ファウストはロニーの意識が残っていると知ってから、救い出す方法がないかと調べている。
(この文献にもないか……そもそも魔神デーヴァと契約した人間に取り込まれるなんて、そうそうないことだから同様に事例を探すのは無理があるのかもしれない)
過去に魔神デーヴァの取り込まれて助かった人間がいれば、その方法を参考にして打開策が立てられるが、魔神デーヴァの伝承がおとぎ話に近く、参考になる情報がほぼないのだ。
カレンを送り出してから戻るまで、賢者専用の図書室にこもりひたすらヒントがないかと調べ続けているが一向に手掛かりがなく、さすがのファウストも気落ちしている。
(こんな時、カレンがいてくれたら弱気にならないんだけど)
愛しい妻を思い浮かべ、ふっと笑みがこぼれた。
カレンはいつも行き詰まったファウストの思考をほぐして、リラックスさせてくれる。そうすると
でも今は、カレンは賢者になるための本試験直前で魔法の訓練に励んでいる。
彼女のことだからファウストの手伝いをしいと思っているだろうが、それをこらえて己のなすべきことに集中しているのだ。
(そんなカレンの邪魔はできないよな……)
ふーっと深いため息をついて、ファウストは窓の外へ視線を向ける。どこまでも突き抜けるような青空が広がっていて、その眩しさに目を細めた。
「弱気になっている場合じゃない。カレンもロニーも頑張っているんだから」
そう呟いて気合いを入れ直し、ファウストは再び手元の書籍のページを捲る。
自分に喝を入れながらどれほど時間が過ぎたのか、窓の外は夕暮れでオレンジ色に染まっていた。
「あっ、カレンも訓練を終える時間か……はあ、今日も収穫なしだった……」
書籍を戻そうと立ち上がると、どこからともなく浅葱色の小鳥が飛んできてファウストの目の前でポンッと音を立てて手紙になった。
「リュリュ?」
リュリュは、ファウストとは違う方法でロニーを救う方法を調べていた。
風を操り世界中の音を拾い、幾千万にも及ぶ人々の声を聞き分け些細な情報すら手に入れる。リュリュの卓越した頭の回転の速さがそれを可能にしていた。
素早く手紙を読むと、そこには魔神デーヴァに関する新たな伝承があったと書かれている。
「新たな伝承……!」
ファウストは転移魔法でリュリュの私室へと移動した。
リュリュの私室にはすでにサーシャとレイドル、マージョリーが駆けつけていた。セトはカレンの訓練に付き添っているので不在だが、代わりにセトに似た土人形がリュリュの肩に乗っている。
「リュリュ、新たな伝承ってどんな内容だ?」
全員揃ったことを確認したレイドルがリュリュに訊ねた。
「この伝承は南方の山奥の村で口伝されていたもので、紙には残されていなかったから広まることもなかった。でも、内容はかなり
そう前置きしてからリュリュは語りはじめる。
今から幾千年も昔の話。
この村の村長はとても思いやりのある男だった。村長はもっと村人たちの暮らしを豊かしたいと考え、村人たちが
『神様! 俺のすべてを捧げますから、どうか豊かにしてください……!』
《ならば、この村を捧げよ。さすれば望むだけの恵みを与えよう》
村長は神の声を聞いた瞬間、祭壇に血を捧げることで頭がいっぱいになった。
すっかり人が変わった村長は、大切な村人たちを殺しその血を祭壇へ供える。
すると漆黒の霧があふれ出し、村長の身体に乗り移った。
『おお! 力があふれてくる……!!』
《これでお前は豊かになった。この力を使えば、お前の望むものが手に入る……だが、最後に代償を支払うことを忘れるな》
『ははは! ああ、もちろんだ!』
そうして村長は周囲の村を次々と襲い、私財を増やし続け誰よりも豊かになった。
だがある時、ひとりの魔法使いが現れ、聖なる魔法で魔神デーヴァに取り
正気に戻った村長は自分が犯した罪の重さに発狂する。
