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第53話 苛立つ賢者

 魔天城の地下にある魔法訓練場では、幾人もの魔法使いたちがさまざまな魔法を使っている。


 賢者の本試験を三日後に控え、ロニーは目当ての人物がここにいると予想してやってきた。


 魔法訓練場の奥に目当ての人物を見つけると、足早に駆け寄る。


「カレ――」


 ところが、声をかけようとしたところで目の前に土壁が現れ、ロニーはその場で足を止めた。


「セト。土壁を解除してくれ、カレンさんと話がしたいんだ」

「それは無理。カレンの雷魔法の訓練に必須だから」


 壁の向こうからそう言われて、ロニーは闇魔法を使って影の中を移動しようと考える。


 しかし、土壁のこちら側ではマージョリーが光魔法の使い手たちの指導をしていて、まばゆい光が飛び交い影がない。


 影ができたとしても一瞬で、すぐに他の魔法使いが光魔法を放つのでロニーは闇魔法を使うことができなかった。


「マージョリー、一旦訓練を止めてくれないか。土壁の向こうに行きたいんだ」

「はあ? 嫌よ。それにカレンちゃんだって訓練中なんだから邪魔しちゃダメでしょ」

「でも……」

「ほら、ファウストも来たからあきらめなさい」


 マージョリーの言葉で練習場の入り口を見ると、濃紫のローブを羽織った黒髪の男が入ってくる。


 魔導士が失敗した上位魔法を片手でサッと打ち消して、土壁を操り向こう側へと行ってしまった。


「なんでファウストはよくて、自分は行けないんだ……!」

「ファウストはカレンちゃんの夫だからに決まってるでしょう。あんた馬鹿なの?」

「なっ、馬鹿とは失礼ではないか!」


 マージョリーに馬鹿にされて、ロニーは思わず素で返す。こんな女に見下されて黙ってなんていられない。


「馬鹿に馬鹿と言ってなにが悪いのよ。それに、あんたいつからそんな話し方になったわけ? わたしとも平気で話してるし、頭でもぶつけたの?」


 マージョリーの冷ややかな突っ込みに、ロニーは言葉が詰まる。本来なら女性と話すのが苦手なロニーは、マージョリーに話しかけるどころか言い返すことなんてできるはずがない。


「別に……ただ、あまりに失礼だと思ったから反論したし、マージョリーは大切な仲間だと思ったから平気になっただけだよ」

「ふ〜ん。ま、いいけど。訓練しないなら邪魔だから、さっさと部屋に戻りなさいよ」


 ここにいては目的が果たせないと思ったロニーは、別の場所から影移動しようとしたが、ファウストの結界に阻まれてカレンへ近づくことができなかった。




 その翌日もロニーはカレンに近づきたくて、魔法訓練場を訪れる。


(よし、今日もカレンがいる……ファウストがいない間がチャンスだ)


