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第76話 後遺症の現実

「ファウスト!」


 リュリュの叫び声で、カレンは我に返った。


「チッ、今はお前に死なれては困るのだ」

「がはっ……」


 ミカエルはそう言って、血を吐いたファウストの胸から手を引き抜く。それと同時に頭上から風魔法が放たれて、ミカエルに襲いかかった。


 ミカエルは黒い霧で壁を作って風魔法をガードして、カレンとファウストから距離を取る。


 そこへリュリュが下りてきてミカエルと対峙した。


 普段はチャラチャラしているリュリュが、ニコリともせず怒気を孕んだ瞳でミカエルを睨みつけている。


「……お前はオレたちの敵だ。容赦はしねえ」

「ふん、お前らには借りがあるが、その男が死なないようにするのが先だ」

「…………」


 どくどくとファウストの胸から血が流れて、止まらない。カレンは聖教会で聖女として学んだことを瞬時に思い出して、ファウストの傷を治癒する。


「ファウスト……ファウスト!」

「ごめ……ひ……薬が……割れ……」


 絞り出すようなファウストの言葉で、カレンは胸ポケットにしまわれていた月露の雫の瓶が割れてしまっていることに気が付いた。


 絶望を感じながらも、これ以上ファウストに負担をかけないために無理やり笑顔を作る。


「大丈夫、私がなんとかするから……!」


 一心不乱に治癒魔法かけるカレンにミカエルは苛立った様子で声をかけた。


「カレン。今日は見逃してやる。次は……覚悟しておけ」


 そう言い残して、ミカエルは再び影の中に入って姿を消す。ミカエルが姿を消したので、リュリュはカレンの隣に膝をついてファウストの様子を確認した。


 幸いにもカレンの治癒魔法が効いているので、傷は徐々に塞がりつつある。


「間に合わなくてごめん……」

「いいえ、来てくれてありがとうございます。ですが、魔天城に戻らないと」

「そうだな。オレがふたりを運ぶから、カレンちゃんは治癒を続けてくれるか?」

「もちろんです! 絶対にファウストを死なせません……!」


 カレンはファウストに治癒し続けたまま、リュリュの風魔法で魔天城へと戻った。




 ミカエルが貫いた傷をなんとか塞いで、カレンは治癒をマージョリーに代わってもらった。


 光の賢者であるマージョリーは聖魔法を極めているため、カレンよりも治癒魔法の効果が高い。


「よし、これで大丈夫よ。身体の中までしっかり癒したから、後は回復を待つだけね」

「よかった……よかっ……」


 カレンは言葉に詰まり、ボロボロと涙をこぼす。


 目の前でファウストを失うかと思った。


 もう二度とファウストに会えないかと思った。


 その恐怖が今頃になってカレンに襲いかかってくる。


 ファウストは穏やかな表情で眠りについていて、外れてしまった義手は後でキアラがつけてくれることになっていた。


 だが、この状態のファウストといつまで一緒にいられるのだろう、とカレンは思う。


 後遺症を治すための秘薬を手に入れたのに、ファウストがミカエルからカレンを守時に瓶が割れて駄目になってしまった。


「カレンちゃんがすぐに治癒してくれたおかげよ。血を失ったから回復するまでに時間はかかると思うけど……後は後遺症にどう影響するかね」

「ファウストが目覚めたら、すぐに月露の雫を飲めるように準備します。……どんなことをしても必ず手に入れます」

「うん、そうね。サーシャとレイドルにも報告しようね」

「はい……」


 カレンはレイドルの執務室に集まった賢者たちに、ファウストの現状と月露の雫について詳細を報告する。それからミカエルが村人たちを生贄に捧げ、魔神デーヴァの力を思いのまま操っていることも、すべて話した。


「なるほど……ではミカエル・バルツァーを世界的に指名手配するよう通達を出そう。闇の賢者を取り込んだだけでなく、多くの民の命を奪い、雷の賢者を殺そうとしていることは極刑に匹敵する重罪だ」


 怒りがにじむレイドルの宣言を聞きながら、カレンは月露の雫を探すためどうしたらいいのか考えている。


(ケイティのお母様に話を聞かないと……村に伝わる秘薬について、話してもらえたらいいけど……)


