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第56話 魔神の弱点

「ファウストがもうすぐここに来る」


 セトに声をかけられ、カレンは手のひらに集めていた魔力をふっと解放させた。本試験に向けて魔法訓練場で特級魔法を使っていたが、終わりの時間になってしまったようだ。


「えっ、もうそんな時間ですか? はあ、魔法の訓練をしているとあっという間だわ」

「魔法は楽しい」

「ふふっ、そうですね」


 ここまでの訓練である程度の手応えは感じている。上級魔法はもちろん特級魔法もほぼ発動できるようになった。


 最初のうちは魔法が暴走しないように賢者たちが見守ってくれていたが、今ではいかに効率よく魔法を使えるかアドバイスしてもらうだけになっている。


(本試験は三日後……いつも通りにできたら、合格できるかな)


 そんな風に期待できるくらいには、実力を身につけられた。本試験に合格したら、カレンは雷の賢者となり大抵の危険は自分で対処できるようになる。


(そうしたらファウストに気持ちを伝えて、魔道具開発の手伝いもできたら最高だわ)


 カレンの心は弾んで自然と口角が上がった。そのタイミングで、ファウストが転移魔法でカレンの目の前に現れる。


「カレン、訓練お疲れさま」

「ファウストもお疲れさま。調査は進んだ?」

「うん、そのことでカレンの協力が必要なんだ」

「……私の?」


 ファウストは深く頷き、場所を変えるためカレンとセトを連れて再び転移魔法で移動した。


 指導した先はリュリュの私室だった。淡いグリーンを基調とした部屋には観葉植物がたくさん並べられ、中央にある大きなソファーには賢者たちが勢揃いしている。


 そこでファウストからある仮説と、賢者たちの立てた作戦を聞かされた。


「まず、ロニーは魔神デーヴァと契約したミカエルに取り込まれていることがわかった。さらに魔神デーヴァは聖属性を含んだ魔法が弱点みたいで、カレンの上級以上の雷魔法が有効である可能性が高い」


 ミカエルがロニーを取り込んだという可能性は以前にも聞いていたから納得だが、カレンの魔法が有効というのは初耳だ。


「やっぱりミカエルだったのね……でも私の雷魔法が本当に有効なの?」

「可能性は極めて高いけど確実ではないから、カレンの魔法が有効かどうか検証したい。もちろん僕の命に変えてもカレンを守る」


 続けてレイドルが詳細を語り、サーシャが頭を下げて懇願してきた。


「検証で効果が証明されたら改めてロニーを追い詰める。さらにミカエルは魔神デーヴァと契約したようなんだ。これについてはセトが調べて確定している」

「他に同様の魔法を使える賢者がいなくて……でも絶対にロニーをあのままにはしておけない。とても危険だとわかっているけれど……カレンさん、どうかご協力をお願いできないでしょうか」


 カレンはしばし考え込む。


 自分の魔法にそんな効果があるとは思えない。だが、ファウスト見たてがいつも正しかった。


 それに元とはいえ、貴族だったサーシャが頭を下げてカレンに頼み込んでいる。どれほど必死なのか、貴族だったカレンにもよく理解できた。


 その気持ちに応えられるのが自分だけだというなら、やるしかない。


「わかりました。ですからサーシャ様、頭を上げてください。それに、私からも一つ提案があります」

「本当に……? 協力していただけるの?」

「ええ、もちろんです。でもこの計画では、おそらくミカエルに逃げられてしまうと思います」


 賢者たちの間に動揺が走る。カレンは構わずに言葉を続けた。


「ミカエルは周囲の人間を駒のように使って切り捨てるのが常套じょうとう手段です。そんな男に猶予を与えたらロニー様の身体がどうなるかわからないし、確実に逃げられます」

「だが、効果が証明できなければ、カレンさんの安全を確保した計画が立てられないだろう?」


 レイドルの指摘はもっともだが、カレンはそれでは駄目だと首を振る。

 ただひとり、ファウストだけが不安げな瞳でカレンを見つめていた。


「私の安全を確保する必要はありません。相手が油断しているうちに一度で片をつけましょう」

「却下」


 ファウストが即座にカレンの意見を否定する。


「ファウスト。心配なのはわかるけど、ミカエルを引き寄せたのは私よ。だから、逃げるわけにはいかないわ。それに、ファウストなら、なにがあっても私を守ってくれるでしょう?」

「…………っ」


 案の定、泣きそうな表情でファウストが口を開いた。


「検証だけならまだしも、ミカエルを追い詰めたらカレンが危険だ。万が一、魔法が効かなかった時に――もしカレンを失ったら、僕は……!!」


 ファウストの震える声がカレンの心臓をギュッと締めつける。こんなにもカレンを大切に想ってくれていると言葉にされただけで、カレンは勇気が湧いてきた。


 それにカレンはファウストを心から信じている。地獄のような場所からカレンを救い出してくれたし、聖教会に戻った時は影からずっと見守っていてくれた。


 だから、ミカエルと対峙たいじするのは怖いけれど、なんの不安もない。


 それに、ロニーがミカエルに取り込まれることとなった原因はカレンにある。カレンが魔天城に来なければ、ロニーがミカエルと会うこともなかった。


「大丈夫。それにね、私も賢者の本試験を受けるくらいには実力があるのよ」


 カレンが聖教会に戻った時と同じようなやり取りをする。あの時もファウストはカレンを失うことをとても恐れていた。


 あの時だけじゃなく、カレンが倒れた時も憔悴しょうすいしきった様子だった。心配というよりも、カレンがいなくなることを極度に恐れているようだ。


「ねえ、ファウスト。私ね、まだまだやりたいことがたくさんあるの。賢者になって魔法を使って生活を豊かにしたいし、困っている人がいたら助けたい。それに、ファウストに伝えたいことがたくさんある」


 ピクッとファウストの肩が揺れた。


「だから、私は絶対にこんなところで死なないわ。信じて」


 カレンのアメジストの瞳と、ファウストの琥珀の瞳が互いを捕らえて離さない。ジッと見つめ合ったまま、お互いに決意の深さを探っている。


「……わかった」


 ファウストはカレンの決意の固さを知って頷いた。


 結局、愛しい妻のためならどうにかしたいと思ってしまうのだから、意見が対立したらファウストに勝ち目がないのはわかりきっている。こうなったらなんとしても、カレンをミカエルから守るしかない。


 たとえ、自分の身体がどうなろうとも、カレンがいない世界など耐えられないのだから。


 琥珀の瞳から光が消えたが、一瞬のことでカレンは気のせいかと思った。


 カレンがこの時、ファウストの決意の重さを知っていたら、別の決断をしていたかもしれない。


 ファウストがどんな想いで決意をしたのかカレンが知るのは、賢者の本試験が終わってからだった。  




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