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第三部 ふたりで掴む幸せ編

第68話 逆プロポーズ

「どうして……」


 カレンはファウストの驚いた顔を見て、ふふっと笑いがこぼれる。


 いつも余裕があって、飄々としているファウストにしては珍しい表情だ。首元に回した腕を解いてファウストの前に移動する。


「ファウストは私の夫でしょう?」

「いや、それは契約の話じゃ……」

「それでも、まだ婚姻は続いているの。だからファウストは私の夫よ」


 カレンはぐずぐずと言い訳をするファウストを一刀両断した。紛れもない事実ではあるが、ファウストはそれでも納得しない。


「……ごめん。僕にはその資格がない」

「いずれ崩れて消えてしまうから?」


 ズバッと核心を突く言葉に、ファウストは息を呑む。


 やがて肩の力が抜けて、カレンが真実を突き止めたと理解したようだった。ファウストは暗い表情のまま拒絶の姿勢を貫く。


「……そうだよ。そうなったら、カレンを悲しませてしまう」


(ああ、やっぱりこれが理由だったのね。本当にファウストは優しすぎるんだから)


 本人の口から語られた言葉が、カレンの心にストンと落ちた。そしてファウストの愛がどこまでも深いことを改めて実感する。


 だけど、なにも言ってもらえなかったことが悲しかった。そんなにも信じてもらえてなかったのかと胸を抉った。


 ファウストの真実を知って、心が引き裂かれたように悲鳴をあげて、涙があふれた。


 なにも知らずにいた自分を責めて、あの時にこうしていれば、あの時にこう言っていたらと、激しい後悔に襲われたのだ。


「もう十分悲しんだし、人生で一番泣いたわ」

「ごめん……」


 責めたつもりはないのだが、ファウストがしょぼんと項垂れる。カレンは話題を変えようと、ファウストを見つけてから気になっていたことを訊ねた。


「それに、もう両目も義眼になったのね」

「わかるの?」

「ええ、前みたいに熱がこもっていないから」

「そうか……僕がそんな風にカレンを見ていたとは知らなかった」


 このタイミングで見つけられてよかったとカレンは思う。もし手の施しようがないほど症状が進んでいたら、と考えてゾッとした。


 もう決して失いたくはない。


「ファウスト・エヴァリット」

「……っ!」


 カレンはファウストの前で優雅に跪く。

 濃紫のローブとミモザ柄のパステルイエローのワンピースの裾がふわりと広がった。



「どうか私と結婚してください」



 真っ直ぐにファウストの金色の義眼を見つめる。

 たとえ魔道具を介しても、この想いが、この激情が伝わりますようにと願いながら。


「ちょ、カレン、なにを……」

「たとえどんなにファウストといられる時間が短くても」


 ファウストは狼狽えるが、構わずに言葉を続ける。

 今、ここで伝えなければ、ファウストが戻ってこない気がしたから。


「いつかどちらかがこの世を去っても」


 それはすぐ先の未来かもしれないし、遠い未来のことかもしれない。

 でも、それまでは。


 全身全霊の想いを込めて、ファウストに捧げる。


「何度生まれ変わっても、永遠にファウスト・エヴァリットだけを愛し、私のすべてを捧げると誓います」


 その瞬間、キィンと耳鳴りがして、カレンの魂になにかが刻み込まれた気がした。


 本当にカレンの魂に誓いの言葉が刻み込まれたのかもしれない。もしかしたらカレンは、とんでもないこと誓ってしまった可能性もある。


 でも、それでも構わない。


 だって、何度時間を巻き戻っても、カレンを笑顔にしてくれたのはファウストだった。


「私にはファウストしかいないの。お願い、これからもそばにいて」


 絞り出すような声でカレンはファウストに懇願する。


 もし、これでも聞き入れてもらえなかったら、ファウストを永遠に失ってしまう。

 そう考えるとたまらなく恐ろしくて、カレンはグッと歯を食いしばった。


 ファウストは俯いたまま、カレンの言葉を聞いている。


「無理だよ……」

「ファウスト、お願い……!」


 絶望の底に叩き落とされたが、カレンはあきらめきれない。

 ファウストに縋りつくように手を伸ばした。


「こんな風に全部受け入れられたら……カレンを手放すことなんて、無理だ」


 そう言って、ファウストは床に膝をついているカレンをきつく抱きしめる。


 カレンの耳元でファウストは震える声で言葉を続けた。


「もしかしたら、この先すごく悲しませてしまうかもしれない」

「うん」

「もっと泣かせてしまうかもしれない」

「うん」

「でも……」


 再び視線を合わせたファウストが泣きそうな表情を浮かべている。もし義眼じゃなかったら、ボロボロと涙をこぼしていただろう。


「カレン。もう君を手離すことなんて、できないよ?」

「うん、そうして」


 カレンは満面の笑みで答えた。


「カレン。この世界の誰よりも愛してる」

「私も、ファウストを愛してるわ」


 ようやくカレンは自分の想いをファウストに伝えられた。


 ずっとずっと言いたかった愛の言葉。

 ファウストは極上の笑みを浮かべる。


 どちらともなく唇が触れ合い、ついばむようなキスを繰り返した。


 次第にファウストはカレンを深く貪り、これまで離れていた分を取り戻すように求める。


「んっ、ファウ、スト……はっ」

「もっと。もっとカレンが欲しい」


 カレンがファウストを止めようとしても、とろけるような甘いキスですっかり力が抜けてどうにもできない。


 ゾクゾクとした感覚がカレンの背中を駆け上がる。

 座っているのもやっとの状態で、カレンはファウストの濃紫のローブをギュッと掴んだ。


「あ……ごめん。あまりにも嬉しすぎて、暴走した……」

「もう、いいの……?」


 ファウストが我に返った様子で唇を離すと、カレンもいつの間にか熱にほだされてしまったようで、やめてほしくないと思ってしまった。


 そんなカレンを見たら、ファウストはもう止まらない。


「まだ続けてもいい?」

「うん、ファウストが望むなら」

「僕はもっとカレンがほしい」


 再びふたりの唇は触れ合い、時が経つのを忘れて甘美な口付けを交わした。




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