カレンは覚悟を決めた。
「どんな手を使っても、ファウストを探し出すわ……!」
全能の賢者と呼ばれるファウストが本気で雲隠れしたら、カレンひとりで探すのは困難だ。
しかし、カレンとてファウストをあきらめるつもりは毛頭ない。
「副作用くらいで……こんなことくらいで私はあきらめない。究極魔法を使って壊れてしまった魂を、元に戻せばいいだけの話よ」
たとえ残された時間がわずかだとしても、ファウストと共にいられるならカレンはずっとそばにいたい。
それに解決方法を見つけ出すために、きっとファウストの深い知識を頼りにする場面が出てくる。
そのために必要なら、頭を下げるくらいなんてことはない。
カレンはレイドルの元へ行き、賢者たちに召集をかけてもらった。
その日の午後、すぐに賢者たちは魔天城の会議室に集まってくれた。
全員の前でカレンは腰を九十度に折って、深々と頭を下げる。
「突然お呼びだてして申し訳ありません。ですが、どうかみなさんのお力を貸してください」
「カレンちゃん、どうしたの? いいから頭を上げてよ」
カレンの並々ならぬ様子にマージョリーが思わず声をかけた。そっと頭を上げて、カレンは賢者たちに視線を配る。
「ありがとうございます。実はファウストが究極魔法の後遺症で、身体がボロボロになっています。それを気にしたファウストが私の前から消えました」
「……なるほど、ファウストらしいわね」
「えっ、あいつ究極魔法まで使ったのかよ!?」
「ったく! なんかあったらすぐに言えって言ったのに……!!」
「ああ、だから……」
サーシャは至極冷静に、リュリュは驚いた様子で、マージョリーは怒りをあらわにして、セトは納得した顔で反応を示す。
レイドルはすべてを知っているかのように落ち着いていた。
「そこで、ファウストの捜索と後遺症の治療方法を調べたく、みなさんのお力を貸してください」
「ふうん。ファウストの捜索と後遺症の治療法ね……」
「……前にもこんなことあったな。似たもの夫婦か」
サーシャはすでに計画を立て始めているのか、顎に手を添えて視線を落とし、リュリュは苦笑いを浮かべている。
「もちろん協力するわよ! ファウストに一発食らわせないと気が済まないわ」
「カレンの頼みなら」
マージョリーもセトもカレンに協力してくれるようだ。
「でも、ファウストが本気で姿をくらましたのなら、おそらく魔法で探し出すことはできないと思うわ」
「そうですよね……」
サーシャの冷静な分析はもっともで、ファウストが張る結界は強固なため、魔法無効のアーティファクトでもないと破ることができない。
風魔法で情報を集めるにしても、結界の中にいたのでは声が漏れることもないのだ。土人形もまた然りで、結界の中に入ることができない。
あらゆる属性を極めたファウストの結界は、どの属性にも対抗することができるのでかなり厄介な代物だ。
「魔法が駄目なら人海戦術しかないわね」
「ええ、ですが、それだとかなり時間がかかると思うのです。早く見つけないとファウストの身体がどんどん……」
「ふふっ、時間? そんなにかからないと思うわよ。ねえ、レイドル」
サーシャは不適な笑みを浮かべ、レイドルへ視線を向ける。ニヤッと笑ったレイドルはカレンを安心させるように言葉を続けた。
「ああ、魔天城の管理者として、各国にファウスト捜索の支援を要請をしよう。国王はもちろん、さまざまな機関に通達を出せば追えるはずだ」
「そうねえ、期限は二週間で設けてもらえるかしら? 情報が集まったら最優先で整理するわ」
「任せろ」
魔天城の管理者立つレイドルの要請とあらば、各国の王族ですら対応せざるをえない。
(ということは、この全世界の人間の目で探すということになる……それなら、どこかで目撃情報が得られるかもしれない)
カレンはファウスト捜索の希望の光を見た。
続いてサーシャは他の賢者たちへ指示を飛ばす。
「じゃあ、他のメンバーはわたくしと一緒に後遺症の治療法について調べるわよ。これは賢者にとっても有益な情報になるわ」
「りょーかい!」
「任せて! 恩人の師匠が教皇に復活したから、そこの書庫も使えないか聞いてみるわ」
「それならボクは土人形も使って本を読み漁る」
賢者たちの協力を得られて、カレンは迫り来る焦燥感が少しだけ和らいだ。まだ猶予は許されない状況だが、彼らのバックアップがあるのとないのでは雲泥の差がある。
(ファウストがこれまで頑張ってきたから、協力してもらえたんだわ……本当によかった)
そんな風に考えていたカレンに、サーシャが声をかけた。
「誤解のないように言っておくけれど、わたくしたちはファウストのためだけじゃなくて、カレンさんの力にもなりたいのよ。貴女も大切な仲間だから」
サーシャの言葉はカレンの心に深く
「はい……ありがとうございます!」
賢者たちは己のやるべきことを見つけて、迅速に行動を開始した。
* * *
ファウストが魔天城を去ってから、もうすぐ二カ月が経つ。
部屋には結界を張ってあるので、誰かが迷い込んでくることもなく、ファウストはひとり静かな日々を過ごしていた。
右手は完全に崩れ去り、左肩にも痺れが出始めているから、そろそろ両腕が完全に義手となりそうだ。
「あれ? ああ、右目も駄目になったのか……」
朝起きたら世界が灰色になっていた。目を開けたら右目からサラサラと砂が流れ落ちて、すぐに用意していた義眼をつける。
義手が義足は時間があまりあるので自ら作って、ゆっくりと時間をかけて調整していた。
「早めに魔天城を出て正解だったな」
義眼は世界の色を映さない。色を認識するには色ごとの魔力の波動を読み取る必要があるが、この小さな義眼ではその機能を詰め込むことができなかった。
窓を向いている椅子にかけて外を眺めると、いつもと変わらず木々の葉は風に揺れて、学生たちはキラキラした笑顔を浮かべている。
足りないのは、光を浴びて輝く色彩だけ。
灰色になった世界を見てファウストは思う。
(まるで、僕の人生みたいだな……)
親から認めてもらえず、誰からも必要とされず、愛しい人を救うこともできず。
掴んだと思った幸せは儚くて。
もがいても、もがいても、結局はたったひとつの願いを叶えることもできなかった。
カレンに幸せになってもらいたい。
ただそれだけの願いなのに、ファウストには叶えることができない。
どれだけ努力しても、なりふり構わず行動しても、最後のひと押しが及ばないのだ。
それがこの灰色一色の物足りなくなった世界とよく似ている。
(最後まで見届けられないけど、今のカレンならもう大丈夫かな……レイドルたちもいるし、きっと幸せに過ごせるはずだ)
ファウストに残されたのは祈ることだけ。
(もし、女神グレアが本当にいるなら……)
愛しているからこそ、そばにいられないファウストの代わりに。
「どうか、カレンを幸せにしてください」
思いの丈を込めた言葉が風に乗って消える。
「——幸せになるわ。ファウストと一緒に」
ついに幻聴まで聞こえてきた。終わりの時は近いのだとファウストは思う。
「ファウスト……こんなところにいたのね」
カランとなにか硬質なものが床に転がる音がした。
次の瞬間、ふわりと甘い香りに包まれる。
柔らかく細い腕で後ろから抱きしめられ、夢にまで見た彼女の温もりが伝わってきた。
「やっと見つけたわ」
「……カレンッ!?」
まさかと思って振り返ると、ファウストがずっと求め続けた愛しい人の笑顔が目の前にあった。