目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第51話 古の伝承

「サーシャとリュリュの調べでは、ミカエルが王城で捕まって、牢屋に入れられたのは間違いないと言っていた」


 ファウストはミカエルが捕縛されたところから話しはじめた。


 ミカエルは牢屋を破壊し脱獄した後、西へ向かって進んだらしい。なにを目的としていたのかは不明だが、その後、深淵の森を目指した形跡が残っていたそうだ。


 森の中に入って、途中までは魔力の痕跡を辿ることができた。しかし瓦礫の山でその痕跡が途絶え、そこからどこへ行ったのか不明だという。


「ミカエルの消息が絶たれた場所と、ロニーが魔神デーヴァの遺跡調査に行ったのが深淵の森だったことから、どこかでふたりの接点があったと考えられる」

「ロニー様が闇の賢者だと知られたら、ミカエルは絶対に利用するわね」


 人を駒のように扱うミカエルなら、間違いなく食いつくはずだ。散々利用した挙句、価値がなくなったら捨てるのがあの男のやり口で、メラニアとサイラスがそのいい例だろう。


「それに、他にも疑問点がある。ミカエルは聖魔法の使い手で闇魔法の適性はなかった。でも映像水晶に映った姿には三対の黒翼がついている。その後、ロニーが魔天城に入ったけど、セトが別人の魔力を感じ取っていた」


 魔天城の城門は魔力を登録した者しか開けられない。ということは、この時点でロニーの中身がミカエルになっていたことになる。


 だが、そうなると別の問題が浮上するのだ。


「魔力の波動を変えることなんてできるの?」

「通常なら無理だ。ただ、闇魔法だったら方法はある。特級魔法ソウルドレインという吸収魔法なら、あらゆるものを取り込んで闇魔法に変換することができる」


 闇魔法を極めた人間しか使えないソウルドレインは、ブラックホールのように万物を吸い込み、自分の力に変換して放つことができる特殊な魔法だ。


「でも、万が一、ミカエルがその魔法を使えたとしても、相手が人間では簡単に取り込めないわ。激しく抵抗されるし、ましてや相手は魔法の頂点に君臨する賢者だもの」

「そうだね、圧倒的な実力の差がなければ難しい。……でも魔神デーヴァのような圧倒的な存在なら?」


 古の伝承に登場する魔神デーヴァは、代償を支払う代わりにどんな願いでも叶えてくれる。


「ミカエルなら、魔神デーヴァの伝承を知っていてもおかしくないわ。現状をひっくり返したくて、その伝承に縋ったのかも……」


 古い文献には魔神デーヴァと契約する方法や遺跡について書かれているが、真偽は定かではない。


 だが、ロニーは魔神デーヴァの伝承を追って、非常に期待値が高い深淵の森へと向かった。


「もしかして、魔神デーヴァに望みを叶えてもらったミカエルが、ロニー様を取り込んだ可能性がある……?」

「うん、僕もそう思う。だから間に合うなら、本当のロニーも助けたい」


 ミカエルがロニーのふりをしているなら、本人はどこへ行ったのか。


 闇の賢者だから、そう簡単にやられることはないと思うが、窮地に陥っていることは確かだろう。


「そうね、私も本物のロニー様に会ってみたいわ」

「賢者がひとり増えたと聞いたら驚くかもしれないけど」

「まだ合格できるかわからないのよ。それに、しばらく寝込んで訓練もできなかったし」

「カレンなら大丈夫だよ。僕が保証する」


 いつものように優しく微笑むファウストに、カレンは励まされて自信が湧いてきた。賢者の本試験を六日後に控えて気合が入る。


「でも、魔神デーヴァとの契約が解除できれば、全部解決しそうよね」

「うん、僕は他の賢者たちにも協力してもらって、その方法がないか調べてみるよ」

「それなら、私も手伝うわ。今日はもうデートに戻る気分じゃないし、まだ寝るまでは時間があるもの」


 スイスイと話が進んで、カレンとファウストは賢者専用の図書室へと向かった。




 賢者しか使えない図書室には禁書と呼ばれるものも置かれていて、触れるだけで呪われるような危険な書物も存在する。


 危険な書物がある区画に制限をかければ心配がないため、賢者は頼まれれば一般の魔法使いたちにも解放してきた。


 床から天井までびっちりと並べられた本の壁は圧巻だ。天井から差し込む光が埃に反射して、キラキラと輝いて見える。


「前も来たけれど、その景色はいつ見ても壮観ね」

「世界中で一番、魔法の本が集まっているから」


 ファウストはいつかのように魔法で本を手繰り寄せ、十冊ほど机に乗せた。


「まずはこれから調べてみよう」

「そうね。じゃあ、私はこの本から読んでみるわ」


 花びらが落ちる音も聞こえそうな静寂の中、カレンはファウストとふたりきりで本を読み込んでいく。


 ページを捲る音がやけに大きく聞こえて、カレンは時折ファウストにチラッと視線を向けた。


 伏せられた長いまつ毛が陰影を作り、ファウストの彫刻のような顔立ちに見惚れてしまう。


 艶やかな髪には光が降り注ぎ、濃紫から黒へのグラデーションが美しい。

 太陽みたいな金色の瞳が隠れてしまって、残念な気持ちになってしまった。


(いけない、ファウストに見惚れている場合じゃないわ……)


 カレンがハッと我に返り視線を落とすと、今度はファウストがカレンを切なげに見つめる。


(こうしてカレンと一緒に図書室に来られるのは、これが最後かもしれないな……)


 机の下で、思うように動かない義足に魔力を流し込むファウストの金色の瞳には、絶望と哀惜が浮かんでいた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?