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第35話 賢者の寵愛

 ファウストと契約結婚をして三週間後。


 この日、カレンは魔道具研究所へ集まった賢者たちと再会した。計画が無事に完遂したことを祝うため、一同が集まったのだ。


 魔道具研究所の一室を使い、料理や酒を並べて乾杯した直後、レイドルがファウストの肩を組んでこう言った。


「ファウストもようやく報われたな!」

「……? なんの話?」

「なにって、お前、カレンさんと結婚しただろ。それもお祝いしたかったんだよ、おめでとう!」


 魔天城の管理者であるレイドルは、賢者たちの戸籍関係の処理も担当している。そのためファウストがカレンと結婚したことを一番に知っていたのだ。


 レイドルはずっとファウストの恋路を応援していたこともあり、お祝いの言葉を伝える機会を待っていた。


「あっ、それ――」

「えええええええっ!! いつの間にそんなことになってたの!? ていうか、どうして教えてくれないのー!?」


 ファウストが契約結婚であることを伝える前に、マージョリーが雄叫びをあげる。

 そして一瞬でカレンとファウストの結婚が賢者たちに知れ渡った。


「ち、違う! この結婚は契約なんだ!」

「……は? 契約結婚てこと? お前なにやってんの?」

「まさかファウスト、カレンさんをストーカーするだけじゃ飽き足らず、巧妙に弱みに漬け込んで結婚まで迫ったなんて言わないわよね?」


 ファウストが慌てて訂正するも、リュリュとサーシャから厳しいツッコミが入る。賢者たちは一瞬、ファウストならやりかねないと思った。


 見かねたカレンがそっと割って入る。


「あの、誤解がないようにご説明しますが、ファウストは私が賢者を目指す間、望まない結婚をしなくて済むように期間限定で庇護ひご下に置いてくれたのです」

「結婚してたら、求婚されないし拒否もできる」


 セトの呟きに賢者たちの表情が引きつった。


「ちょ……お前、マジで!? もっと他に方法あるだろ!?」

「ファウストは賢いのか馬鹿なのか……」


 リュリュは切れ気味にファウストに詰め寄り、レイドルはため息まじりに呟く。サーシャは眉間に深い皺を寄せ、セトは納得したのか肉の塊を頬張っていた。


「あのね、どうしてその決断する前にわたくしに相談しなかったの? カレンさんが賢者の庇護下にいると、魔天城から通達を出すこともできるし、そもそもここで匿えば彼女の身の危険はほぼないじゃない」


 サーシャはファウストがカレンに想いを寄せるのは知っているし、こんなことをしなくてもふたりを守るためにいくらでも策を考える気持ちがある。


 貴族令嬢だったサーシャはそういった根回しも得意だし、なんなら生家の権力だって使ってもいいと思う。


「僕が、自分の手でカレンを守りたかったから……カレンが僕の妻なら、オルティス領にも手出しされる可能性は低くなるし、なにかあっても夫の僕に知らせが来るし。どんな形でも、そばにいられたらそれでよかった……」


 最後の方は力なくゴニョゴニョと話していたが、要は誰かの力を借りずに好きな女を守りたいというファウストのプライドだった。


「そうだよね〜、あんなにカレンちゃんが大好きで特別だって言ってたもんねえ〜」


 マージョリーがしみじみとこぼす。ファウストは恥ずかしそうに頬を染めて、他の賢者たちも「そうだよなー」と頷き、カレンは以前からファウストの想い人として認識されていたことを知る。


(あんなにって、どんな風に話していたの!?)


 聞いてみたいような聞きたくないような、そんな気持ちになった。

 ソワソワと落ち着かず、いい加減話題を逸らそうと立ち上がる。


「改めまして、カレン・エヴァリットと申します。このたびは賢者の皆さまのご協力をいただき、本懐を遂げることができました。本当にありがとうございました」


 カレンはそう言って、賢者たちへ深々とお辞儀した。

 するとリュリュがニカッと笑って応える。


「いいって、オレらも楽しかったし! 小鳥の手紙を見て喜んでくれたカレンちゃんがかわいかったし」

「わかる。ボクの土人形にもニコニコしてた」


 セトもほんのり頬を染めて、リュリュの言葉に続いた。いつもは無表情なので、土人形を喜んでくれたのが思いの外嬉しいようだ。


「ここの奴らは魔法を見慣れてて、うっすーい反応しか返ってこないから、新鮮だったよな」

「カレンのためなら、いつでも土人形作ってあげる」

「オレも、カレンちゃんの手紙は最優先で届けてやるよ」

「まあ、ありがとうござ――」


 カレンの言葉を遮るようにファウストが目の前にひざまずく。


「カレン。手紙の小鳥も土人形も僕が出してあげるから、他の人は頼らないで」

「えっ、でも、せっかくお気遣いいただいたのに……」

「契約とはいえ僕の妻だから、他の魔法使いを頼ってほしくない」


 金色の瞳を潤ませてファウストが懇願してきた。一途すぎる想いをぶつけられて、カレンはどうしたものかと思っている。


「あの、ファウスト。一番頼りにしているのは貴方に違いないわ。それでも、時と場合によっては……」

「カレンが僕を呼んだらいつでも駆けつけるから、そんな機会は永遠にやってこないよ」


 嬉しそうにキラキラとした笑顔で語るファウストに、カレンはもちろん、賢者たちも呆れ顔だ。


「うわー、オレたちにも嫉妬するのかよ」

「……心が狭すぎる」


 リュリュとセトの呟きを完全にスルーしたファウストは、さらにこう続ける。


「これから毎日カレンに愛を伝えるから」

「えっ」

「好きな子が妻になったんだし、僕が夫でいる間の特権だから」

「ええっ」


 確かに告白をされたが、答えを返すまでは、これまで通りファウストとの関係も変わらないものだと思い込んでいた。


「僕に愛されるのは嫌?」

「嫌……ではないけど」

「じゃあ、遠慮なく。はあ、カレンに気持ちを伝えられるだけで、僕は幸せだよ」


 うっとりして笑みを浮かべ、ファウストはカレンの手の甲に口付けを落とす。その柔らかな感触に心臓が飛び跳ねた。


 そのまま妻の手に頬擦りしながら微笑むファウストが麗しすぎて、カレンの心臓は壊れた機関車のように爆速で鼓動している。


 ファウストとの契約結婚がこんなに心臓に悪いとは、想像もしていなかった。




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