目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第50話 悪女を支える存在

 デートを切り上げたカレンたちは、魔天城のサーシャの私室へとやってきた。


 サーシャの私室はよく日が当たる南側の最上階にあり、淡いブルーと白を基調にして洗練された家具がセンスよく配置されている。


 白一色の花柄の壁紙が部屋を明るく見せて、爽やかなほんのり甘い香りが漂っていた。


 そんな居心地のいい部屋の雰囲気とは対照的に、三人の空気は重苦しい。


「実は……賢者の中に偽物が紛れ込んでいる可能性があるわ。おかしな行動をしている奴がいるの」


 せっかくのデートを邪魔されて腹立たしかったが、それどころではない問題が起きていた。


「本当はもう少し詳しくわかってからカレンに話したかったんだけど、ロニーがはっきりと僕に敵対してきたから、知らせておこうと思ったんだ」

「まさか、ロニー様が偽物なの……?」

「確定ではないけど、その可能性が高い」


 ファウストがロニーに対してあんな態度を取ったのには、こんな理由も隠れていたのだ。だが、賢者は魔法使いの頂点に立つ存在だ。そんな彼らを従わせたり、力を奪うようなことをできる人間がいるのだろうか。


「でも、いったい、誰がどうやって……」


 ロニーの魔力の波動を真似して魔天城に入ったのか。それに、他の魔法使いたちが闇の賢者だと認めているということは、見た目は本人そっくりということになる。


「それは今調査中よ。しかもね、ミカエル・バルツァーが魔天城に来ていて、ロニーと接触した可能性があるわ」


 カレンは聞き覚えのある名前に息を呑む。


(ミカエル・バルツァー……!? あの男が魔天城までやってきて、ロニー様と接触したの?)


「信じたくないと思うけど、この映像を見てくれる?」


 そう言うと、ファウストは映像水晶を取り出して魔力を流した。


 映像には魔天城の入り口が映し出されていて、ファウストは特定の時間まで映像を早送りしていく。


 幾人もの出入りを見送り、やがて異形の姿の男が現れた。三対の黒翼を羽ばたかせたミカエルだ。


「この映像はカレンが模擬試験を受けた2日前の映像だよ」


 ファウストの言葉で、そんなに前からミカエルがここまでやってきていたのかと衝撃を受ける。


 映像の中では、扉が開かないと理解したミカエルが魔天城へ攻撃を放ちその場から立ち去った。


(えっ、今の魔法、聖魔法じゃないわ……)


 カレンの記憶では、ミカエルは聖魔法しか使えない。ということは、脱獄してからここに来るまでの半年間に、なんらかの力を手に入れたのだ。


 そして次の映像でロニーがやってきて、誰かに呼ばれたように振り向き移動する。ロニーの姿が映像から一旦消えて、変わらぬ様子で戻ってきて魔天城へと入った。


「なにが起きているかまだはっきりしないから、カレンさんは本試験前だけどなるべくひとりの移動は避けてほしいの」

「それなら僕がそばにいるから問題ないよ」

「そう、それなら安心ね。ともかく、水面下で調査を続けるわ」

「わかりました……」


 心臓が嫌な音を立てて鼓動する。

 カレンとファウストはその足でふたりの部屋に戻った。




 ミカエルがここまで来ていた。

 その事実は想像以上にカレンを不安にさせる。


 確かにミカエルは脱獄して行方不明になっていると聞いていた。つまり自由を得て生き延び、再びカレンを追いかけてくる可能性もあった。


 でも、聖魔法のことはカレンもよく知っていて、聖魔法だけで空を飛ぶことはできない。宙に浮かぶ魔天城へは魔法使いの協力がなければ来ることはできないのだ。


 だからこの場所は大丈夫なのだと、心から安心しきっていた。その安全性が崩れて、カレンの足元が揺らぎはじめている。


(今は魔法の腕も上げたし、ここまで恐れることなんてないのに……追いかけられているかもと思ったら、身体の震えが止まらない。今すぐ逃げないと殺されるのに――)


 どこまで行っても追いかけてくるミカエルの手に、カレンは危機感にも似た恐怖を感じていた。


(え、ちょっと待って。殺されるとか、どうしてそんな風に思ったのかしら……前みたいに返り討ちにすればいいだけなのに)


 暴走気味の感情を鎮めようと、カレンはソファーの上で膝を抱える。その様子を見ていたファウストがカレンの隣に腰を下ろし声をかける。


「カレン、大丈夫? すごく震えてる」


 ファウストは恐怖に震えるカレンを優しく抱きしめた。

 愛しいひとの温もりに包まれて、震えていた身体はゆっくりと落ち着きを取り戻す。


(ファウストに抱きしめられたら、大丈夫な気がしてきたわ……)


 気が付けばファウストは、安心してよりかかれる大樹のような存在になっていた。

ファウストがいれば、どんな不安もどんな恐怖も平気だと思える。


(いつの間にか、こんなに頼りにしていたのね)


 カレンはファウストの腕の中で安心して微笑んだ。


 そして恐怖を感じつつも、この幸せを決して手離さないように心を奮い立たせる。理由のない恐れに負けたくない。カレンだってこれまで賢者になるべく魔法を極め、鍛錬を積んできたのだ。


(そうよ、私はあんな男に絶対に殺されないから。賢者になって、ファウストにプロポーズの返事をして、これからずっと一緒にいるのよ)


 カレンはファウストの腕の中で、いつもの強気な自分を取り戻す。


「ありがとう、ファウスト。もう大丈夫よ。それより……」

「ミカエル・バルツァーのことだよね。今、僕が知っている事実を話すよ」


 真剣な眼差しのファウストと、覚悟を決めたカレンの視線が絡み合った。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?