『贖罪したいと思うなら、この魔神を永遠に封じ込められる器を作り、死ぬまで見守れ』
魔法使いの言葉に従い、村長は奪った財産で魔神を封じ込められるような頑強な墓を作り、命が尽きるまで墓守を続けた。
魔法使いは墓が荒らされないように強力な結界を張って、その場を去ったのだった――。
「その墓ってのが、崩れた遺跡のことっぽいんだよ」
そう締め括ったリュリュの言葉に、レイドルが納得した表情で
「ああ、なるほど。確かに世界の遺跡には偉人たちの墓も多くある」
「ふうん、それなら聖なる魔法が魔神デーヴァを封じ込める方法ということね。それに村長が正気に戻ったなら、ロニーも戻る可能性があるってことよね?」
サーシャが要点を拾いあげ、聖魔法の使い手であるマージョリーに視線を向けた。
「えっ、待って待って、聖なる魔法って聖魔法とは違うみたいよ? 近くで聖魔法使っても、ロニーは全然気にしてなかったし」
マージョリーが慌てた様子で自分ではどうにもできないと話す。
「……確かにロニーが嫌がっているような様子はなかった」
ファウストが以前見かけた時はロニーの近くで聖魔法が使われていたが、気にした様子もなくいつも通りに行動していた。
そこで思い出したというようにレイドルが口を開く。
「あ、嫌がるっていうか、動けなくなっているのなら見たけど」
「どこでっ!?」
サーシャが食いつくように訊ねると、賢者たちの視線がいっせいにレイドルへと手中した。
「魔法訓練場で……あの時、その場にいたのはカレンさんだけだったけど」
「カレンが……?」
レイドルはロニーが魔法訓練場の入り口から動かないのを不思議に思いつつ、声をかけたことがある。
ロニーが他の魔法使いに近づかないよう監視していたから都合がよかったが、あの時は確かにカレンが雷魔法を使い訓練していたのだ。
では聖なる魔法とは、雷魔法のことなのか?
「ただの雷魔法を聖なる魔法って言うか?」
「えー、それは言わないと思うけど」
「それなら、魔神デーヴァを倒したから雷魔法が聖なる魔法と呼ばれたのかしら?」
賢者になるほど魔法を極めた者たちが意見を出し合い推測を重ねていくが、しっくりくる答えが出てこない。
「じゃあ、俺みたいに剣に炎魔法を付与したとか考えられないか?」
「付与ね……なにか武器でも持っていたなら可能性はあると思うけれど」
「多分、その線はない。オレが拾った声だとあくまで魔法で倒したと言ってるし、武器の話なんてなかった」
レイドルとサーシャの考察にリュリュが否定的な意見を述べる。その理由がもっともで、ファウストたちはまたもや行き詰まった。
ファウストはカレンが魔法使っていたシーンを思い出し、なにかヒントがなかったか考える。
愛しい妻の仕草のひとつひとつを頭の中で描き、その時の記憶を細部まで呼び起こした。
「……レイドル。もしかして、カレンが使っていた雷魔法って上級魔法だった?」
「ああ、そうだったと思う……うん、間違いない、あの威力は上級魔法だ」
ファウストはひとつ心当たりがあった。
以前にもカレンに魔法を教えていた時に、聖魔法を使っていた頃の癖が残っていて、雷属性と聖属性を持つ上級魔法を放っていたのだ。
通常の雷魔法は白から黄色の稲妻を放つが、カレンの雷は紫色を帯びている。それはそれで美しい魔法だったので気にしていなかったが、もしかしたら魔神デーヴァが嫌がるなにかがあるのかもしれない。
「もし、そうだとしたら……試してみる価値はある」
「ファウスト、なにか思いついたのね?」
サーシャが黒い笑みを浮かべてファウストの言葉を待つ。
「うん、手を貸してほしい」
「もちろんだ。なにをしたらいい?」
レイドルはテーブルに肘をついて身を乗り出した。他の賢者たちもファウストへ視線を向けて、思いついたことを話せと促している。
「鍵はカレンの魔法だと思う――」
ファウストが閃いた仮説に、賢者たちは真剣に耳を傾けた。