「ミカエルはそれでいいけれど、問題は月露の雫ね」

「はい。ファウストは身動きができませんので、私が親友の母に会って詳細を訊ねようと思います」

「それならボクも行く。防御は任せて」

「オレもついて行くよ。風魔法で移動したほうが早いだろ」


 セトとリュリュが同行すると申し出てくれて、カレンは笑みを浮かべて頷いた。


「それならわたくしも同行するわ。交渉は得意ですもの。それに万が一、ミカエルが現れても賢者が四人いれば退けるのは簡単でしょう」

「ありがとうございます……よろしくお願いいたします」


 マージョリーはファウストの治療があり、レイドルは各国へミカエルの指名手配する通達を送る。カレンたちは月露の雫を求めて、ドーランの街へと向かった。




     * * *




 カレンたちは魔天城を後にしてから三日後。


「うっ……あ……ここは……」

「ファウスト! 目が覚めたのね、ちょっと待って」


 深い眠りから目覚めたファウストは、クラクラする頭でなんとか起き上がる。マージョリーがすぐに駆け寄り、ファウストの身体に異常がないかチェックしはじめた。


 ファウストの最後の記憶は、ミカエルに胸を貫かれてカレンに月露の雫を駄目にしてしまって謝ったところまでだ。 


(カレン……カレンはどこだ?)


 目が覚めたらカレンがそばにいると思っていたのに、どこにも姿が見えない。


 辺りをキョロキョロするファウストを見兼ねて、マージョリーが説明する。


「カレンちゃんは月露の雫を探しに行っているわ」

「……は? 探しに行ったって……僕を置いて?」

「ファウストは究極魔法の後遺症が進んでいる上に、ミカエルの攻撃を受けて瀕死ひんしだったのよ。とても動ける状態じゃないでしょ」

「でも、僕がカレンのそばにいないと……」


 そう言って毛布をまくろうとして、右手を動かしたはずなのになにも起きない。ハッとして腕を見ると、ミカエルに無理やり義手を外されたままになっていた。


 気にせずベッドから下りたが、義足がうまく動かず床に転んでしまう。ミカエルから逃げるために走り回ったからなのか、義足も接合部分が外れかかっていて、このままではまともに歩くことができなかった。


 カレンをひとりにしたくない。なにかあったらファウストが一番に駆けつけたいのに、それが叶わなくて左手をグッと握る。


「僕がカレンを守らないといけないのに……」

「その身体ではカレンちゃんの足を引っ張るだけよ」


 マージョリーに突きつけられた現実がファウストの胸を抉った。

 言われなくてもわかっている。ファウストに残された時間がわずかなことも、カレンのそばにいたところで迷惑しかかけないことも。


 それでも愛しい人のそばにいたいのだ。

 最後の時までそばにいると許されたのだから、もう離れたくない。


(僕がずっとカレンを守り続けたいのに……この世界から消える瞬間まで、カレンのそばにいたいのに……それすらできないのか)


 ファウストの人生は本当にままならないものだった。


 生まれた時から不得意なことを求められ、それでも魔法を極めて賢者にまで上り詰めたのに、この世で愛した人が死んでしまった。


 カレンを救うために何度も人生をやり直して、やっとうまくいったと思った矢先に、後遺症が現れてなにもかも奪い去っていく。


「……ファウスト。貴方がこれまでどんな想いで戦ってきたのか想像しかできないわ」


 ファウストの身体を起こしながら、マージョリーが静かに語りかける。


「でもね、今はひとりじゃないの。わたしもいるし、レイドルもサーシャも、リュリュもセトも……意識が戻ればロニーだっている。みんなファウストたちの力になりたいと思っているの」

「…………」

「だから、今はちゃんと身体を休めて、カレンちゃんが戻ってくるまで命を繋ぐのよ。カレンちゃんが戻ってきて絶望しないように」


 マージョリーの言葉は確信に満ちていた。

 絶対にカレンが月露の雫を見つけて戻ってくると信じて疑わない。


(そうか……マージョリーはカレンを信じているんだ)


 少し前に仲間には頼ってもいいのだと思ったのに、カレンの力を心から信じることができていなかった。


 ファウストはいつでもカレンに頼りにされたくて、彼女が自ら行動して望みを叶える力があるということから目を逸らしてきた。


(今の僕がカレンのためにできること……それは、絶対に死なないことだ)


 カレンの想いを無駄にしないためにも、もう一度愛しい人と過ごすためにも。


「わかった……どんなに見窄みすぼらしい姿になっても、カレンが月露の雫を手に入れて戻ってくると信じて待つよ」


 ファウストはどうしたら身体が崩れていくのを遅らせられるか、思考を巡らせた。




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