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第62話 ファウストの秘密

 カレンはセトの誘導でレイドルの執務室へとやってきた。魔天城の管理者の許可をもらいファウストの私室に入り、彼の行先の手がかりがないか調べるためだ。


「お願いします、ファウストの部屋に入る許可をください」

「レイドル、ボクからも頼む。悲しむカレンを見たくない」


 そう言って、カレンはレイドルに頭を下げた。セトも言葉を続けてカレンの後押しをしてくれる。


「理由は?」

「ファウストはきちんと話をする間もなく私の元を去りました。だからその理由を知りたいのです」


 しばらくレイドルは無言で考え込んだ。

 眉間に皺が寄っているところを見ると、判断に迷っているのかもしれない。


(お願い、どうか許可をください……!)


 祈るように返事を待つカレンに、レイドルは話しかけた。


「どんな事実があっても後悔しないか?」

「はい、もちろんです」


 カレンは即答する。たとえファウストが心変わりしていたとしても、たとえカレンへの気持ちが冷めてしまったのだとしても、セトがこぼした真実を知りたいと強く思った。


「もし、隠されている事実があるなら、私はすべてを知りたい。その上でファウストの決断に納得がいったら、キッパリあきらめます」


 レイドルの鋭い視線がカレンに突き刺さる。それでも、負けじとその視線を受け止め、カレンの覚悟を示した。


「わかった。ファウストの部屋を開けよう」




 レイドルはマスターキーを使って、ファウストの私室の扉を開いた。滑らかに扉が開き、カレンの目には山積みの本が飛び込んでくる。


 ざっとタイトルを確認したところ、それらは時空魔法に関する書籍だ。


(私が調べようとしていたのに……どうしてファウストが?)


 魔天城にやってきた最初の頃、時空魔法について調べようとリュリュに頼んだがあまり使用者がいないため本が集まらなかったと聞いていた。


 それがここに大量に集積されている。


 気を取り直して周囲に視線を向けると、左の壁には天井までの本棚にびっしりと本が並び、右の壁には紫の生地に金糸で刺繍が施された大きなタペストリーがかけられていた。


「ファウストがなにを考え、どう行動したのか調べるといい」

「……ありがとうございます」


 レイドルたちはこの本を見ても驚いた様子がない。セトの言葉を思い返しても、すでにこの状況を知っていたと考えられる。


(この状況を知ったら、私が傷つくと思ったのかしら?)


 賢者の資質のひとつなのではないかと思うほど、彼らは心優しく純粋な人たちばかりだ。カレンの心情を思って秘密にしてくれていたのだろう。


「もしファウストが怒ったら、魔天城の主人である俺が許可を出したと言ってくれ」

「ふふっ、わかりました」


 ここまで一緒にやってきたセトは、よほどカレンが心配なのか、いつもより饒舌じょうぜつに語りかけた。


「カレン、土人形を一体置いていくから、なにかあったら話しかけて。すぐに駆けつける」

「ありがとうございます。本当に無理だと思ったら声をかけますね」

「うん、約束。ひとりで無理しちゃダメだよ」


 そうしてレイドルとセトがそれぞれの私室へ戻り、カレンは初めてファウストの部屋へと足を踏み入れる。


 少し埃っぽくて、しばらく使用されていないようだった。


 本の山から一冊手に取り、ページをパラパラと捲っていく。

 どうしてファウストが時空魔法について、カレンが調べることを嫌がったのか、まずはそこから調べようと考えた。


(ファウストが怒ってくたら、私の心はどれだけ救われるだろう)


 愛の反対は無関心だ。

 怒りでも憎しみでも感情が湧きあがるなら、カレンがまだファウストの心の中にいるのだと思える。


「まずは……この本からね」


 初心者向けの一冊を手に取り、流し読みしながら時空魔法について頭に叩き込んでいった。

 時空魔法には一瞬で違う場所に転移する魔法の他に、空間を歪めて魔法を逸らしたり、特殊な空間を作ったりすることもできる。


(なるほど、代表的なものが魔天城の魔法訓練場ね)


