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第36話 賢者への道

「おはよう、カレン」


 朝日を浴びたファウストが、嬉しそうに微笑んでいる。彫刻のような美形がますます輝きを増し、カレンの心に突き刺さるようだ。


(ああ、顔が整った夫を持つと、朝から刺激が強すぎるわ……!)


 カレンはあくまでも平静を装い、なんでもないように挨拶を返す。


「ファウスト、おはよう」


 望まない結婚を避けるために、ファウストと契約結婚をしたのだが、夫婦となったので当然のようにふたりで暮らすことになった。


 同居人として節度ある距離を保ちつつ、契約結婚してひと月が経ち、何度も朝を迎えているのだが契約夫がキラキラしすぎてカレンの心を揺さぶっている。


(それに……ファウストが作ってくれる朝食が美味しすぎる……!!)


 本来なら屋敷を構えて使用人を雇うのだが、ミカエルが脱獄したと知らせを受けたふたりは、防犯上の理由から魔法研究所の家族寮で生活している。


 当然、使用人を雇うわけにいかないので、身の回りのことは役割分担をして自分たちでこなしていた。


 ファウストは元々、公爵家を出て何年も一人暮らしだし、カレンも聖女の仕事を通して家事能力を身に付けていたので苦労はない。


 朝食はファウストが、夕食はカレンが担当し、もう一方が食器を片付ける。掃除は週交代で、洗濯は各自でするように取り決めた。


「カレン、今日はホットサンドにしたけど、どうかな?」

「うん、この溶けたチーズが抜群に美味しいわ」

「よかった。チーズは三種類使ってバランスを取ったんだ」

「そうなの? すっごい美味しいけど、おかわりある?」

「ははっ、もちろん。すぐに用意してくるね」


 そんな平和な朝の時間を過ごし、食後のお茶を飲みながら、カレンはファウストに訊ねる。


「ねえ、賢者になるってどうすればいいの?」

「まずは向いている魔法を見極めることだね。その部門を特化させたら賢者になれるよ」

「じゃあ、全能の賢者って呼ばれるファウストはすごい存在なのね」

「そんなことないよ。ただ他にやることがなかったし……カレンがいつも励ましてくれたから」


 カレンの褒め言葉に嬉しそうに恥ずかしそうに照れるファウストが、学生時代の記憶を呼び覚ます。


 あの頃も、カレンはファウストの魔法を心のままに褒めちぎっていた。


「ふふっ、懐かしいわね」

「うん、毎日が楽しくて、図書館でカレンと魔法の話をするのはあっという間だった」

「それじゃあ、まずは私の適性を調べないと」

「あ、それなら、昨年に開発した魔道具があるんだ」


 そう言って、ファウストは自分の部屋から道具を持ってくる。「最新版だからかなり精度が高いんだ」と説明しながら、腕輪型の魔道具を手にソファーへ腰を下ろした。


「はい、ここに座って」

「え? ここって……ファウストの膝の上!?」


 ファウストの指先は自らの足を指している。いくらなんでも、そこまでする必要はないのではないかとカレンは思った。 


「うん、僕がカレンの適性を調べてあげる。この方が効率がいいから」

「そ、そう……わかったわ」


 開発者にそこまで言われたら、この魔道具の使い方を知らないカレンは反論できない。


 そっとファウストの膝の上に座ると、途端に腰に手を回されて身動きが取れなくなった。その隙にファウストは器用にカレンの手首に魔道具をつけて、起動させる。


 密着度が高い座り方に、せっかく落ち着いたカレンの心臓がまたバクバクと激しく鼓動した。


「ゆっくり深呼吸して」


 耳元で囁くファウストの声が妙に艶っぽくて、ゾクゾクとした感覚が背中を駆け上がる。


 ファウストを意識しすぎて、うまく深呼吸ができない。


(は、早く終わって〜〜〜〜!!)


 そう心の中で叫びながら、カレンは大きく息を吸って吐くのを繰り返す。


「なるほど……カレン、終わったよ」

「適性はわかった?」


 パッとファウストの膝から立ち上がり、魔道具を外して返却した。ファウストとの距離が近すぎたので、どうにも落ち着かない。


「うん、カレンは雷魔法の適性があるみたいだ」

「それは意外だわ。聖魔法は?」

「聖魔法は適性がないわけでははないけど、それなら炎魔法や風魔法の方が習得は早いと思う」


 意外な結果にカレンは感嘆する。

 聖教会にいたから聖魔法を使うことを求められてきたので、適性まで気にしたことがなかった。


「そうなのね。ここまでわかるなんてすごいわ! こんな素晴らしい魔道具を開発したなんて、ファウストは本当に頑張ったのね」

「……頑張ったご褒美がほしい」

「ご褒美? どんなもの?」


 魔道具に関する本だろうか? それとも豪華な夕食のリクエストだろうか?

 カレンは軽い気持ちでファウストに聞き返す。


「カレンが僕を抱きしめて」

「抱き……!?」


 結婚してから、ファウストはカレンとの距離をグイグイと縮めてくる。


 嫌だとは思わないが、カレンは異性と触れ合うことに免疫がなくて、恥ずかしくてたまらない。


「ほら」


 ファウストが満面の笑みで両手を伸ばしてくる。


 結局その笑顔の圧に負けて、カレンは夫をそっと抱きしめた。


「カレン、愛してる」

「あ、ありがとう……」


(うう、心臓がバクバクしてる……!)


 せっかく落ち着いた心臓が再び激しく鼓動をしはじめ、カレンは変な汗をかく。限界を迎える直前でやっとファウストから解放された。


 カレンに抱擁されてご機嫌のファウストは提案する。


「よし、じゃあ、賢者になるために魔天城で暮らそう。二週間前にミカエル・バルツァーが脱獄したこともあるし、実はずっと考えていたんだ」


  魔天城は城の入り口に魔力を流す装置が設置され、登録した人間しか入ることが許されない。


 さらにこの魔法研究所よりも数段レベルの高い結界で守られている。


 ファウストの意見はもっともなのだが、カレンにはひとつ不安要素があった。


「でも、魔天城は魔法使いじゃないと暮らせないわよね? あ、でも妻なら家族枠で暮らせるのかしら?」

「まあ、家族なら住めるけど、カレンはすでに魔導士として登録されているから、もし途中で契約結婚が終わっても問題ないよ」

「いつの間に!? というか、私が魔導士……!?」


 ミカエルの脱獄を耳にしたファウストはカレンの安全を考慮した結果、魔天城で暮らすためすぐさま手を回したのだ。


 翌週、カレンはファウストと共に、賢者が管理する魔天城へと棲家すみかを移した。




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