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第37話 魔法使いの楽園

 魔天城は空に浮く巨城だ。


 城の入り口には大きな城門があり、その両サイドに魔力を流す板状の魔道具が設置されている。


 カレンが恐る恐る魔力を流すと、紫色の淡い光が城門の幾何学模様を浮かび上がらせ、ヴーンとうなり声をあげながら開いていった。


「うわあ……! 本当に開いたわ!」


 今までの人生でかつてないほど、カレンの心はときめきとワクワクした感情で満たされる。


 装置に魔力を流したファウストも横に並び、ふたりは魔天城の中へと足を踏み入れた。


「カレン、こっちだよ。慣れるまでは、僕と離れないようにね」

「わかったわ……でも、すごいわね。あちこちで魔法が使われているわ……」


 浅葱色の小鳥たちが飛び交い、空を飛ぶ魔法使いたちの集団がいて、ところどころに水がオブジェのように流れ落ちている。聖教会や領地では見たことがない光景がカレンの眼前に広がっていた。


 通路は魔法を研究する人たちであふれ、魔法談議に花が咲いている。


 ここでは魔法で暮らしを豊かにするのは当たり前のことで、カレンが知らない魔法がまだまだたくさんあるのだと知った。


「カレン、ここは巨大な城の中でみんなが暮らしている。それぞれの部屋があって、各自で管理することになっているんだ。僕たちの部屋はこっちだよ」


 ファウストに案内されたのは寝室がふたつと、居間とキッチンがある部屋だ。


 内装はシンプルだが上品で、白い壁紙に青のカーテンやソファーが清涼感を醸し出し、とても落ち着ける空間となっている。


「賢者になるとこの部屋とは別に、専用の部屋がもらえる。僕専用の私室は今散らかっているから、綺麗にしたら案内するよ」

「そうなのね。よかったら片付けを手伝うけど?」

「ありがとう。でも、研究資料がたくさんあるから大丈夫だよ」

「わかったわ。手伝いが必要になったら、いつでも言ってね」


 そうして、ふたりの魔天城での暮らしが始まり、カレンは魔法漬けの毎日が始まった。


 賢者になるために魔法の訓練を積み、魔法について知識を深め新たな発見をしていく。


 雷魔法の習得にはファウストが全面的に協力してくれて、魔法を使うコツや魔法の種類、魔法陣に至るまで手取り足取り教えてもらっている。


 毎日毎日クタクタになっているけど、カレンの心は充実感に満たされていた。日々の役割分担はそのままで、カレンとファウストは穏やかな時間を過ごしている。


「ファウスト、今日は鶏胸肉のピカタにしたけど、どうかな?」

「うん、これすごく美味しい。また作ってほしい」

「気に入ってもらえてよかった。じゃあ、また来週作るわね」


 何度も頷きながら黙々と料理を口に運ぶファウストに、たまらず笑みがこぼれた。


「それに、ファウストのおかげで雷の上級魔法も使えるようになって、すごく嬉しいの。わかりやすく教えてくれるから、上達スピードがまるで違うわ」

「僕というより、カレンに適性があるから」

「そうかしら? 絶対に先生がいいからよ」


 相手が素晴らしいからだという意見はぶつかり合い、ふたりとも譲らない。だが、何度か繰り返したところで、ファウストがニコッと笑い切り出した。


「じゃあ、ご褒美をもらえる?」

「えっ」


 その後、前回と同じ流れになり、カレンはまたもやファウストを抱きしめることになった。




 雷魔法の習得を進めながら、カレンは空いた時間で調べ物もしている。


(巻き戻った時の過去の記憶が私とミカエル・バルツァーとで食い違っていた……あれはいったいどういうことかしら?)


