金色の光に包まれたファウストは、気が付いたら薄暗い部屋の中で立っていた。
見覚えのあるその部屋は、かつてエヴァリット公爵家で暮らしていた時の私室だ。
日付を確認すると、ファウストが最初に巻き戻ったのは、貴族学園に入学する一年前だった。
(ここからやり直せば、きっとカレンを助けられる……!)
そう思ったファウストは、父にカレン・オルティスと婚約したいと持ちかけた。
しかし、当時のファウストは賢者でもなければ貴族としての素質を認められてもいない。
「馬鹿なことを言うな。お前のような出来損ないが、婚約などできるわけがないだろう。しかも相手はオルティス辺境伯の娘で政治的な旨味もない……まったく誰に似たと言うのか」
「父上、お願いいたします! 僕には彼女しかいないのです! どうか……!」
「聞き分けなのない愚か者め」
そう言って、父はいつものようにファウストを折檻した。
何度も鞭で打たれて、あまりの痛さでファウストは床に転がる。だが、それよりも、カレンを助けなければと必死だった。
結局、父がファウストの話を聞いてくれることはなく、貴族学園に入学したファウストは注意深くカレンの様子を守ることにした。
そこでファウストはある異変に気が付く。
カレンは確かにひと目でミカエルに心奪われていたはずなのに、今回の人生では至って平然としていた。しかもカレンの魔力の波動が以前とは違っている。
(あ……僕がカレンの魂を癒したから、魔力の波動が変わっているんだ。だから、宿命の片翼としてミカエルを認識していないのか)
しかし、一方のミカエルはこのことに戸惑っている様子だった。
(あいつ……記憶があるのか? でも宿命の片翼じゃないとわかれば、今度はカレンに執着してこないかもしれない……)
しかし、ファウストの予想とは裏腹に、ミカエルはカレンを妻にした。
そして自分を好きにならなかったカレンを手にかけ、王都を火の海へと変えたのだ。
王都を焼き尽くす業火を眺めながら、ファウストは再び時間を巻き戻した。
今度は貴族学園に入学する直前に戻っている。三度目の人生でもカレンを救うため手を尽くしたが、結局、王妃となったカレンは自殺してしまった。
もう一度究極魔法を使うと、今度は貴族学園を卒業する約一年前に巻き戻った。
今回はミカエルがファウストよりも早く巻き戻ったようで、国王にはなっておらず、しかもサイラスがカレンの婚約者になっている。
(だんだん、僕の巻き戻る時間が短くなっている……?)
ファウストはなぜ、同じタイミングで戻らないのか、詳しく調べた。その途中で究極魔法は術者にさまざまな影響を与え、副作用で身体が砂のように崩れていずれ跡形もなく消えてしまうことがあると知ったのだ。
(それでも、カレンがいない未来なんて意味がない。カレンが幸せじゃなきゃ……たとえ僕が消えたとしても)
限界まで究極魔法を使うと決めたファウストは、結婚式で息絶えたカレンの元へ転移して四度目の巻き戻りをした。
◇ ◇ ◇
再び金色の光の中から意識を取り戻したファウストは、すぐにカレンに会いにいく。
もう四度目の巻き戻りだったが、少しでも早く、繰り返し脳裏にこびりつく血の気のないカレンの姿を払拭したかった。
どんな代償を払っても、幸せになってほしい人。
たとえ世界中を敵に回しても、彼女を守りたい、その一心でカレンの魔力の波動を追う。
やっとカレンを見つけて、すぐに転移魔法で移動するとカレンは真っ青な顔で王城の廊下を歩いていた。
(あんなに憔悴しきって……いったい、なにがあった?)
