いよいよ、賢者になるための本試験当日を迎えた。
今回の試験会場は魔天城の地下にある、賢者専用の魔法訓練場となっている。
賢者専用の魔法訓練場は気兼ねなく上級魔法や特級魔法、最終的には究極魔法の訓練までできるように、三重の結界が貼られて、部屋に入って鍵を閉めたら魔法が外に漏れない仕様だ。
しかも過去の賢者たちが創意工夫を凝らして、室内はまるで荒野のようになっている。赤茶色の大地が地平線まで続き、雲ひとつない青空がカレンの視界いっぱいに広がっていた。
この訓練場ならば、たとえ特級魔法が失敗しても魔天城に被害が及ばない。
試験官はレイドルとサーシャ、リュリュが担当している。いつもと違い、和気あいあいとした軽い雰囲気はまったくない。
「受験者、カレン・エヴァリット。こちらへ」
「はい」
カレンはレイドルに名前を呼ばれて、指定の場所まで前に出た。緊張で指先がわずかに震え、かなり冷えている。
本試験は各属性の特級魔法を使い、百メートル先に設置された体高三メートルの土人形を破壊するのが合格の最低ラインだ。
土人形はセトの特性で、特級魔法以上の威力がないと破壊することができない。特級魔法が成功したかどうか一目瞭然なのだ。
この他にも、人格や普段の行いも調査され、正式な合格は後日伝えられる。
「準備ができたら始めてください」
「はい」
深く深呼吸して、カレンは身体の中を流れる魔力を整えた。指先まで行き渡るように、魔力を巡らせる。
心臓を軸にして渦巻くような魔力があふれそうになったところで、カレンは一気に魔力を放出した。
淡い紫の美しい雷がカレンの周囲を取り囲む。
「ウィオラ・ベス・トニトルス」
雷の特級魔法を唱えると、手のひらに魔法陣が浮かび上がり、カレンは魔法陣を空に向けた。
すると、みるみる雲が空を覆い尽くし、ピカッと稲光が走り、遅れてゴロゴロゴロゴロと轟音が鳴り響き渡る。
魔法陣がカレンの手の離れ、雷雲の合間に消えると一瞬だけ空全体が紫に光った。
「敵を殲滅せんめつせよ」
囁くようなカレンの命令で、紫雷がいたるところへ落ちはじめる。
耳を塞ぎたくなるほどの轟音と共に、幾百もの稲妻が地面に向かって走った。まるで空と繋がる一本の光の柱のように見える。
試験会場は眩しい光に包まれ、試験官のレイドルたちも目を細めた。
光が一際強くなった直後、試験会場の地面は激しい衝撃を受け、静まり返る。
土埃が舞う中、ぼんやりとカレンの姿が浮かび上がった。
そして、向こう側はごっそりと地面が削られて、大きなクレーターができている。
土人形は跡形もなく消え去っていた。
カレンは特級魔法を成功させて、見事に土人形を破壊したのだ。
「おめでとう。雷の特級魔法は成功よ。よく頑張ったわね」
「はい、ありがとうございました!」
サーシャの労いの言葉でこれまでの努力が走馬灯のように脳裏に浮かんで、じんわりと涙がにじむ。ようやく賢者への合格にリーチがかかった。
賢者に合格するかどうかはまだわかないが、目標に向かって進んできたことが報われて、カレンの心は達成感に包まれる。
無事に試験も終わり、ひとまず会場の外で待っているファウストと合流することにした。
試験会場から出ようとしたところで、ファウストが通路の向かいでソワソワしながら待っているのが目に入る。
カレンはそんなファウストに愛しさが込み上げた。ファウストはカレンを見つけると、すぐに駆け寄ってきて声をかける。
「カレン! どうだった?」
「ふふっ、無事成功したわ」
次の瞬間には温かな温もりに包まれ、一拍遅れてファウストに抱きしめられていると理解した。
「よかった……! 絶対に成功すると思っていたけど、本当によかった……!」
「ファ、ファウスト! ここじゃ、みんなに見られちゃうわ」
「だからなに? カレンが特級魔法を成功させたことの方が重要でしょ?」
周囲の視線をものともしないファウストに、カレンが顔を真っ赤に染めて反論する。
「ひっ、人前で抱擁なんて、恥ずかしいのに……!」
「……照れてるカレンがかわいすぎる。誰にも見せたくないな」
これまでどうして平気でいられたのかと、カレンは思った。昨日、額にキスされたことまで記憶が甦り、ますます心臓がおかしな速度で行動しはじめる。
(こ、これくらいで動揺していたら駄目よ、これからどうやって夫婦としてやっていくんだから……!)
なんとか自分を取り戻し、カレンはファウストと共に私室へと歩き出した。
しかし、部屋に戻る途中でファウストに浅葱色の小鳥が飛んでくる。小鳥は手紙に姿を変えたのですぐに内容を確認すると、ファウストは眉を寄せ渋々といった様子で口を開いた。
「……カレン。心の底から気が進まないけど、リュリュに呼ばれたから行ってくるよ」
「そう……わかったわ」
「じゃあ、また後で」
ファウストは名残惜しそうにカレンの頬を撫でて、転移魔法で移動した。途端に静かになった魔天城の廊下に人の気配はない。
カレンは私室へ向かって再び歩きはじめたが、数十歩進んだところで、背後から声をかけられた。
「お疲れさま、カレン。本試験はどうだった?」
ゆっくりと振り返ると、ロニーがニヤリと笑いながら立っている。闇魔法を使って影の中を移動したのか、足元から不自然に影が伸びていた。
そしてその影はカレンの足元にも伸びており、黒い霧が足首に巻き付いている。ガッチリと巻き付いた黒い霧からは、逃げることはできないようだ。
「ロニー様……」
ロニーの中にはミカエルがいる。カレンがその事実を知ってから、ロニーと対峙するのは初めてだ。
本当はこんな近距離で話すのも耐え難いが、ここで投げ出すわけにはいかない。
(――私がこの男をここに呼んだのも同然だもの、きっちりと後始末をつけるのよ)
そう、覚悟を決めた。