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第73話 願いの対価

 ミカエルは魔天城で追い詰められ、命からがら逃げてきた。


(絶対に殺してやる……! カレンも賢者たちも、時空魔法を使う男以外は全員殺してやり直すのだ……!!)


 影の中を移動してジッと身を潜めて、賢者たちに気配を負われないように息を殺してやり過ごす。


 真っ暗な闇の中で頭の中に響くのは、殺意と魔神デーヴァの声だけだ。


《さあ、対価を払え》


 ずっと対価を払えと魔神デーヴァが囁く。


 魔神デーヴァに願いを叶えてもらう時に、ミカエルの魂を捧げると約束した。魂とは人の根源であり、何度生転生しても、何度時間を巻き戻っても、変わることがない不変のものである。


 魂を捧げたらミカエルは消滅して、これから先、生まれ変わることも無くなるのだろう。


(まあ、抜け道はある……だが、カレンを私のものにする方法を確立するのが先だ)


 しかし、ミカエルが契約した願いが叶っていないというのに、対価など払うつもりはない。


「黙れ! まだ、私の願いは叶っていない!」

《お前の願いは強大な力。すでに願いは叶えた》


 確かに魔神デーヴァを取り込むことで、強大な力は手に入れた。


 だが、カレンはファウストの妻となり、ミカエルを追い詰める。

 どうして自分のものにならないのか、どうして愛してくれないのか。これはすべてあの賢者の魔力がカレンを結びついているせいだ。


 ミカエルは何度やり直してもカレンを求めてきたのに、いつもいつもあの男が邪魔をする。


「それなら再び望むぞ! カレンを永遠の片翼として未来永劫、私のものにするのだ!」


 魔神デーヴァと契約し対価を払えば願いを叶えるはずだ。必要なら他社の命も魂も捧げて、願いを叶えようとミカエルは考えている。


《それは無理な話だ》

「なぜだ!?」

《神殿が壊された》

「そっ……!」


 魔神デーヴァの力を取り込んだからもう必要ないと思ったし、他の人間が魔神と契約するのを恐れて神殿を破壊したことが、ここであだとなってしまった。


《お前から対価をもらったら、我は再び闇の世界に戻るだけだ》


 魔神デーヴァの口ぶりでは、あの神殿の役割は魔神をこの世界に留めておくことのようだ。


(それなら、私が神殿の役割を果たせば魔神デーヴァと契約できるのではないか?)


 その思いつきにニヤリと笑う。

 神殿の壁に書かれていた古代文字は血を捧げよとあった。


《さあ、対価を払え》

「それなら、私自身が神殿となって新たな生贄いけにえを捧げようじゃないか。対価を払うのは、すべて私の願いがなかってからだ」

《……よかろう》


 しばらくして賢者たちの探索が止んだのを確認して、ミカエルはそっと影から姿を現す。


(なんの役にも立たない人間はいくらでもいるのだ。そいつらの命を使えばいい……)


 ミカエルは一番近い村まで影移動する。

 影から現れたミカエルを見た村人は、とても驚いた様子だったがそっと近寄り声をかけてきた。


「あ、あんた……魔法使いか? オラはこの先の村の村長なんだが、頼みたいことがあるんだ」

「……なんだ?」

「いやあ、村の周りにいるいのししが畑で悪さをするから、退治してほしいのだ」

「……いいだろう。その代わり対価を払え」

「ああ! 当然だとも! 多くは払えねえが、とにかく頼むよ」


 そう頼まれたミカエルは、闇魔法を使い一瞬で周辺の猪を駆除する。


 駆除された猪が積み上がっていくのを見た村長は、大喜びで村へミカエルを招き丁重にもてなした。


 ミカエルは振る舞われた酒を飲み豪勢な食事を取って、若くて村で一番美しい女を抱く。


 これまでも気の向くまま女を抱いてきたが、いくら欲を吐き出しても心がびついたままで、魔神デーヴァの力を取り込んでもそれは変わらなかった。


(やはり、カレンじゃないと満たされない……)


 最初の人生でカレンを失ってから、ミカエルはずっと心の渇きを抱いている。


 二度目の人生で再びカレンを自分のものにして、心の渇きが癒えたのは今でもよく覚えていた。


 宿命の片翼であるカレンしか、ミカエルの心の渇きを解消することができない。


(どんなことをしても、カレンを永遠に私のものにするのだ……!)


 そのために人間の命が必要なら、奪えばいいのだ。


「では、願いを叶えた対価をもらおうか」 


 手始めに、ミカエルの横で眠っている女の首をねた。返り血を浴びたミカエルは魔神デーヴァの力が増して、女の命が捧げられたことを感じ取る。


「やはり、私自身に血を捧げればいいのだな」


 ミカエルは目に入った人間たちを次々と切り刻み、大量の返り血を浴びた。


 必死に逃げ惑う村人を狩るのは、魔物を駆除するよりも面倒だったがカレンを手に入れるためなら仕方ない。


 村人たちの血を浴びながら、ミカエルは魔神デーヴァが願いを叶えるために必要な力を集めた。


 そこら中に倒れた村人たちの遺体には、血の匂いに誘われた魔物や獣たちが群がり骨すら残さず片付けてくれる。


 数日もすればこの村から人間の気配が消えてなくなり、村自体も朽ち果てていくのは容易に想像できた。


「ふむ。遺体の処理が必要ないのは楽でいいが、まだまだ足りないな」


 ミカエルは影の中に潜って移動しつつ、人間の気配を探っていく。


 山で仕事をしている人間に声をかけ村まで案内させて、ひとり残さず切り刻み血を浴び続けた。


 いくつもの村を襲い、魔物や獣が来ない時は建物に火をつけて村ごと焼き尽くす。


 村を呑み込む炎がかつて焼き払った王都の景色に似ていて、忘れかけていた記憶が甦った。


 あの時は何度抱いてもミカエルに気持ちを向けないカレンに苛立って、思わず首を絞めて殺してしまったのだ。


(あの時からカレンは私を愛さなくなってしまった……だが、今回の人生でカレンがそうなってしまった原因がわかった。次はカレンからあの賢者の魔力を排除すれば、また私の元に戻ってくるはずだ)


 カレンが死ねば、あの賢者はきっとまた時間を巻き戻す。


「その時はもっと早く魔神デーヴァを使って、私の思いのままの人生を送るのだ……!」


 次の人生を最後にしてカレンを永遠に自分のものにするのだと、ミカエルは高笑いした。




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