 ミカエルとの会話の中で、明らかにカレンにはない記憶があった。


 前回の人生で結婚式を挙げる相手はサイラスだったし、そもそもミカエルと親しくした覚えもない。


 しかし魔天城の書庫で調べても、詳しく書かれている本がなく行き詰まっている。

 ファウストにも訊ねたが、時間の巻き戻りついてははっきりとした答えを聞けなかった。


 書庫の机に突っ伏すカレンに、のん気で明るい声が降ってきた。


「あれ、カレンちゃん。調べもの?」

「リュリュ様。ちょっと時空魔法に関して調べているんです」

「へえ、勉強熱心だな〜。それなら、賢者専用の書庫も好きに使っちゃっていいよ」

「え、でもさすがにそれは……」


 非常に魅力的なリュリュの提案だが、賢者専用の書庫ならカレンが使える場所ではない。


「ああ、それは大丈夫。他の魔法使いたちにも頼まれたら開けてるし。他の賢者にも聞いてみるから、ちょっと待って」

「ありがとうございます! それならぜひお願いしたいです……!」


 一瞬、ファウストがこの提案をしなかったことに疑問を感じる。


(でも、ファウストのことだから、きっと言わなかった理由があるわよね。それに、昨夜はボーッとしていたから仕方ないかも)


 昨日、いつもより遅く帰ってきたファウストは、カレンが話しかけてもどこか上の空だった。


 身動きひとつせず空中を見つめるファウストにどうしたのか訊ねると、『新しい魔道具の開発を始めるから忙しくなる』と返ってきたことを思い出す。


(これから忙しくなるって言っていたし、きっとそのことを考えていたのね)


 カレンは浮かんだ疑問を軽く流して、リュリュが風魔法を操り浅葱色の小鳥たちが飛び立つところを眺めていた。




     * * *




 ――コンコンコンコン。


「ファウスト、開けるわよ〜!」

「えっ、ちょ……」


 マージョリーはひとつの疑問を解消するため、ファウスト専用の賢者の私室の扉を開いた。


 扉を開くと、慌てた様子のファウストが数冊の本を抱えている。


「ちょっと、なにをそんなに慌ててるわけ?」

「……なんでもない」

「あっ、それ時空魔法の本じゃない。さてはカレンちゃんのために集めたのね」

「…………」


 つい先ほど、マージョリーにもリュリュから手紙が来て、カレンが時空魔法に関する本を探していると知ったばかりだ。


 ファウストなら即座に行動するに違いないと、マージョリーは思った。


 ところがファウストは口を固く結び、無言のまま本を机の上に乗せる。あまり嘘が得意ではないファウストは都合が悪くなると、こうして沈黙を貫くのだ。


「え? 違うの?」

「…………」


 よく見ると、他にも時空魔法に関する本があちこちに積まれていて、とてもカレンに渡すような雰囲気ではない。


「もしかして、ここに隠してるわけ? なんで? あんだけ彼女にベタ惚れしてるのに」

「大切だからこそ……知ってほしくないこともある」

「なにを考えてそう言ってるのかわかんないけど、それならカレンさんにはちゃんと説明した方がいいんじゃない?」

「……うん、そうだね。それより用件は?」


 背中を向けたファウストがどんな表情を浮かべているのかわからないが、マージョリーはここへやってきた目的を思い出した。


「……聖教会の女神像から、ファウストの魔力の波動を感じたの。心当たりはある?」

「それは……僕にもはっきりしたことはわからない」


 相変わらずファウストの感情が読めない返答が返ってくる。


 ファウストに集められた時空魔法に関する数々の本。多くを語らない全能の賢者。女神像から感じたわずかな魔力の波動。


 これらの事実を並べたら、マージョリーはある可能性に思い至った。


「ねえ、ファウスト……もしかして、究極魔法を使った?」


 時空魔法の究極型は時間操作だ。

 そもそもそんな大魔法を誰かが使ったら、確実に影響が出る。


 もし、そうだとしたら、マージョリーが最近よく見る夢もその影響を受けているのかもしれない。


「さあ、なんのこと?」


 そう言って振り返ったファウストは、いつもの優しい金色の瞳でマージョリーを見つめている。


(もしファウストが時間操作をしていたのなら、こんな風に平然としていられないか……)


 マージョリーが見る夢もただの悪夢だと言われたら、そうかもしれないと思う。結局、なんの証拠もないのでマージョリーは追及することをやめた。


「……なにかあったらすぐに言いなさいよ。黙ってたら許さないから」

「うん、ありがとう。大丈夫だよ」


 女神像の魔力については大きな問題があるわけではない。そう思ったマージョリーは、恩人である前教皇へ聖教会に復帰してほしいと手紙を書いた。




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