だが、言語は習得できても、常識は聖術では習得できないので、異世界人は流されてきたばかりの頃は、常識がない状態になりがちなのだ。


 寧人の場合は聖術ではなく、陰陽寶珠に仕掛けられた仙術により、サウダーデの言語を完全に操れるようになっている。

 こちらにも常識を習得させる能力はないので、来たばかりの頃の寧人には、クルサードやサウダーデにおける常識がなかったのである。


「……その子のように、もしも寧人が異世界人だから、常識がなかったんだとすると、ドラゴンと戦ったことがあるって話も、嘘にはならないんじゃない?」


「つまり、寧人くんは……ドラゴンに襲われている異世界から来た、異世界人って言いたいの?」


 訊き返したシェイラに、ティルダは頷く。


「いい読みをしているね」


 話を聞いていた夢琪は、寧人が異世界人だと推測できたティルダに感心する。


「その通りさ、寧人は龍共に襲われている世界から流されてきた、異世界人だよ」


 夢琪の言葉を聞いて、モリグナの三人は驚き、顔を見合わせる。

 どう反応したらいいのか、分からないという感じで。


「自分の世界に帰って、龍共を倒す為、寧人は今……武仙幇で修行を続けているんだ。假面武仙としての力を使いこなせるようになれば、龍共を倒せるからね」


「じゃあ、寧人はいつか……元の世界に帰るつもりなんだ」


 ショックを受けたのか、やや力のない口調で、バネッサは呟く。


「え? でも……異世界人が元の世界に帰る方法なんて、あるの?」


 浮かんだ疑問を、シェイラは夢琪にぶつける。


「寧人は特殊な経緯で、この世界に来たんでね、氣と仙術の力を徹底して引き上げていけば、いつかは帰れるようになるのさ」


「そうなんだ……」


 残念そうに、シェイラは呟いた。


「まぁ、すぐに帰れる訳でもない。今の調子だと……最短でも半年は先の話さ」


 寧人が元の世界に戻ると知り、ショックを受けているモリグナの三人をなだめるように、夢琪は語り掛ける。


「寧人は才に恵まれているし、功夫も積んで……努力もしていて、上達は異常な程に速いといえる。単に假面武仙としての力を、安定的に操れるようになるだけなら、あと三か月もかからないだろう」


 夢琪は、話を続ける。


「ただ、寧人の場合……それだけでは駄目なんだ。それを遥かに上回る力を……神龍程の強力な龍を倒せる力を習得しない限り、あたしは寧人を、元の世界に帰すつもりはないんでね」


 それだけの力を得ず、寧人を日本に帰すのは、無駄死にさせるようなものだと、夢琪は思っている。


「必要なだけの力を、寧人が得るまでは、あと半年はかかる。あいつが元の世界に帰るまで、仲よくしてやってくれ」


 夢琪の言葉に、モリグナの三人は頷く。




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