 気合いと共に一歩踏み出そうとしたが、足が動かない。カレンがひとりで雷魔法の訓練をしているというのに身体が拒絶しているようで、少しも近づけなかった。


「なんだ? いったいどうして……」


 焦ったロニーは力を込めるが身体は自由にならず、そうこうしているうちに声をかけられる。


「ロニー、お前も訓練か? 珍しいこともあるもんだな」


 相手は魔天城の管理者レイドルだった。


 レイドルは管理者として他の賢者はもちろん、魔法使いたちからも一目置かれる存在だ。ロニーは面倒な男を相手にしたくなかったので、さっさとその場を離れようとする。


「レイドル、今日は訓練じゃない。カレンさんに用があってここに来たんだ」

「カレンさんに? あー、彼女はもうすぐ本試験だから邪魔するな。せっかくだし、久しぶりに俺と訓練しよう」

「いや、それは……」


 逃げようとしたが、レイドルにガシッと肩を掴まれてロニーはその場から動けない。足元の影に潜って移動しようとしたが、レイドルの炎魔法に囲まれて影が消えてしまった。


「ほら、始めるぞ!」


 悪鬼のような笑みを浮かべたレイドルは容赦なく、息をつく間もないほどロニーに攻撃を仕掛けてくる。


「ちょっ……レイドル、自分はカレンさんに……うわっ!」

「ああ? 今日は俺と訓練する日になったってまだわかんねえのか?」


 それでもロニーが抜け出そうと言い訳をすると、レイドルは目を釣り上げて本気で攻撃を仕掛けてきた。


「フレイム・ドラゴン!」


 灼熱しゃくねつの剣から放たれる炎の竜を華麗に操り、レイドルはロニーを追い詰めていく。こうなったらロニーも本気で応戦しないとやられてしまうので、必死に闇魔法を繰り出した。


「ダーク・ファング!」


 紅蓮ぐれんの炎と漆黒の霧が入り乱れ、弾けて消える。賢者同士の戦いは激しく、いつの間にか訓練場にはレイドルとロニーだけになっていた。


(また、カレンに近づけなかった……!)


 気を抜いたロニーに炎の竜が噛みつき、一瞬で炎に包まれる。


「うわあああああっ!」

「おっと、悪い。つい本気になった」


 すぐに炎が消えてロニーの身体から煙がゆらゆらと上った。だが、賢者のローブには強力な守護魔法が付与されているので、火傷ひとつ負っていない。


「……もう、部屋に戻る」


 レイドルにやられた悔しさと、目的を果たせなかった苛立ちに耐えきれず、ロニーは私室へ戻った。




 ロニーは思い通りにならず苛立ちが募っている。鬱憤を晴らすように闇魔法を放つと、本棚が破壊され研究資料が宙を舞った。


「くそっ、邪魔者どもが……!」


 さらに大きな一撃を感情のままに叩きつけ、壁に大きな傷跡を残した。衝撃でズタズタになった資料が床に散らばり、ロニーの背中に三対の黒翼が広がる。


「カレンは、私のものなのだぞ――っ!!」


 ロニーが叫ぶと漆黒の霧があふれて身体を包み込み、霧が晴れるとミカエルの姿が現れた。


「この私が闇の賢者の真似事までしたというのに……! やはりこの城の魔法使いどもは処分すべきか」


 ミカエルはあの日、魔天城に入ることができず一度、深淵の森へ帰った。


 ところが、共鳴するような大きな魔力を持った存在が近づいてくることに気が付く。闇に潜んで様子を窺っていると、濃紫のローブを羽織った青年がやってきて遺跡を調べていた。


 その容貌から闇の賢者だと思い至ったミカエルは、その男を乗っ取ることにしたのだ。


 魔天城に戻るような素振りを見せたので、ひと足先に門まで向い闇の賢者がやって来るのをジッと待つ。


 そして、魔天城へ入ろうとしたところで声をかけ、闇魔法のソウルドレインを使い丸ごと呑み込んだ。


 闇の賢者を取り込んだことで、ミカエルにもその記憶が流れ込み、魔天城のことや賢者たちの情報、それからファウストのことも詳しく知ることになった。


 ミカエルはファウストに対して激しい憎悪を抱いている。


 今回の人生ではファウストのせいでカレンは聖教会から去り、ミカエルを裏切って好き放題やって、手駒のサイラスを捨てる羽目になった。


 暗殺者を送り込んだ時も返り討ちにされて、貴重なアーティファクトまで奪われている。


「だが……あの男はもうすぐいなくなる」


 ミカエルは闇魔法を駆使して、魔天城の至る場所から情報を得ていた。


 ファウストが義手と義足になっていることも盗み聞きして知っている。憎き男が終わる時が近いと予想していたから、多少強引でもカレンを奪い返そうとしていた。


「その時、カレンは私のものになるのだ……!!」


 ミカエルは歪んだ笑みを浮かべた。


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