 扉を開けば別空間が広がっていて、室内のはずなのに微風が吹き、太陽の光が降り注いでいた。


 あれは過去に時空魔法を使えた賢者が作り上げたらしい。読み進めていくと時空魔法の究極魔法についての説明があった。


 究極魔法とはその属性の最高峰の魔法で、適性があり、かつ鍛錬を積まないと使用できない。


 しかも、究極魔法を使うためには術者の魂を媒介にする必要がある。魂を媒介にする魔法は〝魔法使いの禁忌〟と言われているのだ。


 つまり究極魔法が魔法使いの禁忌ということになる。


「時空魔法の究極魔法は、テンス・レムト・クレイ。……時を戻す魔法!?」


 過去に遡り、人生をやり直すことができる魔法。

 思わず本を掴む手に力が入る。


(でも大きな代償ってなにかしら? 魔力が少なくなるとか、そういうこと?)


 カレンは寝食を忘れて次々に本を読破していった。


 数日経ったところで、三十数冊目の本に手を伸ばしたら、ドドドッと音を立てて山が崩れてしまう。


「あっ、やっちゃったわ……」


 崩れた本を拾い上げようとしたところで、山積みの本の奥に肌色の物体が視界に入った。よくよく見ると、それはファウストの右手だ。


「ファウスト!?」


 慌てて駆け寄るが、そこにあったのは手首から先だけで、他にも足首だけのものや、肘までのものなど何体もの手や足が転がっている。


「これは……義手と義足?」


 しかも魔力を通して使うタイプのようで、装着してしまえば義手や義足だと気付かれることがない。


「でも、どうしてこんなに? 普通は切り口が安定すれば……」


 そこまで口にして、カレンはどの義手も義足も長さが不揃いであることに気が付いた。


「長さが違う理由がある……?」


 カレンは時空魔法の上級者向けの本を手に取り、隅々まで読み込む。

 そうして究極魔法の副作用のページで指が止まった。


「究極魔法を何度も使うと、魂が壊れて身体が砂のように崩れていくって……」


 いつだったか、心ここにあらずといった様子だったことがあった。


 ファウストがいつも魔道具の研究で忙しくなったのはその後だった。


 カレンを悲しげな瞳で見つめるようになったのも。


 碌に理由を告げずにカレンに別れを告げたのは――。


 カレンは勢いよく立ち上がり、ファウストの机の引き出しを漁る。なりふり構わず、ファウストになにが起きていたのか調べ続けた。


 だが、机の中も本棚の中も山積みの本も、すべてひっくり返したけど答えは見つからない。


「ねえ、ファウスト……なにがあったの?」


 力が抜けたカレンはタペストリーが掛けられた壁にもたれかかった。


 すると、タペストリーがずるりとずれて、床に落ちてしまう。慌てて振り返ると、壁一面にメモ紙と赤い糸が蜘蛛くもの巣状に張り巡らされていた。


「これは……」


 メモ紙には、日付と起きた出来事が書かれている。一番古いものは七八七年十月十八日で、カレンが貴族学園に入る前のものだった。


 しかし、そのメモ紙に書かれている出来事にカレンは目を疑う。


「一度目の巻き戻り……!?」


 その他のメモを確認すると、カレンがミカエルと結婚したことが書かれていて、かつてあの男が話していた内容と合致していた。


 カレンはさらにメモ紙を読んでいく。


【七九九年六月十九日 カレンが最初に死んだ日。初めて究極魔法を発動させる】


「ファウストが時間を巻き戻した……」


 それだけではない。


【七九六年三月二十二日 カレンが殺され、王都は火の海。二回目の究極魔法】

【八一三年五月十二日 カレンが自殺。三回目の究極魔法】


 ファウストは何度も究極魔法を発動させていた。


「巻き戻ったのは一度じゃない……?」


 思いもよらないファウストの真実を知り、嫌な音を立てて鼓動する心臓の音がカレンの耳に響いた。




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