カレンが来た通路の突き当たりには、サイラスの執務室がある。ファウストの記憶ではこの時間はよく筆頭聖女のメラニアと相引きしていたはずだ。
(ああ、そうか……サイラスの裏切りを知ったのか……)
カレンの悲しみを思うと、ファウストの胸も痛い。
でも、ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
ファウストはそっと声をかけた。
「ようやく事実を知ったな」
「ファウスト・エヴァリット……?」
カレンの姿を目にした瞬間、ファウストの胸はギュッと締めつけられた。
(カレンが、生きている)
その事実だけで、ファウストは泣きそうになる。もう二度と会えないかと思っていた愛しい人が、目の前で確かにこの世界に存在しているのだ。
(もう、カレンを失いたくない——)
ファウストは考えた。
傷ついた魂を癒したせいかファウストの魔力と混ざり合い、カレンの魔力の波動が変化している。
宿命の片翼は魔力の波動を感知するものだから、ミカエルがカレンに対して抱く気持ちに変化があってもおかしくない。
それを確かめるために、仲間の賢者が新規の魔道具契約でミカエルと会うと聞きつけ、魔道具の説明担当として同行した。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。七賢者のリュリュ・ウィンザーと申します」
「はじめまして。七賢者、ファウスト・エヴァリットと申します」
「おま……いえ、失礼いたしました。本日はおひとりだと伺っておりましたが」
「ええ、魔道具開発の担当者もいた方がより詳しくご説明できますので連れてまいりました」
何食わぬ顔でファウストが挨拶すると、ミカエルは一瞬だけ嫌悪の表情を浮かべる。すぐに穏やかな笑顔を取り繕うが、ファウストは指輪型の魔道具をつけて握手を交わした。
《ファウスト・エヴァリット……! こいつのせいで何度も私の計画が駄目になってしまったではないか! 今度こそ邪魔はさせない……!!》
ファウストがつけている指輪は、魔力の波動を合わせると触れた相手の心が読み取れるというものだ。
事前に相手の魔力の情報が必要なことと、細かな調整が必要なので汎用性が低くお蔵入りした魔道具である。
これを使ってミカエルがカレンにどんな想いを抱いているのか調べたかった。
(やっぱり前回の記憶が残っている……しかも新たな計画を立てているのか)
ミカエルが聖魔法の使い手だからなのか、それともアーティファクトと呼ばれる古代魔道具を使用しているからなのか、巻き戻り前の記憶がある。
さらに周囲を大きく巻き込んでカレンを自分のものにしようと画策しているのだ。
もう〝宿命の片翼〟ではないはずなのに、ミカエルはいまだにカレンに異常な執着をみせている。
相手は教皇で絶大な権力を持ち、頭が切れて手段を選ばない。ファウストはどんな手を使ってもカレンを守るしかないと思った。
だから賢者としての権力を振りかざしてカレンを聖教会から離したし、魔法研究所の結界もファウストの独断で強化した。
賢者たちには「あのファウストが……!」「そんなに彼女が好きなの!?」と揶揄われたが、そんなことを気にしてなんていられない。
(僕の気持ちを少しずつ伝えて、いつかカレンも……)
そんな夢を見ていた。
儚く、愚かな夢を。
強く拒否をされていないことと、親友として接してくれているところを見ると嫌われていないとわかる程度だったが、なんとか契約結婚をしてもらってカレンの身の安全を確保した。
たとえ仮初でも絶対に大切にするし、万が一にも奇跡的に想いが通じ合ったら生涯を賭けてカレンを幸せにしたい。
そう思っていたのに。
現実はあっさりとファウストの未来を叩き潰す。
「また痺れが……右腕はもう駄目か」
右腕は肩まで痺れて、近いうちに完全に消えてなくなってしまうだろう。
ファウストに残された時間はあまりない。
日を追うごとに身体が壊れていく。ちょっとした痺れや麻痺が症状として現れて、その頻度が増し、やがてボロボロと砂のように崩れ去るのだ。
痛みや苦しみがなかったから、カレンに隠し通すことができたが、もう限界だった。
本当はずっとそばで見守って、カレンが幸せになるのを見届けたい。
だが自分の
五度目のやり直しでようやくその可能性が見えてきたというのに。
ファウストを嘲笑うように、幸せは指の隙間からこぼれ落ちていく。
「どうか、僕を忘れて幸せになって——」
そうしてファウストはひっそりと人生の幕を閉じようと、そっと目を閉じた。