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第60話 突然の終わり

 賢者たちはミカエルの行方を追ったが、足取りを掴むことはできなかった。


 ミカエルに取り込まれたダメージが抜け切らないのか、ロニーはまだ眠り続けている。マージョリーが毎日回復魔法をかけつつ様子を見ている状態だ。


 カレンはミカエルがそう簡単に諦めるとは思えないと考えつつ、本試験の結果が届くのを待っている。


 そしてミカエルと対峙してから二週間が過ぎた今朝、カレンの部屋に浅葱色の小鳥がやってきて一通の手紙を受け取った。


 その手紙を読んだカレンは大声でファウストを呼ぶ。


「ファウスト! ねえ、ファウスト、ちょっと来て!」


 トマトを手にしたファウストがキッチンから出て、部屋から弾丸のように飛び出してきたカレンを不思議そうに見つめている。


「カレン、どうしたの。朝食ならもうすぐできるけど……」

「朝食も食べるけど、この手紙を見て……!」


 ファウストはハッとした様子で、カレンの手に握られた手紙を受け取り目を通した。


【魔導士カレン・エヴァリットを雷の賢者として任命する】


「カレン、おめでとう……! 絶対に合格すると思ってた!!」

「ありがとう! 合格できたのはファウストのおかげよ……!」


 ふたりは満面の笑みで手を取り合って飛び跳ねる。この時ばかりはファウストの琥珀の瞳に悲しみはなく、カレンの賢者合格を喜ぶ歓喜であふれていた。


 カレンはそっと心の中で思う。


(もうファウストに気持ちを伝えても大丈夫よね……?)


 魔道具の開発は問題ないようで、本試験後もファウストはカレンと一緒に過ごしてくれていた。


 契約結婚のことについても話をしなければならないが、その前にカレンの気持ちをはっきりと伝えたい。


 それから正式に夫婦としてこれからも共に人生を歩みたいと、ファウストを愛していると、あふれる気持ちを伝えたかった。


 一呼吸置いて、カレンが口を開きかけた、その時。


「カレン。この結婚はもう終わりにしよう」


 ファウストの口から信じられない言葉が飛び出した。


「……え?」


 突然、別れを告げられ、カレンは思考が停止する。


 どうしてファウストと別れなければならないのか、今後についてはふたりで相談するはずではなかったのか。


 琥珀の瞳を見つめても、仄暗い闇がファウストの感情を覆い隠して読み取れない。


「もうカレンは賢者になったし、僕と契約結婚を続ける必要がなくなったから」

「確かに、そうだけど……だから、私の気持ちを――」


 カレンは必死に訴える。


 最初にプロポーズを断ったことが原因で、ファウストが別れを選択しているなら、カレンの気持ちを伝えれば問題ないはずだ。


 だが、ファウストはカレンの言葉を遮るように話し続ける。


「僕も研究とかで忙しくなるから、なかなかこの部屋にも戻ってこられないし、潮時だと思うんだ」


 カレンはこれからもふたりで歩む未来を想像していた。


 どんなに苦しいことがあっても、どんなにつらいことがあっても、ファウストが隣にいれくれたら、それだけで頑張れる。


 そう思っていたのに。


「…………どうして?」

「え?」


 今度はファウストが聞き返した。


「私を好きって言ったのは嘘だったの? どうして、このタイミングでそんなことを言うの?」

「……嘘じゃないよ。ただ、カレンに幸せになってほしいから。僕のしがらみなんてない方が、カレンが自由にできると思ったんだ」


 ファウストの話している内容が腑に落ちない。これまで毎日愛を囁いてきたのに、カレンとの未来は少しも想像していなかったというのか。


(それが理由なの……? 私の話を聞かない理由が、それなの……? 本当に好きだと思う相手と離れることができるの?)


 なんだかファウストの言葉がうまく頭に入ってこない。カレンの幸せを願うと言いながら、逃げているだけのようにも見える。


(もしかして、一緒に暮らすうちに気持ちが離れた……?)


 ファウストは優しいから、カレンが極力傷つかないように突き放したいのかもしれない。言葉を選んだ結果がこの態度だったなら、納得できる。


「…………もう……」



(私を好きじゃないの……?)


 ちゃんと聞きたいけれど、言葉が出てこない。口をハクハクと動かすだけで、身体が拒否して問いかけることはできなかった。


 だって、ファウストの心の中に自分はもういないと、そう考えただけで泣きそうになる。


 いつまでもファウストは好きでいてくれると思っていた自分が恥ずかしい。


 涙をこらえて、カレンは思いの丈を叫んだ。


「私は、ファウストとこの先もずっと一緒にいたい!」


 でも、カレンの切実な想いはファウストに届かない。


「ごめんね、僕が無理そうなんだ」

「それなら、どこが嫌になったのか教えてよ! ファウストが一緒にいたいと思えるように、どんなことでもするから……!!」


 なりふり構わずカレンは訴えた。

 しかし、ファウストはただ困ったように眉尻を下げるだけで、以前のように優しく受け止めてはくれなかった。


「カレン……本当にごめんね。さよなら」


 あんなに大切にしていたカレンに背を向けて、ただひと言だけを残して転移魔法でその場から消える。


 カレンの気持ちを置き去りにしたまま、ファウストとの契約結婚はあっさりと終わりを迎えた。




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