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第63話 ファウストの献身

 カレンはファウストが時を巻き戻し、それがファウストが隠していた最大の秘密だと知った。


 しかも巻き戻ったのは一度や二度じゃない。カレンが死ぬたびに、ファウストは何度もやり直してきた。


 壁に貼り付けられたメモ紙と蜘蛛の巣のような赤い糸は、ファウストの巻き戻りの軌跡であり、カレンが何度も死んできたことを表している。


 重なったメモ髪を捲ると最初に巻き戻る前の出来事もあり、カレンは夢中でファウストの軌跡を追った。


 次に古いメモ紙は貴族学園に入学した時のものだ。


【七八八年四月 貴族学園入学。カレンとミカエルが出会い、ふたりは宿命の片翼と認識】


 これは最初の人生のことだ。だが、ミカエルを宿命の片翼だと認識しただなんて、カレンには信じられない。


【七八八年十月 カレンが弟子入りする】

【七九〇年五月 ミカエルが教皇になる】


 この辺はカレンの記憶と違いがない。次のメモ紙に視線を送る。


【七九三年三月 貴族学園卒業。カレンとミカエルが結婚】


「これ……! あの男が言っていたのは本当だったの……!?」


【七九九年六月十九日 カレンが最初に死んだ日。初めて究極魔法を発動させる】


 カレンはミカエルも前回の人生の記憶があるのかと思っていたが、ミカエルは最初の記憶が残っているらしい。


 ファウストは術者だから記憶が残るのは理解できるが、ミカエルにも記憶が残っている理由がわからなかった。


「そういえば、マージョリー様も私がミカエルと結婚していた夢を見たとか言っていたわ……!」


 内容がミカエルと似通っていてギクッとしたのでよく覚えている。しかし、マージョリーは夢の中では、カレンとミカエルが国王夫妻になっていたと話していた。


【七八七年十月十八日 二度目の人生スタート】


 カレンはこのメモ紙が辿った過去を読み進める。


【七八八年四月 貴族学園入学。カレンはミカエルを宿命の片翼と認識していない?】

【七八八年十月 カレンが弟子入りする】


 ミカエルが宿命の片翼だとカレンが認識したのは一度目の人生だけのことで、巻き戻った後はどうも違うらしい。


【七九〇年五月 ミカエルがサイラスごと王家を断罪、国王になりカレンと婚約】

【七九三年三月 貴族学園卒業。カレンとミカエルが結婚】

【七九六年三月二十二日 カレンが殺され、王都は火の海。二回目の究極魔法】


 ここまで過去を追い、カレンは唾を飲み込んだ。

 マージョリーが話していた夢も実際に起きたことで、カレンの頭はパンク寸前である。


「マージョリー様とミカエルが共通していることは……聖属性の適性があること?」


 でもそれだけで記憶が残っていると断言するのは早計だ。カレンはひとまず二回目の巻き戻りのメモ紙を読んでいく。


【七八八年一月三十日 二度目の巻き戻り、三度目の人生スタート】

【七九〇年五月 ミカエルが国王になる】

【七九一年七月〜 カレンが王城で軟禁される】

【八一三年五月十二日 カレンが自殺。三回目の究極魔法】


 どうやら過去のカレンは自ら命を絶ったこともあったようだが、理由についてはなんとなく想像できる。


 おそらく愛してもいない男に結婚を強要され、ずっと王城に閉じ込められて心が壊れたのだろう。自由を求めて、ミカエルから逃げるためには命を絶つしかないと考えたのだ。


 その地獄のような生活を想像して、ズンと胸が重くなる。


(どんなにミカエルに想いを告げられても、まったく心に響かなかった理由がわかった気がする……)


 そして、どうしてカレンがファウストに心惹かれたのかも。


【七九一年二月十日 四度目の人生スタート】


 ここから先は、カレンも知っているサイラスに殺された人生だ。


【七九九年三月二十五日 カレンが結婚式で魔力を奪われる。四度目の究極魔法】

【七九六年八月二十五日 五度目の人生スタート】


 カレンの人生は二度目ではなく、五度目の人生だった。

 ファウストはカレンが死ぬたび、何度も何度も究極魔法を使い、時間を戻していた。


 ただひたすら、カレンを助けるために。


 ファスウトだって、究極魔法は魔法使いにとっての禁忌だとわかっていたはずだ。そうでなければ時空魔法の本をカレンから隠す必要がない。


 それでも自身の身に危険が及ぶと知りながら、ファウストは究極魔法を使用した。


(私に巻き戻りの事実を知られたくなかったから、時空魔法の本を隠したのね)


 そしてファウストがそうする理由は、ひとつしかない。


 ――究極魔法を何度も使うと、身体が砂のように崩れていく。


 カレンは身体の力が抜けてその場に座り込んだ。


「だからファウストは……」


 崩れる身体にその都度合わせるために、義手や義足を作らなければならなかった。そして義手や義足をなじませるために、時間を必要とした。


 自分の身体が砂のように崩れ去ると知って、どれほど絶望したのだろうか。


 究極魔法の副作用ともなれば、回避する方法があるかどうかも不明だ。近いうちに消え去る命だと知って、それでもなお、ファウストはカレンのことを考えた。


「消えるとわかっていたから、私と別れようとしたの……?」


 カレンは慟哭どうこくした。


 あまりのファウストの愛の深さに、涙が止まらない。

 どうしたら、そんなに人を愛せるのか。

 どうしてそこまでカレンを愛してくれるのか。


「ファウスト……! ファウスト……!!」


 そんな直向きな愛を知ったら。

 こんなにも純粋で、無償の愛を知ったら。


 もう他の人なんて愛せない。


 たとえ全人類がファウストの敵になったとしても、カレンだけは絶対に味方でいる。

 ファウストがどんなにカレンを拒否しても、絶対にあきらめない。


 だって、もう手遅れなのだ。

 カレンにとって、ファウストは宿命の片翼よりも大切で愛しい人なのだから。


 こぼれる涙を拭い、カレンは立ち上がる。


「ファウスト、私は絶対にあきらめないんだから、覚悟しなさいよ……!」


 涙に濡れるアメジストの瞳に、未来を照らす強い光が甦った。




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